第21話 正しき道の果て
扉の行く先を繋ぎ直し、再び開くと、その先には見覚えのある緑の森の風景が現われる。シエラとフィオの住んでいる小屋の目の前だ。扉から出て振り仰ぐと、目の前に、呪文を隠してあった大樹が聳えている。けれど、――呪文の輝きは、その大樹の梢の上にはない。
「シエラ…?」
はっとして、レヴィが駆け出していく。
「フィオ! 何があった」
大樹の太い幹の下に、うずくまるようにして倒れているシエラの姿と、側の地面にへたりこんでいる少女の姿がある。
木々がざわめき、森を駆け抜けてゆく風はやけに冷たい。大樹の根元には、枯れて落ちた大きな葉がいっぱいに降り積もっている。
「…動かなくなっちゃった。苦しんでて…ずっと…」
放心状態のまま、へたりこんだフィオが呟く。頬の、涙の流れた黒ずんだ跡は、既に乾ききっている。
レヴィは、無言のまま落ち葉に半ば埋もれていたシエラの体を抱き起こし、首筋に手を当ててから、奥歯を噛み締めた。
遅すぎた。
普段はきちんと纏められている髪が解けて、乱れたまま顔を覆っている。
「治癒の魔法、最近覚えてたの。シエラにも使った…でも動かないの…」
「命を取り戻す魔法は無いよ」
ハルが呟く。
彼の視線は、シエラの側で今にも消えてしまいそうになっている青白い、燃えかすのような呪文の塊を見つめている。
「…負荷が大きすぎたんだ。そして呪文との適合度が低すぎた。彼女では…最初から無理だった」
「今さらそんなこと言うなよ」
レヴィの苛立った声。
「だったら何で、もっと早く言わなかった?」
「言ったところでどうにもならなかった。テセラが死んだのは八年前だ。他に候補は居なかった。引き継ぐことを選んだのは、この子自身だ」
「終わってしまってから、わかったような口を利くのが賢者なのか?! あんたは! どうして今さら」
振り向きざま、レヴィはハルの、肩先に垂れた長い髪を掴んだ。
「よせ、レヴィ」
割って入ろうとしたロードの前に手を差し出し、ハルは、髪をつかまれたままじっと目の前の、新米の"風の賢者"を見つめる。
「――今更なのは、君だって同じだろう。本当は君が、ランドルフの元にいた中で一番呪文との適合度が高かったのに、ずっと避け続けていた」
「…なんだと?」
「最初から君が継いでいれば、もう一人の"鴉"は死なずに済んだ」
レヴィの顔色が変わるのが判った。二人の足元では、フィオがまだ、呆然としたまま、へたりこんでいる。
(無理だ)
絶望的な思いとともに、ロードは拳を握り締めた。
本当はフィオが、"森の賢者"として呪文の管理者を継承しなくてはならなかった。けれど、この世界のフィオは故郷の森を出たこともない、ごく普通の、ちょっと世間知らずなただの女の子なのだ。
母親として見ていたテセラが他の賢者によって殺されたことも、失踪の理由も正確に知らされず、唯一の保護者だったシエラを目の前で失ったばかりで、ほかの事は何も考えられなくなっている。
今、目の前にいるフィオは、自分の意志でテセラに逆らい、次の"賢者"になると決めた、あの、強い意志を持つ少女ではなかった。
空を見上げると、空は、すでに分厚い雲に完全に覆われていた。
太陽が見えない。世界から、光が消えようとしている。元の世界で、テセラから呪文を取り戻すためにこの森へやってきた時と同じだ。
(あの時は…何とかなった。でも…この世界は…)
向き合っていた二人が視線を逸らした。
レヴィは、もう涙も枯れ果てているフィオの冷えた肩に、そっと自分の上着をかけてやっている。ハルのほうは、地面に落ちていた呪文の断片を拾い上げる。
「"森の賢者"の管理分が一番、酷いな。使えるのは五分の一くらいか」
「あんたの分は?」
と、レヴィ。ハルは、片手を宙に差し上げた。その手元に、完全な球形をした呪文の塊が現われる。所々、言葉の光が弱まってはいるものの、ほとんど異常なく保たれているようだ。
「流石だな。ちゃんと管理はしてたのか」
「…それが、自分の存在する唯一の意味だった」
青い眼は、ぼろぼろに壊れたシエラの管理していた呪文と、レヴィの手元にある、辛うじて形は保っている呪文とを見つめている。その表情からも、既に世界を再生することが難しくなっていることが読み取れた。
「――レヴィ」
「何だよ」レヴィは、少し驚いたような表情になっていた。「あんたが、ぼくの名前を覚えてたとは思わなかったな」
「自分の命を懸けてでも、この世界を、救いたいと思うか?」
「なんだそりゃ。」
「創世の呪文を展開して実行するには、膨大な魔力を必要とする。たとえ"賢者"であっても、命懸けの仕事になる。しかも、今居るのは二人だけだ」
「ああ。…まぁ、そうだろうな」
黒髪の魔法使いは、ちょっと肩をすくめて、ひとつ溜息をついた。
「ま、そんなもん聞くまでも無い。出来るのは、ぼくら二人だけなんだろ? なら、やるしかない。」
「ただ、呪文はこの状態だ。元々の成功率が低い上に、たとえ世界の再生に成功しても、僕ら二人は確実に死ぬことになる。問題は、そうなった場合に管理者が誰も残らないことだが…」
僅かな沈黙。
一呼吸おいて、ハルは、レヴィのほうに向き直った。
「世界の再生は、今の時点からでは完全には出来ない。巻き戻しを選択しよう」
「…巻き戻し?」
「そうだ。呪文が無事だった過去へ、最大限に巻き戻す方法。巻き戻せる時間の最大値は、僕が賢者になった時、百五十年前。それが成功したとしても、おそらく世界の何分の一かは欠損した状態で再生されることになる」
「欠損? その部分はどうなるんだ」
「無かったものとして辻褄合わせされて再現される。つまり、巻き戻された世界には存在しない。」
手の平の上に、青白い言葉の連なりがほどけてゆらめいている。
「再生された世界は、百五十年前から、僕らが呪文を実行する瞬間までの時を繰り返す。その時点で呪文の展開と実行に異常が起きていれば、再び再生地点まで戻って時を繰り返すことになる。世界が正常に戻るまで何度でも、ね」
「そいつは便利な機能だな。」
冗談のようにくすくす笑いながら、レヴィも、自分の目の前の解けかけた呪文の連なりを、空中いっぱいに巻物のように広げた。
「おれも、手伝――」
「お前はだーめ」
踏み出そうとした先を、透明な空気の壁が阻む。その向こうでレヴィは明るく笑っていた。
「元の世界に戻らないとな。元の世界、っていうか、…今からやり直す世界のどこか、かな」
「レヴィ…」
「今なら判る。お前が何処から来たのか。何のためにここへ来たのか。巻き戻されたあと、時はもう一度、ここへ辿り着く。お前が存在して、別のぼくと出会えたってことはそういうことなんだ。だから怖くない…」
それから、視線を青白く明滅する呪文のほうに向けた。
「ハルの言うとおりだよ。ぼくは、もっと早くこうするべきだった。怖くてずっと、塔の最上階に上がれなかった。あと一階だけだったのに。…何でだろうな、その、ほんのちょっとが飛べなかった」
「僕も、ほんの少しだけ足りなかったよ」
ハルも、ぽつりと呟く。
「二十年前、危険を冒してでも、あの難破船を助けることが出来てたら…。シエラも、ランドルフも…それ以外の皆、ほんの少しずつ勇気が足りなかったんだ。それが、この世界の失敗の理由なんだ」
「やり直せるなら、次は…失敗したくないな」
「……。」
見慣れた、にやりと笑うレヴィの笑顔が、最後に見たものだった。
「ありがとな、ロード。やり直しの世界で”また”会おう。」
強い風が足元を吹きぬけていく。
その風に煽られてでもあるかのように、目の前で青白い言葉の連なりが宙一杯に広がり、瞬時に世界が暗転する。
何も出来なかった。
正確には、何もする間が無かった。
全ての風景が掻き消され闇の中に沈む。浮かんでいるか、落ちているのかも分からない漆黒の闇の中にロードは一人、ぽつんと浮かんでいた。
(一つの…世界が終わった)
遠くに見えている、小さな青い輝き。それはどんどん近づいてきて、ロードの腕のほうに落ちていく。
視線をやると、腕輪があった。そこにはめ込まれた青い魔石を目にした瞬間、ロードは、それが何だったのかに思い至った。
"賢者の瞳"。
それは――さっきまでいた世界で、ハルが海の底から拾ってきて腕輪にしてくれた、あの石と同じものだったのだ。
光が、ぼんやりとした人の形を描く。
『…そう、世界は、今までにもう何度も百五十年の時を繰り返してきた。』
消え入るような声だったが、ロードには、誰なのか分かっていた。
言葉も出ないまま、彼は、蜻蛉のように揺れる消えてしまいそうな姿を見つめてた。
『あの時、再生出来なかった世界の欠片の多くが闇に落ちた。ようやく戻って来たのは、一年前。君たちが、正しく世界を再生し直した時だ。』
ずっと、見ていたのか。あの時から? いや、それよりもずっと前から? なぜ気がつかなかったのだろう。視線を感じ始めたのは、最近になってからだった。
『時の狭間だよ。世界の再生の始まりとともに、狭間に取り残されていた僕も、世界に戻って来ることが出来た』
声に出してもいないのに、声は答えをくれる。
『再生された世界は、幾つもの道を辿り、重なり合い、同時に、巻き戻しの発生した時間座標を目指して収束していった。狭間に取り残された"今"この時点での僕と、この世界の特異点である君だけが、それを認識することが出来る』
青い魔石と同じ色の瞳が、そこにある。
『繰り返しの時を何度も見てきた。――君と出会えなかったこともある。君を死なせてしまったこともある。けれど、ようやく辿り着けた…ようやく、この瞬間に世界が正しく存続出来ている道が見つかった。ここが、すべての時の終着点だ。』
はっとして、ロードは声を上げた。
「待ってくれよ。何度もやり直してきたんだろ? 何で、この世界なんだ? 母さんは死んでるんだぞ? もし――」
目の前の影が、小さく首を振る。
『彼女が生きていると君は旅に出ず、レヴィとフィオを助けられない』
「……!」
『あらゆる可能性を辿ってきた。この"時"より先の未来へ繋がる道は、これしか残されていない。今、この時点での三人の賢者の生存には、君の存在が不可欠だった。そのために…見殺しにするしかなかった命もある』
巻き戻し前の世界ではまだ生きていたはずのジュリオのように。
誰を助けて、誰を見捨てるか。それを思ったとき、ロードは、疲れ果てたような掠れた声の意味を察した。
『……すべての"道"が、今ようやく一つに交わる。』
光が揺らめく。
『ここから先の未来を頼むよ、…ロード』
「ハル!」
微笑む幻が、確かに見えた気がした。差し出した手の先で光が弾けた。
新しく生まれる光の中に闇が掻き消され、世界が書き換わっていく。押し寄せてくる感情の波に押し流され、眼を閉じる。
そして、次に気が付いたとき、周囲には何事もなかったかのような穏やかな夕暮れと、庭園の花の香りとが漂っていた。
目の前には、元通りの禿山がある。
長い時間を旅してきた気がするのに、世界は何一つ変わっていない。振り返ると、赤く染まった夕焼けが照らす館があり、賑やかな宴会の音が聞こえてくる。視線を腕にやると、そこには、青い魔石をはめ込んだ腕輪が確かにある。
(夢じゃない)
風が吹きぬけてゆく。
たった今、時の分岐点を過ぎたのだということだけは判った。
何度も繰り返されてきた世界は、百五十年の"円環"から抜け出す、ただ一つの道をようやく見つけだした。
「おーい、ロード!」
庭園の向こうからレヴィの声が響いてくる。黒髪も、黒い瞳も同じなのに、ロードよりずっと身長が低く、見た目は少年のような元の姿だ。
見慣れているはずなのに、妙に懐かしい。
「大丈夫か? なんか、ぼーっとしてるけど」
「ああ…大丈夫」
思わず笑みが零れる。
「変わらないな、お前は。」
「は?」
不思議そうな顔をしているレヴィの後ろから、シエラがおずおずと姿を現す。彼女が誰だったのか、…今は、知っている。
「あの…、」
「あんた、フィオの姉さんだったんだな」
シエラとレヴィの表情が同時に変わる。
「どうしてあの子のこと?」
「えっ、てことは、こいつもテセラの"娘"?!」
シエラは警戒したような表情で二人を見比べ、一歩後退る。
「なぜ、お母様の名前を。あなたたちは、一体…」
「あー、えっと。説明すると長くなるんだけど…」
「それより教えてくれ。あんたはどうして、ここにいる? てっきり、テセラに殺されたんだと思ってた。フィオもそう思っている。なのに生きてた」
「……。」
彼女は、瞼を伏せ、しばらく黙っていた。それから、思い切って口を開いた。
「…母が、怖かったんです。ヤズミンとのことは大反対でしたから。」
「ヤズミンって、あの王子様?」
「はい…。彼は冒険好きな人で、魔女の噂を聞いて森を探検しにやって来たんです。それでわたしと出会いました。駄目だと言ったのですが、何度もやってきて…、ある時、一緒に森を出ようと」
「ふーん、それで口説かれて駆け落ちしたってワケか」
レヴィの言葉に、シエラの頬がわずかに赤く染まる。
「…最初は、そんなことできないと思いました。母は恐ろしい人でしたから、追いかけてきて見つかったら二人とも殺される、って。でも、あのまま何度も森へ来ていたら、いつかヤズミンは確実に殺されてしまうと思いました。だから…」
(だから、あんたは手を取って一緒に飛ぶことを選んだ)
ロードには、その時の光景が浮かぶような気がした。
もしも、ほんの少しの勇気が足りなくて、一緒に行くことを選べていなかったら。もしも彼女が、途中で諦めてしまっていたら。
その時は、大樹の下に崩れ落ちて命尽きていた、あの無残な姿を繰り返していたかもしれない。
「ま、何となく事情は判ったよ。それなら、もう安心していい。テセラは死んだ。”賢者”は、フィオが継いだよ」
「えっ」
「会いたいか?」
「勿論です! でも…」
「連れてきてやるから、ちょっと待ってろ」
言うなり、レヴィはぱっと鴉に姿を変えて、館のほうへ飛んでゆく。館のどれかの扉をシルヴェスタの森へ繋げるつもりなのだろう。
ぽかんとしていたシエラも、ようやく状況が飲み込めてきたようだった。
「あのう…、あの方は、もしかして、ランドルフ様の後継者…?」
「そう。――あ、そうだ。森へ来ていた…ってことは、ヤズミンはもしかして、"賢者"のことを知ってるのか? あんたが何か教えたのか」
「いいえ。」彼女は、慌てて首を振った。「わたしは何も言ってません。ただ、察しの良い人ですから…もしかしたら気づいているかも」
それで、"賢者 "の名を冠した宝物を探してエベリアの城をうろついていたりしたのか。
だが、故意にせよ偶然にせよ、彼は、最初から核心に至る手がかりと接触していたのだった。
夕焼けの色が薄れて、宵闇が迫ってくる。ふと、海の方の空に視線をやったロードは、広がっていく夜空の中に、一際高く輝く星を見つけた。
(あ)
光が、答えるように瞬く。
(そっか。同じ世界だから、こっちにも"星"はあるんだ…)
「…聞いても良いでしょうか。先ほどの方やフィオとお知り合いということは、あなたも…もしかして?」
「いや、おれは…」
視線を戻したロードは、言いかけて、思わず笑みを零した。
その素質があるかどうかは、自分では分からない。だが、少なくとも"条件"は満たした。
「…"次"かな。ま、未定だけどね」
腕に手をやると、指先に青い石の感触が伝わってくる。
この世界は、数多くの失敗と、繰り返しの先に存在する。
あれは夢なんかではなかったのだと、全て現実だったのだと、――その石が、証明してくれていた。
歌声が森の中に響いている。
フィオが"生命の歌"の力を使うのを見るのは初めてだった。正確には、普段から鼻歌まじりに一部使ってはいるのだが、今回は明確な意思を込めてまともに使っている。
それは、レヴィの持つ空間を繋ぐ力や、ハルの千里眼と同じように、"賢者"になって時点で獲得する特別な力だ。
歌声とともに、木も草も生えていなかった禿山に緑が再生されてゆく。見る見る間に成長の早い草花に覆われてゆく大地を、シエラは驚きの目で見守っていた。
「よーし、こんなもんかなー?」
フィオは得意げな顔で振り返って、シエラのほうに駆け寄っていく。
「本当に、お母様のあとを継いだのね。すごいわ…」
「えへへ。びっくりした? でも、シエラが無事だったことのほうがびっくりだよ!」
「ごめんね、…何も言わずに森を出て」
「ううん、いいの! ね、それよりシエラの彼氏、紹介してよぉ」
シエラの腕に手を絡ませてはしゃぐフィオは、年相応のごく普通の少女のように見えた。シエラが視線を上げ、こちらを見る。ロードは頷き返した。
「おれたちは、もう少しこの辺りを調べてから戻るよ。シャロットさんに聞かれたら、そう伝えておいて」
「分かりました。」
二人は、仲の良い姉妹のように、手を繋いで談笑しながら館の方に戻って行く。
なだらかな緑の斜面には、海から吹いてくる暖かな風。ロードは、海の方に視線を向ける。
隣に、レヴィがやって来た。
「やっぱり、まだ、フィオには話さないほうが良さそうだな。」
「……ああ」
昨日、"もう一つの世界"から戻って来た後、ロードは体験したことを全てレヴィに話した。
最初は半信半疑だったレヴィだったが、話を聞いているうちに現実と符号することを理解したようだった。
「突然現われた場所は、過去の世界の”巻き戻し”の時には、再生出来なかった地点ってことか…。一年前、"創世の呪文"の実行と世界の再創造に成功した時に、はじめて、元の場所に正しく戻って来た。つまり以前の世界は一部が欠けた状態だったってことで、今の世界のほうが"正しい"世界、なんだな。」
レヴィは、少し前まで木も草も生えない禿山だった斜面を見上げる。
「しかし、”闇に落ちる”――ねえ。世界の外側は闇だって話だけど、再生に失敗した世界がそこに沈むってのは知らなかったな。かつて再生出来なかった世界の一部がこっち側に戻って来るときに<影>を連れて来たんなら、大量の<影憑き>が同時に発生した理由も、そういうことか。」
「よく判るな。おれにはサッパリだよ。つまり…ここは、一年前まで<影>と同じ世界にいた場所、ってことになるのか?」
「端的に言うと、そういうこと。エベリアの城や、シンダリアの塔の地下室もな。人の居ない地点ばっかりだな。そういう選択がされたのか…いや…にしても」
考え込んでいるレヴィから視線を外して、ロードは、それとなく周囲の様子を伺った。
判っていたことだが、誰もいない。
ずっと感じていた視線は、今はもう感じない。
時の分岐点を過ぎ、最初に世界の巻き戻しを行って百五十年の時を何度も繰り返してきた、"あの"白い影――過去の時間軸のハルは解放されて、消えたのだ。なぜ自分の前に現れたのかも、なぜ見ていたのかも、今はもう判っている。
(ここから先は、おれたちの役目だ)
あの時、もう一人のハルに頼まれたこと。――忘れてなどいない。
ロードは、思い切って言った。
「なあ、レヴィ」
「ん?」
上着のポケットに手を突っ込んだまま、黒髪の魔法使いが振り返る。
「おれがハルの後を継ぐ、って言ったら、どう思う?」
「…へ?」
一瞬、ぽかんとした顔になった。「後、って…」
「今すぐじゃない、五十年後とか。」慌てて付け加える。「その、…普通は二百年くらいなんだろ? ハルはもう、百五十年やってるからさ」
「……。」
最初はあっけにとられた様子だったレヴィの表情に、笑みが広がっていく。
「いいんじゃねーか? お前なら向いてそうだし。ハルが許可するなら、だけど」
「うん。今度…話してみる」
「楽しみだな。」
無理かもしれない、とは思わなかった。
自分の選択は間違っていないのだという確信が、ロードの中にはあった。
ここから、道はまだ先へと続いていく。
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