珈琲は月の下で ペアマグカップ


「今月は満月が2回も来るんですって。

それもハロウィンに来るんだから!」


長い白髪、切れ長の赤い目を煌めかせながらセシリアは言った。


空の月は徐々に形をとり戻しつつある。

凛とした冷たい空気が心地いい。

冬が近づいてきている。


「だから?」


黒猫と白猫のマグカップから珈琲の香りと湯気が昇る。やはり、直挽きに限るな。

ブラディノフは黒猫のカップを手に取り、傾ける。


「こんな楽しいこともないわ!

おでかけしましょうよ!」


彼女は子どものように腕をひっぱった。

飼い主の構いたがる小さな子猫のようだった。


「ほら、たまには顔を出さないと、凍血の盟主の名が廃るし。今の人間たちは昔ほど驚きもしないわよ」


確かに地元住民に伝説として語られてから、何年が経つだろうか。そういった意味でも、顔を出してみるのも悪くないかもしれない。


ただ、行事本来の意味を忘れ、節操なしに浮かれはしゃぐあの空気はどうも苦手だ。

セシリアは明るい雰囲気の場所がとにかく好きだったし、よくブラディノフを連れ回していた。


この猫たちも買い物に付きあったときに見つけたのだったか。

無言で珈琲を飲んでいると、彼女はつまらなさそうにベランダの柵にもたれかかった。


「まったく、春頃のあなたはどこに行ってしまったのかしらね。いきなりあの子を追いかけるとか言い出すんですもの。本当に心配してたのよ?」


「……すまなかった」


春ごろに末娘が家出をし、シオケムリという町にいることを知った。

町に住む異種族たちを支配下に置こうと悪行を重ねていると聞いて、彼女を探す旅に出た。


確かにあの行動力は自分でも驚きを覚える。

情報を得た一週間後には空の上にいたのだ。

違和感を抱かれてもおかしくはないか。


「処刑屋とかいう殺人鬼がいると思ったら、大手企業の入社式がテロリストによってめちゃくちゃにされたって聞いたわよ? 諦めて引き返してくるかもって話してたんだから」


「異種族のいる地域で治安の良い場所など、あるわけがない」


人間の作る世界ですら、ままならないのだ。

法を守る気のない連中のほうが圧倒的に多い中、統治するほうが難しいというものだ。


「ね、ブラッド。例の入社式って本当にテロリストの仕業だったの?」


セシリアは声を潜める。


「事件のあったその日、変な流れを感じたのよ? 

何もないはずないわ、教えてちょうだいよ」


それを聞いて、彼は目を見開いた。

ここまで影響が届いていたのか。


「さすが、竜の血を引いているだけあるな」


ふと笑みがこぼれた。


「どういうこと?」


「そうだな……実際に会ってみるか?

そんなに時間もかかるまい」


入社式の事件は表向きはテロリストによる襲撃ということで話は収まっているが、真実は違うところにある。彼が探していた末娘も竜の血を引く者に倒されていた。


思わぬ足止めを喰らい、花と雪が共存していたあの日を思い出す。意外と見えないところに答えは隠れている。


「その犯人、未だに捕まってないらしい」


「あらまあ、怖いわねえ!

シオケムリの退魔師たちは何してんのかしら?」


そういう割に声は弾んでいる。

カップを片付け、部屋に戻る。


二度目の満月を迎える前に到着できそうだ。




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