ある意味王道の

水谷なっぱ

ある意味王道の

「話し合いをしましょう」

 わたしは目の前にいる魔王を名乗る怪物に話しかけた。そいつが本当に魔王であるかどうかは正直どうでもいい。倒してしまえばわかることだ。しかしなかなかに手ごわかった。これまで何人もの勇者が挑んでは破れている。剣で殴ろうが槍で殴ろうが矢を打ち込もうが倒れない。魔法での火あぶりや氷漬けにもピンシャンしていると来た。せいぜいかしぐのがいいところで、足をつく姿すら見た者はいない。誰もかれもが諦めていた。

 そしてわたしにお鉢が回ってきた。王宮付きの魔法使いであるわたしが宮殿内でぐうたら昼寝に勤しんでいたら小うるさい左大臣と、金魚の糞である右大臣にたたき起こされた。

「起きなされ! ぐうたら魔女! 働いてもらいますぞ」

「お断る。お休み」

「こら!」

 その後もぎゃあぎゃあと耳元で騒がれてうるさいことこの上ない。なんなんだ、と睨むと右大臣はすくみ上るが、さしもの左大臣はこめかみを引くつかせて説明を寄越した。それが前述の『魔王を名乗る怪物が領地内で暴れまわっており誰も退治できないのでなんとかしろ』という。

「えー…嫌だ、面倒くさい」

「ふざけるな! 王国の一大事だぞ!!」

 うるさい……。あまりに2人がうるさいので起き上がって移動することにする。適当に王宮内を散策し、一通り件の怪物についての情報を集める。それから街に出て更に情報を集める。どの連中も怪物について言うことは同じだ。つまりお偉方が事実を隠蔽したりはしていない。割とマジで困ったことになっている、ということだ。しかし街人の方が流石に情報が細かかったしいろいろ教えてくれた。それらの情報を検分し、自分なりの対策を練った上で国王と王子に怪物退治に行くと伝えた。

「貴女自ら出向かずとも……と言いたいところだが、どの者も手をこまねいているばかりで解決の気配すらないからな」

「そも左大臣が筋肉脳なのが原因です父上」

「そう言ってやるな。あれはあれで仕事のできる男なのだ」

「どこがですか」

「彼女に怪物退治を依頼したところなど」

「そう言われると反論の余地もありません」

 などと好き勝手言われて餞別に小金と釘バットを渡された。なんだそれ。

 

 という紆余曲折を経てわたしは魔王を名乗る怪物に対面している。仁王立ちしているそれの見た目はかなり大きめのミノタウロスと言ったところだろうか。人間を大きくしたような形だが浅黒い肌で頭部には二本の角が生えている。丈は成人男性の倍くらい、幅も成人男性2、3人分をまとめたくらいはありそうだ。普通に殴るくらいではびくともしないだろう。

 それを踏まえて、今までの情報からもわかるが真正面から戦いを挑むのは得策ではない。毒矢や呪いの魔法などの搦め手も考えたが効果が出るまでにどのくらい時間がかかるかわからないし、何より一度本人と直接会って、どういう人物であるか(怪物だけど)を確認しておきたかった。他人の所感からではわからないことは絶対あるのだ。例えば、こいつの後ろ姿とかね。

「話し合いだ?」

 怪物は胡乱な目をこちらに向ける。わたしはできるだけ穏やかな表情を心掛けた。

「ええ、話し合いです。貴方もそろそろ小うるさい勇者気取りの連中は鬱陶しいとは思いませんか?」

「それはそうだが」

「こちらとしても魔王様の暴挙で家畜や人民にこれ以上被害が出るのは困るわけです」

「しかし、それらを止めるだけのメリットを貴様が示せるのか? そもそも貴様は何者だ?」

 その質問はもっともだ。わたしは特に武装していないし、一応懐刀と小型の杖は忍ばせているが、それ以外はいつも着ている服にその辺にあったローブをひっかけているだけだ。

「このような有様ですが、王宮召し抱えの魔法使いです。王からの命で伺いました」

「ほう?」

「王は無益な殺生は好みません。共存の道を探すよう仰せ遣いました。お互いにメリットのある解決策を考えましょう」

 怪物は考えるような顔をした。まあ嘘なんだけど。合っているのはわたしの身分くらいで、命令を寄越したのは左大臣だし、王は共存しろなんて言わない。

「で? 貴様が提示するメリットとは?」

「こちらから家畜を提供しますのでそちらについては好きにお取り扱いいただいて構いません。わざわざ狩りに出る手間も省けましょう。それと数は多くはないかもしれませんが人間も提供可能ですよ」

「ふん。与えられた餌だけを食らうのは家畜だけで充分だ。そういう生き方を魔王たる者が好むと思うのか」

「見解の相違ですわね。献上物を受け取るのも上に立つ者の役目でございましょう」

「物は言いようだな。それっぽちはメリットとは言えぬ。人間が寄越す家畜など食うに値せぬ」

 まあそうでしょうね。こいつは家畜を食べるために飼っているのではない。ただ殺したいから殺しているだけだ。そういう相手に食料の提供はメリットとは言えない。それでもわたしがそれを述べたのは、そうであることの確認とこいつの気質を確認するためだ。

「では人間を数体提供しましょう。好きに遊んでいただいて構いませんよ」

「……人間とは残酷な生き物よな」

 怪物はため息をついた。そしてゆっくりと腰を下ろす。

「同族を寄越してまでこびへつらうとは、不愉快通り越して滑稽だな」

「弱きものが生き残るには知恵が必要でして」

「仲間を売ることを知恵だと?」

 怪物が不快な顔で唸った。

「仲間を蹴落とし、他の生き物におもねて、一体未来に何を残すやら」

「未来に残すものは安心ですよ。ねえ、王子?」

「!?」

 そいつの頭は、そいつが振り向くより前にたたき割られていた。わたしに同行していた王子の釘バットによって。

「あのですね、魔王はもういないんですよ。数年前に死にました。知らなかったんですかね、このヒト」

「一応ある程度の情報操作は我々の方でもしていますからね。一介の魔物風情では知る由もないでしょう」

「ふうん。わたしの旦那を名乗るからどんなイケメンかと期待したのに。いやね、まったく」

 わたしがぼやいていると王子が返り血をぬぐいながら近づいてきた。

「なんで後頭部が弱点だと気づいたんですか」

「後ろ姿を見たものがいなかったから。あとどいつもこいつも短期決戦で負けてる。つまり相手も長引かせたくないんだと思った。瞬発力はあっても持久力はないと踏んだ。だから話を長引かせて疲れてきたとことを叩いてもらったのです」

 王子はニヤッと笑って「左大臣の人選は間違っていませんでしたね」と言った。腹立つわー。こちとら旦那を病気で亡くして泣き暮らしていたら突然国王に拾われた薄幸の寡婦だというのに国王や左大臣右大臣にいいようにこき使われている。

「では王宮に戻りましょうか。お疲れのご様子ですしエスコートしましょう」

「結構よ青臭い小僧に手を引いていただくほど落ちぶれていません。おっと失礼。本音が漏れました。わざわざ王子の手を煩わせるほど耄碌しておりませんのでお気遣いなく」

「どっちも大差ないですよ」

 王子は笑いながら言って歩き始める。どうせこの件は王子の手柄としていい感じに国内には発表されるのであろう。であればこれ以上わたしの出る幕はない。王子に続いて怪物のねぐらを出ようとして、ふと足元に小瓶が転がっているのを見た。

「……あーそーいうー」

「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでも」

 王子には適当に答えて小瓶はポケットにしまう。小瓶のラベルに見覚えがあった。あれは隣国の文字。そして記載されていたのはいわゆる『身体強化』を目的とした薬品の名前だ。つまりこれも戦争の一環であると。あーやだやだ。これだから人間は。できるだけ不快な顔を隠して帰宅の途に就いた。

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