第2話 りん
しばらくすると、雪の振る量が増して来た。これだと少し雪かきをしなければいけない。
机の上にある卓上時計をみる。十二時を回っていた。喉が軽く渇いていたのでお茶を飲む為ヤカンに水をいれ、ストーブの上に置く。
そういえばあの子はもう帰ったのだろうか。結局駅長室には来ていない。気になって、ホームを見てみる。
まだ、同じ場所に座っていた。全く動いていないようで身体中が真っ白になっていた。
慌てて外に出てベンチに駆け寄る。
「大丈夫?」そう話しかけられると彼女は顔を上げた。こくり、とうなずく。心なしか動作がゆっくりとしていた。良く見ると少し震えている。
「寒くないの?」と聞くと再びうなずいた。
「始発が来るまで駅長室で待つといいよ」と提案する。すると彼女は椅子から立ち上がった。
ストーブの前にパイプ椅子を置き、彼女を座らせた。雪でパーカーが濡れていたので横にもう一つパイプ椅子を置いて乾かす事にする。
彼女は何故だかパーカーの下に薄手のシャツしか着ていなかった。
仮眠室から毛布を取り出し、渡した。それを受け取るとすぐに身にまとった。やはり寒いのだろう。
「ねえ」どうしてこんな時間に列車に乗る事になったんだい、そう言いかけて止めた。
答えてくれそうも無かったし、その質問は野暮な気がした。自分が知ったところでどうにかなる訳でもなかった。
彼女は僕が言葉を止めた事について疑問を感じている様だった。
「ああ、えーと」他の言葉が見つからない。
「お茶でも飲むかい?」ストーブの上で湯気をたてているヤカンを視界の端に捉えながらそう言った。
先程よりいささか大きく、首を縦に振った。
急須で作ったお茶を湯飲みに移し、彼女に手渡す。
「熱いから気をつけてね」
彼女は軽く頷き、ゆっくりと口を付けて飲み始めた。
それを見て自分も少し喉が渇いていたことを思い出し、自分の湯飲みを取り出してお茶を注いだ。
そういえば彼女は何才なのだろう。見た目からは十そこらに見えるのだが、その年齢にしてはとても静かで落ち着いている。
自分にもいま二十歳になる娘がいたが、この子ぐらいの身長の時はもっと賑やかであった気がする。
「きみ、いくつ?」と聞いてみた。
彼女は湯飲みをテーブルに置き、指を五本と四本立て、私に見せる様にした。
「九才?」
頷いた。そして、置いていた湯飲みを取り、僕の方に差し出す。
「おかわり?」
こくりと、頷く。
急須に入っている量が足りず、湯飲みの半分しか入らなかった。
「もう一回作るからちょっと待っててね」と言ってヤカンを取り、急須に注ぐ。
その時、彼女が何かを呟いたように聞こえた。
「え?」と僕は彼女の方を向き「何か言った?」と聞いた。
彼女は反応しない。聞き間違いだろうか。
再び湯飲みにお茶を入れ、彼女に手渡す。
その時、再び彼女は呟いた。
りん、と僕には聞こえた。ただ、すぐにその言葉の意味を理解する事が出来なかった。
聞き返すのも悪いので(多分彼女は余り喋りたくは無いのだろう)少し考えてみる。
数十秒考えた後、一つの考えに行き着いた。
「りん、って言う名前なの?」と聞いてみる。
こくこく、と二回首を縦にふる。別に深く考える必要は無かったのだ。
「僕の名前はたくろう」名乗ってくれたのだから、こちらも名乗り返すのが礼儀だろう。
頷いた。分かったという合図なのだろう。
「飲み終わったら、湯飲みはそこのテーブルに置いといていいよ」と言って僕は仕事に戻った。
午前一時になった。仕事の方は半分と少し片付いた。
彼女の方を見ると、こくり、こくりと船を漕いでいた。
こんな時間だ。ねむいのは当然で、ましてや子供ならなおさらだろう。
「ねえ」声を掛ける。
彼女はゆっくりとこちらを見た。目が半分閉じかかっていて、眠そうなのが一目で分かる。
「良かったらベットで寝る?」と提案してみる。
彼女はぼうっとした表情で首を横に少し傾げ考えていたが、やがて首を縦に振った。
「じゃあ、こっちにおいで」と彼女を仮眠室まで案内し、下段のベットに寝かせる。
「始発になったら起こしてあげるからね」その言葉に彼女は頷き、目を閉じた。
少しして、すうすうと寝息を立て始めた。余程眠かったのだろう。
ストーブを仮眠室の真ん中に置いて、部屋が暖まるようにした。
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