第6話 ひざにのる

 始発まではまだ少し、時間があった。駅長室で、りんと僕はストーブを囲むように座る。


 彼女のコートはゆきだるまへの体当たりでずいぶんと濡れてしまっていたので、脱いでもらい別の椅子にかけて乾かしておく。手袋は自分でストーブにかざして乾かしていたのでそのままにしておく。

 

 彼女は駅長室に戻ってからは再び仕草で意思疎通を図るようになっていた。やはり、意図的にそうしているようだった。でももう慣れていたので不便を感じる事は無かった。


「ねむくない?」と聞いてみる。


 首を横に振る。りんの目は泣いたせいで赤くなっていて、少しぼんやりとしていた。でも、眠くはなさそうだった。


 僕は父親替わりになる、と心の中で息巻いたものの、どうすればいいかわからなかった。元々不器用なのだ。昔、娘にどう接していたのかを頑張って思い出す。


 人並みだけれど、小さい頃は抱っこやおんぶをしていたな。……いや、りんちゃんの年齢でそれはないな。ぶんぶん、と首を横に振る。


 りんは不思議そうに首をかしげてこちらをみる。


「あ、いや何でもない」いつの間にか彼女の動きがうつってしまったようだった。


 ……ああ、中学生になってもしてた事があった。


「僕の膝、のる?」おずおずと僕は聞いてみる。こんな聞き方、不器用極まりないな、と思いながら。


 さらにりんは首をかしげる。そりゃあそうだ、急にこんな提案されたら子供だって戸惑う。


「えーと、外にずっといたし、暖まるかなって」取ってつけたような理由だ。


 相変わらず首をかしげる。でもすっ、と椅子から立ち上がる。そして僕の膝にゆっくりと座る。しかしすぐ立ち上がり、僕の方に振り向く。「おもく、ない?」小声で聞いてきた。


「ああ、うん大丈夫。」こくり、と僕はうなずく。それを見て、彼女は再び僕の膝に座る。そして小さな背中を預けてきた。


 りんは冷たいどころか、かなり暖かかった。これでは暖められるのは僕のほうだ。


 さて、ここからどうしようか。また困った。抱きしめる? ……それは馴れ馴れしい。頭を撫でる? それも違う気がする。さっきは泣いてたからであって、今するのは少し気恥ずかしい。


 とりあえず、左右に落とした両手を少し上げてみる。りんはそれに気づいて左右の手をきょろ、きょろと交互に見つめる。


 でもそこから、手は宙に浮かんだままだった。少し上げたり下げたり、広げたり握ったり。彼女に対して何をすればいいか思いつかない。


 りんはまた、首をかしげる。まずい、このままでは変なおじさんだと思われてしまう。


 す、とりんは僕の腕をとる。そして彼女の膝の上に僕の手を置いた。軽く抱きしめる形になる。


 こくり、と僕のほうを向いてうなずく。僕もこくり、うなずき返す。


 そのまま何をするでもなく、二人でぼんやりとする。うん、これでいいのだろう。なんだか正解な気がした。


 娘は私に甘えるのが好きだった。妻がそれなりに厳しいというのもあり、私が帰宅するたびに抱きついてきたり、おんぶや抱っこ、膝の上にのせてー、とねだってきた。私はそんな娘を甘やかした。


 ……いや甘やかした、というよりはねだられるがままにしていたのが正しい。不器用だからやんわりと断ったり、軽く叱るということができなかった。それに、甘えられるのも悪い気はしなかった。


 そんなこんなで娘は小学高学年や中学になっても少し甘えて来た。抱っこやおんぶは流石にしなかったけれど、膝の上にはちょこちょこ乗ってきた。

 ただそれも、思春期にはいってからは恥ずかしさでとんとやらなくなった。寂しさもあった反面、大人に成長したんだなと嬉しくもあった。


 ……こんど娘に会ったとき「僕の膝、のる?」と聞いてみよう。きっと断られるだろうけど。

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