貴方が残したのか・・・私が残したのか・・・ 王国編
さち姫
第1話
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
その形容詞が、相応しい情景だった。
さわさわと、綺麗な川に、ひっくり返った子供がぷかぷか浮き、
こちらに近づいてくる。
これは・・・?
拾うべき?
助けたらいけない命?
ぷかぷか
また、流れていく。
えーと。
目の前に来た。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
流れていった。
どうしたものか?
首をかしげ、リーシャはうーん、とと少しずつ遠のくそれを、見ながら思案した。
放っておいたら、誰かが拾ってくれる?
それとも、あの命は、そこで終わり?
まあ、それは、その者の持つ、運だ。
なければ、さようなら。
でも見てしまった。
触れてはないが、感情を抱いてしまった。
ただ、その命が、本来ここで終焉なら、関与すべきでなく、拾ってはいけない。
ああ、もう!
周囲を見回すと誰も、何の気配も感じないのを確認し、右手を上げると、子供は、ばしゃりと浮き上がり、リーシャの足許に来た。
これで死んだ、てなったら気分が悪いわ!
憮然と顔をしかめつつ、
本来なら、亡くなってましたよ!歴史が変わってしまいました!!
と、怒り心頭の同僚の声と、姿が浮かぶ。
でも、そうじゃないかもしれない。もともと助かる命なのよ!
と、前向きにに考える。
あーあ、助けちゃった。
ため息をつきながら、自分で助けたくせに、少し後悔した。
子供の服を、一瞬にして乾かし、リーシャの足元に寝かした。
とりあえず火をおこそう。
目覚めたとき、何もなく乾いてるのは不自然。
子供の前に火がおこされ、暖かい炎が包む。
確か、今は春。まだ肌寒く薄手の羽織を羽織っていることが多いのに、子供にはない。
でも・・・
服を見ると、豪奢な生地をふんだんに使用し、それでも十分に暖かいだろうが
・・・
この子、絶対お金持ちの子供だ!
顔をしかめる。
この豪奢の服では、川の中ではよく水分を吸い込み、重たくなり動けなくなったのだろうが、この状態で、普通に水遊びして落ちました、とい優しい設定ではないだろう。ということは、だいたい取り巻き的なお供が傍に侍っている筈が、皆無、という時点で、おかしい!
・・・もう一回落としておこうか。そうして、何食わぬ顔で、立ち去る。
妙案だ!
瞳を輝かせ、本気でやろうとしていていた。
「うーん・・・」
軽く身動ぎし、子供が目を覚まし、回りを確認するように見まわし、リーシャに目が止まった。
一瞬怯んだと思ったが、直ぐに、立ち上がり、指差した。
その仁王立ちの癪にたつこと。
むか。
眉間にしわがより、子供を見下す。
「お前が、犯人か!私にこんなことをして、ただですむっ!!待てっ!何にをするの!?」
やっぱり、もう一回落としておこう。
私の考えは正しいわ。
「見なかったことにしよう」
うん、と頷き、がしりと、脇に持ち、川に向かって歩く。
「降ろしなさい!待って、降ろさないで!!」
放り投げる。
ボチャン!!!
「キャーーーーーーーー!!!溺れる!助けて!」
じたばたと水の中で、暴れだし、自分の腕を振り回す度に飛沫が上がりそれが顔や、口にあたり喚きだす。
「た・・・あれ?足がつくじゃない・・・・」
子供が座るとギリギリ首まで水かさがあるが、普通に立ちあがれる、水位だった。
「さ、旅を続けよう。これで、始めに戻った」
うんうん、と頷き荷物を持ち、歩きだした。
「待ちなさい。此のままで私をおいていくの!?待ちなさい、待って!!・・・お願いが待って・・・っ!えっ・・・!」
後ろから、大声で喚いたかと思ったら嗚咽混じりに泣き出した。
無視無視。
振り向かないと決め、歩くが、
「待って・・・ごめんなさい・・・私が悪かった・・・お前は、助けてくれたの・・・待って・・・」
えぐえぐ、と元気だった声が、少しずつリーシャが遠のくのを不安に感じ、一所懸命呼ぶが、だんだん弱々しくなってきた。
やっぱり!拾うべきじゃなかった!!誰が拾ったのよ!!
あなたです。
苦虫を潰したような顔で、踵を返し、近くにいくと靴を脱ぎ、バシャバシャと入り、また、脇に持った。
「あ、あり・・が・・・とう・・・」
涙なのか、水なのかもうわかないが、よく濡れたくしゃくしゃの顔で、御礼を言ってきた。
川から上がり、川辺降ろし、結局さっきの火を起こした場所に行った。
飾りの筈が、本来の役目をすることになった。
全く!
軽くスカートの裾を持ち火に当てる、と直ぐに乾いた(勿論力を使っている)
ちらりと子供を見ると、重たくなった服で、引きずるように歩くのが見えた。
結構重さがあるのは抱えて分かっていたにも関わらず、あえて川辺で降ろした。
「お前!よくっ!わたっ・・・しを、たす・・・けたつ・・・なつ!!」
べちゃべちゃと、滴り落ちる雫の多さがその重さを物語る。
がっ!
冷徹な眼でその童を見つめる。
さっきからお前、と呼ぶ。
どうして、と溜め息しかでない。
位が上がるにつれ、天界では、常に下々の事を憂い、へりくだる。
気を遣い、言葉をかけ、想いを常に傍に想う。
なのに人間は、位が上がるにつれ、下々を見下し、まるで己が人間ではないような振る舞いを見せ、 押し付ける己の想い。
そして、下僕の用な扱い。
やっぱり、どこかのお金を持ちの娘なんだ!
知らぬ存ぜぬ
誰かが教えてくれた言葉が鮮明に浮かび、立ち上がる。
すたすたと近づくと、子供はリーシャの面持ちを確認すると、顔を引きずらせた。
「まてっ!」
がしり、とまた、持ち上げる。
「謝るから!何で怒っているのだ!!」
うるうると腫らせた眼で、哀願する。
「それも解ってないなら、その程度の教育しか受けてないのね。豪華な服を着ているだけのお人形よ。それとも誰かを侍らさないと貴方の意味はないのでしょうね。一人では何もできない、只の下々と一緒よ!お前の親がよほど偉いのでしょ?お前ではなく。残念ながら、お前の存在は、その辺の雑草と同じよ!!」
己の時価が破格になっていると、己の後ろにいる盾がそうしているのに、気づきもせず、我が物顔をする。
齢が低いほどその傾向にある。
癪に障る。
まあ、いいわ。見てないんだから。
もう一度投げようと、川に近づく。
「待って!!お願いだから!!何が悪かったか、謝るから教えください!!」
下さい、ときましたか。
一所懸命に懇願の眼差しで、リーシャを見上げ、青ざめた顔は疲労困憊だった。
まあいいでしょう、と焚き火の前でおろした。
ぶるり、と身震いし、寒さに震えながらも、リーシャを真っ直ぐに見つめ、服の裾を軽く持ち会釈する。
「先に名乗るのが、常、だと習わなかった?」
子供とて、容赦なく、睨む。
「・・・私の名は・・・ハヤナーテと申す。此度は助けて頂き・・・そなたの名は・・・」
既に身体がゆらゆらと定まらず、意識が朦朧としているのが手に取れた。
2度も川に落とされ、それも、幾らの時間流されたのかリーシャは知らないが、実際結構流されていたのだ。この春寒い水のなかを。
助けてもらった相手が悪かったのかもしれないが、物言いも良くなかったのも確かだ。
焦点の合わない瞳と揺れる身体でも、それでも毅然と振る舞おうと強い精神が、それなりの躾をされた、誇りも、立場も、備えられた育ちをされているのだろう。
「私はリーシャ。それでいいわ。助けてもらったと理解しているなら、自分から名乗り、礼を言うが本来でしょう。お前、なんて、呼ぶべきではないわ。それとそんな豪華な服着てるから、重たくて寒いのよ」
背中のファスナーをおろし、脱がす。
ん?まだ脱げる?
もう一枚脱がす。
結局四枚も着ていた。
川の水を含んで重たいのなんの。
薄着になったハヤナーテの肩にリーシャの羽織をかけ、膝の上に座らせた。
力を遣い着ている服を早めに乾かし、体温をあげる。
ふうううう、と深い溜め息が聞こえた。
「暖まってきた?」
こくりと頷く。
「手を出して。疲れを取るまじないをしてあげるから」
「ほんとか!?そんなことがリーシャはできるの!?」
眼を輝かせ青白い頬で、嬉しそうに立ち上がった。
そうして両手を差し出す。
無邪気だな。
悪い子ではなさそうだ。ただ、立場的に人を疑うことを教えられているはずだろうに、もう少し、警戒しないとね、とリーシャは苦笑いするが、先程の仕打ちを考えれば、そんなそぶりを見せればまた、落とされるだろう。
否、逆に先程の仕打ちで、ハヤナーテは、自分を貶める者ではないと、感じた。
リーシャは立ち上がり、ハヤナーテの両手を握る。
ほんわかと暖かい何かが、手を伝い、身体に浸透する。
少しずつ、青白い顔が、頬に赤みが見え、ハヤナーテは自信の身体が温もりが戻ってくるのがわかった。
「凄い!凄い!!ほんとに寒くなくなった。リーシャは、凄い力を持っている!」
きらきらと眼を光らせ、何度も凄い、と言って喜んだ。
「そう?良かったわ。じゃあ私は服を乾かすから、一人で暖まっていて。あまり火に近づくと火傷するから気を付けてね」
「はい」
手を焚き火に、かざしながら、ちらちらとリーシャを見る。
服を広げながら、
「どうしたの?」
聞いた。
「リーシャは旅をしているの?一人で?」
「そうよ。探している人がいるの。でも、この街にはいなかった。だから、違う街に行こうと思ったら、あなたを拾ったの」
「・・・それは、悪いことをしたな・・・。でも、わたしにとったら、リーシャに助けてもらって良かった」
「何度か落とそうとしたのに?」
意地悪く言うと、バツが悪そうに口を尖らせた。
「・・・それは・・・私が、リーシャを、疑って、礼儀がなかったからだ」
「解ってるならいいわ。それとその話し方、どうにかならないの?」
言って、しまった!
と、臍を噛んだ。
もう!!親しく話しかけちゃ駄目・・・
服が乾いて、はい、さようなら、と後腐れなく去る、その理想的なお別れを、自分でなくしてどうするの!
「すまない・・・私は、この喋り方しか教えてもらってない・・・普通の子どもは違うのか?」
・・・教育されている、お嬢様だもんね。聞いた私が、わるかったのよ・・・
「ごめんなさい。嫌な気分にしたかった訳じゃないわ。あまり、あなたのような子供に出会ったことがないから」
正直に答え、苦笑いしながら、頭を撫でる。
びくりと、顔を上げた。
「どうしたの?」
「いや・・・そんなことしてもらったことがなくて・・・」
目を見開き、少し戸惑った風だったが、嬉しそうに笑った。
「なんだか・・・いいものだな」
「お母さんはしてくれないの?」
顔が急に曇った。
「・・・お母様は・・・去年亡くなった・・・もともと、身体が丈夫ではなかったので・・・・あまり記憶もない・・・」
「そう・・・」
寒さで憔悴しているのか、それとも、想いに馳せているためか、瞳が陰り、肩を落とした。
ふいと顔を背け、服を乾かすことに専念する。
理解できなかった。
誰かを失くしたとこに、辛さ、悲しさが。
リーシャは、天に住むもの。
永遠の命が約束され、それ故、共に生きるものは、誰一人掛けることなく、傍にいる。
限りある命のなかで、感じるものが多い人間を、妬ましく思うことさえある。
レーシャ・・・貴方は、どうして人を・・・そこまで愛せたの・・・
何を・・・感じ・・・・何を・・・求めたの・・・?
双子の妹レーシャ。
自分と姿を変え、行方知れず。
その時、突きつけれた。
過ごした時間など、何の意味がないと。
何処を探せばいいのか、どれだけ、不安と、焦燥と、苦しかったか。
思い起こされた記憶は、一つだけ。
・・・たった一つ。
人間を愛し・・・聖女と呼ばれたこと・・・
その為に、降りた。
けれど・・・なんて・・・辛い・・・旅なのか・・・
・・・ああ・・こう言うこと?
否・・・違う・・・
だって、人が寿命が突き、亡くなる辛さと、
レーシャが、行方を消した。
違う。
同じではない。
そう・・・同じでなはい・・・。
何時になったら・・・私は・・・あなたを探せるの・・・?
ゆっくり、頭をふる。
「・・・ごめんなさい、私には親がいない。だから、寂しいとか、辛いとか、わからないの。でも・・・ハヤナーテ。あなたの、お母様は、また、神の手で、生まれ変わるわ。人の想いは、重視される。人は、短い命の間に、本当に、希有と思うほど、記憶を紡ぐ。その人の、でなく、他の人が望む気持ちが何故か重視される。だから、ハヤナーテ」
真っ直ぐに目を見る。
「あなたが、強く、お母様はを思えば、もう一度会えるわ」
意味がわからないと、呆けた顔になる。
・・・おかしなこと言ってしまった?
ハヤナーテの、顔で不安が胸を襲う。
まって・・・?
私が今言ったことは、人間は・・・知らない・・・?
・・・・余計なこと言った!!
後悔の念に困惑するリーシャに、ハヤナーテは、不思議な瞳の輝きになり、真っ直ぐに見つめてきた。
「そんなこと誰も言わなかった。皆、見えないところで、私を見守ってくれている、と言っていた。・・・しかし、私が見えないのに、何の意味があるのかと思っていたが、リーシャの言葉の通りなら、私がお母様を強く考えていたなら、いつか会えるのだな?」
淀まない強い言葉と、真摯な顔に、驚いた。
ハヤナーテの何かに琴線が触れたのだろう。
豁然に態度と声がかわり、リーシャが戸惑った。
・・・先程と違う・・・何故・・・?
「・・・ええ。でも、来世の話。亡くなった者は、何があっても生き返らない。でも、ハヤナーテが生涯を終え、強く逢う事を望めば、来世にもう一度、逢えるわ。何故か・・・記憶がなくても、とても懐かしい気持ちが胸を埋める、と聞いているわ」
きらきらと、輝く瞳で、ハヤナーテは頷いた。
「それなら、私はお母様とまた会えるように強く願う。レーシャは、あれみたいだな」
嬉しそうに言う。
「あれ?」
「そう、えーと、あれだ。ジナが読んでくれた話に出てくる、あれだ。こう、光っていて・・・」
一生懸命に説明するが、残念ながら名前が思い出せないようだ。
なんだか、微笑ましく、
「思い出したら教えて」
優しく笑った。
和やかな会話。
だから、気付かなかった。
常に、意識を巡らせ、近傍を視、アリ一匹たりとも逃さないものを、怠ってしまった。
「捕まえろ!!」
失態。
その一言だ。
背後から、男の声が鋭く聞こえ、反射的に振り向こうとしたが、がっ、と首を押さえられ、押し倒された。
「・・・っ!」
「やめて!リーシャは、違う!!」
「こちらへ、姫。馬車に早く!」
ハヤナーテの言葉を無視し、担ぎ上げ、つれ去った。
喚く声が聞こえる。
力を使い、逃れるのは、難無きことだか、あまりにハヤナーテが、自分のことを、違う、と一心不乱に言う姿が脳裏に入ってきて、それが、とても胸に刺さった。
・・・もう少し・・・様子を見てみようか・・・
目隠しをされ、後ろに腕を縛られたが、なんと、手際のよいこと。
洗練された強者達に、感心した。
そうして、無造作に馬車に放り投げれた。
いたっ!!
もう少し、優しく投げて欲しいわ、と不機嫌になる。
とりあえず椅子には座らせてくれたたが、扱いは雑だ。
目隠しされながらも、様子は視える。
3人の強者兵と言っても差し障りはい、筋肉質のからだと、一分の隙を見逃さない鋭い瞳と、無駄のない神経の尖らせかた。
本物か・・・
向かうは、街外れの・・・
あれ?あれは・・・
近づくに連れて、不安と焦燥に刈られ、本当に後悔の念しか浮かばなかった。
ハヤナーテとは違う場所に連れていかれ、地下を歩き、部屋にまた、投げ入れられた。
いたっ!!
石畳が冷たく、いびつな形のため、倒れた体に突き刺さった。
痛みと、動悸が激しくなり、男供が去るのを確認した瞬間、目隠しも、縛られた縄も・・・解いた。
逃げよう!
男供の、会話と、連れてこられた場所。
物知らずのリーシャでも、流石に理解できた。
姫様。
王。
この街に来て、あの巨大な家は、と質問すると、城だ、と答えてくれた。
城。
報告書で、何度も出てきた言葉。
人間の中で最も位が高く、そこを住居とできるのは、王族のみ。
そして、天頂に立つものを、王と呼び、男子を、王子、女子を、姫、と称する。
随一の権力と、究極のお金持ち。
関与すべきではなく、一時も早く、立ち去るべき!
「本当か!?王がそのようなことを!」
・・・え・・・?
「・・・え・・・?」
唐突に現れた、兵と、レーシゃが、見つめあった。
否、固まった。
縛られ、目隠しを、恐らく国の有能な強者がしたであろうものが・・・落ちている。
即ちそれは・・・
血の気が引く、とはこの事だ、と脳裏に浮かび、また、冷や汗、とは、この事だ、と脳裏に同じく浮かび、頭では、駆け巡る言葉が、口に、何一つ出てこなかった。
「・・・思ったより・・・緩くて・・・」
必死にあぐねいた結果、突いた結論が、それ。
そんなわけないでしょ!!
明らかに論外の答え。
全く、思考が働かないなかで、それでも頑張った、返答だった。
「・・・そうなのですね・・・」
意表を突いた返しのはずが、兵は何故か安堵した様子で、牢の扉を開けた。
「姫を助けて頂いた恩人をこのようなことをしてしまい、申し訳ありません。王がお待ちですので、此方へ」
恭しく頭を下げ、先の扱いと打って変わった、扱いに、苦虫を潰した顔をしてしまった。
逃げるべきだった!!だから、誰が拾ったのよ!!!
だから、あなたです・・・
貴方が残したのか・・・私が残したのか・・・ 王国編 さち姫 @tohiyufa
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