第2話童話と寓話の主体構築

…この前の報告にあった、お前肝入りの「イージス・チャネル」とかいう枠組みはちゃんと使い物になる保証があるのか?

開口一番で突きつけられた”現状確認”に意識が遠のくのを感じている。

この場に同席している斎木遊名のほくそ笑む様子が手に取るようにわかる…「それ見たことか」と内心快哉を叫んでいるかと思うと意識が沸騰しそうだ。

お目通りの前に十分すぎるほどに検討していた想定問答は根底から覆されて頭の中は真っ白。お手上げなどという状態は数秒前から振り切っていた。

しかし「月光妃」の御前で木偶人形を演じたあやつの轍は踏むまい。

私の作り上げた組織経路は目の前のご老体の影響など木の葉の露ほども気にならないレベルで組みあがっている…いつまでもそのシナリオ通りの歴史が紡がれ続けると信じているといい。

そう、ラプラスの悪魔だろうが「公用地」の末裔だろうが関係無い。いずれは斎木のネットワークそのものも我が「経路」の触媒として機能する未来は確定なのだ。

バーナーの炎を思わせる彼の発する熱気は謁見室の不快度を飛躍的に上げているが、誰もそれに言及しない。

その熱さが常人の精神と自我意識を簡単に焼き焦がす代物だからだけでは無い。

現状の「日常」は彼の組んだ「経路」無くしては成立できない事を思い知らされているからでもあった。

未だにこの場の意義すら忘れて野心と自らの願望が剥き出しの瞳で御前に対峙する彼。

その姿をじっと観察していた遊名はアイコンタクトで彼の意識を異界へ放り込む事を指示した…彼自身の望んだ楽園の中へ。


「…なんだか美奈ちゃんや新名ちゃんが担当してた案件と酷似しているのは今回の事が”同位体”絡みのものだからって事でいいですか?千里さん。」

「そうね…否定はできない。しかし童話や寓話の概念世界を支配下における貴女ならわざわざ「神の器」なんていう不確定要素を勘定に入れなくてもいいはず。現状頼みたい事は察してくれるわね?”妖精の涙を誘うことのできる者”、御笠利奈さん?」

フルネームで呼びかけられたことに対する不躾度合いに対する不満を利奈はぐっと飲みこみ、渡された資料にこれでもかと詰め込まれたターゲットの情報に目を通し始める。

ふむ、「自律式のクローズド空間を連結させる事でネットワーク状の独自秩序世界を構成できる」、か。これは概念具現化と精神感応系の複合能力者かな?

さっと目を通しただけでどれほどのろくでもない事態が起きるか想像に難くないところが恐怖を誘う。

しかし物語概念世界の構築というフィールドでの勝負なら負けられまい…こちらも久々の全力でお相手して差し上げよう。

前回は神降ろしさながらの事案で精神をかなり削られたが今回は完全に私の庭での勝負。

ターゲットには恨みは無いが自己完結された世界で永遠の眠りについてもらおうかな。

…いつになく意気込む利奈を見て、千里はデジャヴのごとき悪夢が意識の中に湧き上がるのを抑えきれずにいた。

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