行けるか!? ドキドキ出都検査!(3)

――ガッタン!! 


 え? 急に馬車が大揺れに揺れた!?


「げふぉ!」「きゃ!」


 言うまでもなく荷台も大きく傾き、私の身体はぐらり揺れて床に投げ出されてしまった。けれど、そのおかげでサクヤの両手が肩から外れ……ぐいっと身を乗り出してたサクヤはそのまま私の寄りかかっていた木枠に顔面から激突! あららぁ。イタそう。


「すまんのう。切り株に後輪を引っ掛けてしもうたわい」


 た、助かったああ〜〜! 全身で、はああああと、ふか〜いため息を吐く。もしかしてヘルマさん、助けてくれたのかな?


「あにすんだよヘルマ! ラーテルサンいないから、イケると思ったのによぉ、ちぇ」


 やっぱり! サクヤの奴! そしてヘルマさん、ありがとうございますぅう! 心の中で感謝しきりの私の横で、真っ赤な顔をさすり、サクヤがヘルマさんに食ってかかる。そのすきにヤツからササッと離れ、木箱の隅に座り直した。甘い顔をするとすーぐこれだもの! ちょっとかっこよかった、かも? なんて思った私がバカだった! サクヤのばか! ……なんだかなあ、もう! 


 ヘルマさんと口ゲンカ中の、サクヤは放っておいて。ふと、不意に上がったラーテルさん名前に、昨晩食堂でずっと気に掛かっていた疑問が再びよみがえってきた。


 ラーテルさんとは昨晩、エルクさんと鉢合わせたあれ以来、話ができていない。あの時、ラーテルさんも数日前からティーナへの無断外出を計画していたのは言葉なくとも理解できたのだけれど、実はもう一つ。ずっと不思議に思っていることがあるんだ。考え出したら、すごく気になっちゃって、ぽろっとこぼしてしまう。


「そういえば、ラーテルさん、意外だったなあ。男嫌いなのに、オウルさんを助けに行くってあんなに頑張って……」


 ラーテルさんってほら、みんなも知っての通り大の男嫌いじゃない? さっきも木箱に隠れるとき「レトとラーテルはこっち。異議は却下」とエルクさんに言われ、物凄く渋々入っていたし。オウルさんは長髪で、パッと見、中性的だけど、れっきとした男性。男性なのにラーテルさんは危険を冒してティーナに一人で行こうとしていた。その行動がちょっとチグハグというか、謎に思えていたのだ。


 あーでも。


 私もだけどオウルさんは上司、という以前に、どちらかといえば「頼りがいのある大好きな先生」といった印象の方が強い。今まで学校に通っていたからかな? レトもラーテルさんも仕事につく前は学校通いだったと聞いている。だから「男性」、「女性」関係なく、「尊敬できる先生」といった存在で助けたいって思った、って考えれば、自然だし納得できるか〜なんて、一人勝手に解釈しようとしたのだけれど。


「そりゃさあ、恋すりゃ人も変わるんじゃねえの? 俺みたいに」


 ヘルマさんにコテンパに言い返され、拗ねて頭の後ろで腕を組み足を投げ出したサクヤ(こうみると、足、細くて長いなあ)がとんでもない事を言出したもんだから、私は耳を疑ってしまった。え? 今サクヤ、なんて言った? こ、ここここここい!?


「え? オウルさん? ええ? ラーテルさんが!?」


 あれれ? わ、わわわ! なんで私の顔がまた赤くなるの!? だって男嫌いのラーテルさんが、こ、恋って!? そ、その、そ、そ、そうなの!? 両手をほっぺに当て、動揺しまくる私にサクヤがさらに極め付けとばかりに、イヤミを投げかけてくる。


「そりゃそーでしょうよ。普通気付くでしょーよ? ってアーミー一番そばにいて気づかなかったワケ? はぁあ〜そりゃ俺も苦労するわ」


 完全にふて腐れた態度で、サクヤがチラッと片目だけ開けて私に流し目を送ってくる。俺も苦労、はどうでもいい! そんなことより、悔しいけどサクヤの言う通りだ。私、全然ラーテルさんの気持ちに気付かずじまいだった。でもそうだとすれば昨夜、エルクさんがラーテルさんに食堂で言っていた「思う通りにやる」っていうのは、つまりはそういう意味だったってことが理解できる。


 えええ〜〜! エルクさんは知ってたのに、なんだか自己嫌悪だよ。いつも隣にいたのだからいち早く気付いてもっと、応援したりとか何か出来ることがあったハズじゃない。それなのに私ってば自分のことばかり考えてしまっていたから……。


「旦那、見りゃわかるけどモテるからなあ、むかしっから。「初恋キラー」って言われてんだけど、同時に「初恋クラッシャー」とも言われててさあ。だってあの人見かけによらず熟女好き……」


 じゅ、熟? なに? と、その時。サクヤの向こう側の木箱の隙間から、紫色の鋭い閃光が放たれた。ん? あれって!? ら、ラーテルさんの眼光!?


 そう思ったときには、すでに遅し。私の方を向いて大袈裟に肩をすくめ、したり顔で話すサクヤの頬をかすめ、白い拳が高速に繰り出され……た?



 ズゴオオオオオン!



 木枠を貫通し、隣の箱から繰り出された鉄拳が、サクヤの鼻先と同じあたりで並び止まった。彼の襟足の髪が数本千切れて、肩先に落ちる。


「ヒィ!」「あわわ!」


 少し遅れてサクヤ、更に遅れて私が声を上げてのけぞる。粉々になった木枠の破片がパラパラと音を立て、静まり返った荷台の床に落ちた。


「あぁ〜〜! まったぁ〜! ラーテルさんん〜! そうやってぇ、すぐぅう〜手を出したりしてえ! 大ケガしちゃうよぉお〜!? ダメだよぉお!」

「すみません、レト。お気持ちはうれしいのですが、その、手当ては対角線上に離れた、あちらの隅からお願いできませんか?」


 すかさずレトの間の抜けきった注意と、どこか落ち着かずソワソワした口調のラーテルさんの声がして、白い拳はスッと引っ込められた。とはいえ驚き固まってしまった私は、口をあんぐり開けたまま、今し方開いた大穴を呆然と眺めてしまった。


 サクヤに話すことじゃなかった。悪いことしちゃったなぁ。ヘルマさんの別荘に着いたらすぐに謝って、そしてオウルさんのこと、できる限り応援をしたいって自分の気持ちを伝えようっと。


 でも……それ以前に。


 男嫌いのラーテルさんに、女の子となれば目のないサクヤ。今回はストップ役のオウルさんはいないし大丈夫かなあ。ティーナに着くまで、いや、着いてから後も、オウルさんに再会するまでサクヤってば無事でいられるのだろうか。


 私じゃオウルさんほどしっかりサクヤを止められないし、先が思いやられるなあ……。





 ラーテルさんの鉄拳が繰り出されてからというもの、さすがサクヤも命の危険を感じたか口を閉じ静かになった。私もニオイは相変わらずだけど、揺れる馬車と、このちょうどいい薄暗さ、静けさも相まってだんだん眠くなってしまった。夜もほとんど寝れてなかったのもあり、気を抜いた瞬間、眠ってしまったようだ。


 どれぐらい経ったのかな? それほど眠ってなかった気がするけど。


 急に当たりが騒がしくなって目を開けると、すかさずサクヤの声が耳に飛び込んでくる。


「アーミー! そろそろ町が見えてくるってよ!」


 どうやらティーナの町のそばに着いたみたいだ! 寝起きでかすむ目をゴシゴシこすっていると、追ってヘルマさんの明るい声が御者台から聞こえてくる。


「脇道に入り、すれ違う馬車も無くなったことじゃし、ええじゃろう! こっちへ出ておいで、ティーナの町が一望できるよ」


 一望! 私とサクヤは一緒になって上に手を上げ、木箱の蓋を開けた。隣のラーテルさんとレトもほぼ同時にフタを開けて飛び出してくる。


 私たち四人は頷き合って箱から抜け出すと、洗濯バサミを鼻からとり、ヘルマさんが座る御者台へと急ぎ駆けつけ、幌から外へと顔を突き出した。わあ〜! ひんやりしてすがすがしい風! そして、クンクン。わわわ、臭くはないんだけど、湿っぽくて塩っぽい不思議な香りが漂っている。鼻を上に向けたまま、顔を右にやるとそこには。


 ひゃああ〜〜! 


 いままで見たことの無い、青く輝くビーズでいっぱいにした透明のビーズケースみたいな。キラキラ光る、美しい景色が広がっていたんだ……!


 

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My らいとにんぐ ♡ Lady2〜オウルさんを救出せよ! 潮風香るヒミツの海底ダンジョン!〜 九重 ゆめ @kokonoe1120

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