漂流英雄綺譚 -颯爽たる風姿-
リアび太
第1話 特異点
閃光がまばゆい……
さながら真夏の太陽が地表に出現したかと
見まがうほどの光量がその閉鎖された
空間に注ぎ込まれているようであった。
そこに在るのは、焦燥した、
1人の青年ともう1人の少年の痩躯。
そして、その2人の周囲を円状に
取り囲む黒服たちの群れであった。
「まさか、こんなオチになるとはな……。」
「へ、ざまぁねえな……。」
青年と少年は互いに苦しげに吐息を漏らす。
背中合わせにお互いの身体を預け合う
2人の姿には、徹底抗戦、最後の最後まで
諦めはしないという不撓不屈の意志が
醸し出されていた。
しかしながら、黒服たちは筋骨隆々な
体躯に加え、全員サングラスとナイフ、
拳銃を所持している様子でターミネーター
のように不気味に迫り来る。
絶体絶命の2人が黒い波に包まれ……
かくして、新たな物語の幕が上がる……。
「……それじゃあ行ってくる。」
「……。」
毎朝の恒例ではあるが、それでいて
無機質なやりとりが行われる。
とある日曜の朝、出かけていくのは、
この世帯における夫という身分に属する
ユウジ・サイカという中年男性である。
そして、さして興味のない様子で、
ユウジの話を聞いているかどうかも
うかがえない様子の女性が、ユウジの
配偶者であるサヤカ・サイカである。
サヤカはマニキュアを塗ることに
一心不乱になりながらも、ユウジが
玄関を出て行く気配を耳で感じ取った。
西暦2049年という現代においては、
家事は一般家庭の8割程に普及した
アシスタント・パートナー(A・P)が
愚痴言わぬロボットとして代行してくれる
おかげで、作業自体は皆無といえる程度に
成り下がった。
(今となっては行われる家事は労働ではなく、
趣味としての側面が強い。つまり、美食と
しての調理・空間を魅せるための清掃など
などというわけだ)
それにより、かつての家庭内での労働階級者は
その身分を脱却・向上させ、その時間を己の研鑽・
趣味への没頭・あるいは不善をなすことに
換えていた。
手先だけ動かしながら、ボンヤリとこれからの
時間の過ごし方を考えていたサヤカだが、
視界の端に玄関モニターのランプの点滅と、
そこに映し出されたあたふたする夫の姿を
認めると、
思わず渋面ができる。
「アイツ、また鍵を忘れたみたいね。
エミリー、玄関開けて。」
「ハイ、ワカリマシタ」
噂のA・Pであるエミリーにより玄関の解錠が
問題なくなされ、取り忘れた鍵を持って
旦那は出て行った。
最近の夫は、どうやら個人的に何かしら浮かれる
ような出来事があったことは、終始うわの空の
様子を見れば、考えるまでもなくわかる。
「……エミリー、次に玄関が開けられたら、
アレを捨ててくれないかしら?
粗大ゴミとしてね?」
「ソノオーダーハジッコウデキマセン。
モウシワケアリマセン。」
電子音声が素っ気なく応える。
「わかってるわよ……」
最近流行りの超高性能学習型AIとやらを
持ってしても、所詮ロボットはロボットで
しかない以上、人間様の権利を脅かす命令
だの生殺与奪だのと、できようものではない。
AIが人間の知能水準を超越する転換点である
シンギュラリティ……その到来が予測された
時点から既に数年が過ぎた。
しかしながら計算能力などの個々の能力なら
いざ知らず、人間を超えるロボットの誕生など
未だに取り沙汰されてはいない。
要はロボットごときでは臨機応変な対応力が
足りないのだ。どこまでも貫き通される
自己主張と、それを即座に翻すという矛盾に
満ちた存在である人間様には、良くも悪くも
追いつくことなど容易にはできないだろう。
そんな時が到来するにしても遙か未来のお話
……とんだSFだ……そんな風にサヤカは思う。
自分を煩わしくさせるもの……融通の利かない
ロボット、それとは正反対の、行動に規則性
がない夫……何もかもが癪に障り、全てのものを
なくすことができないものかなどと考える機会が
増えた。この黒い情念の行き場はどこか?
サヤカはそんなことを考えながら、今日も
抗いがたい耽美なまどろみに落ちていく……。
ジンヤは車を駐車場に置き、
筐島市役所の職員用玄関の方へと向かっていく。
西暦2049年…日本では、慶永元年という
新元号の初年を迎えた。この数年間の科学の
進歩はめざましく、ジンヤ自身も人類が
すさまじい変化の潮流に置かれているのだと
実感している。事実、近年急速に普及した
A・Pが暴走する事態が多発することから、
ロボットの不具合の解決は自治体にとっても
喫緊の課題と見なされ、機構改革により
機器情報管理課が発足していた。
ジンヤは1年前に人事異動により
この部署に配属されてから朝晩に渡り、
主にロボットの取り締まりについての
忙しない日々を送っているのであった。
さて、本日も早速……
「よぅ、おはよう!」
「あ、ジンヤさん。待ってました。」
後輩のタナカがジンヤの顔を見るなり、
小走りに駆け寄る。
「ふ、休日明けだからって、そんなに
俺に会うのが待ち遠しかったのか?」
独りごちながら、そんなわけはないだろうな……
とジンヤは予想していた。
「通報なんですけど、受信済みなのに繰り返し
何度も発報来るし、穏やかじゃないんです~!」
タナカはジンヤの冗談を聞き流す余裕もない
ほどに必死のようだ。
とはいえ、立場逆転していれば同じもの
かもな……とジンヤは思う。
「通報は8時ごろか?」
「は、はい!ちょうど8時きっかりに!」
「おおよその状況は分かった。
現確に行く。場所は?」
「は、はい!棚場です。」
「そうか……準備はあらかたOK?」
「はい!車の手配と課内への報告・連絡、
持って行く物の用意も済みです!」
「ん、じゃあ行こうか!」
こうして……穏やかとはいかない週明け、
月曜日の朝は早速始まったのだった。
市のほぼ中央部に位置している役所から
車でおよそ20分……
隣接する街との境である棚場に
ジンヤとタナカは到着した。
「うわ!何なんだよ、これ!」
現場に着くなり、開口一番タナカが
顔を引きつらせた。
彼らはまだ玄関前の門扉すらくぐっていない
状態であるが、眼前にはズタズタにされた
木製の扉や庭の植え込みが散乱しており、
一見で尋常ならざる状態にあることがわかる。
落ちているものに注意しながら玄関へと
辿り着き、インターフォンの呼び鈴を押すが
反応がない。
「サイカさん、筐島市役所の機器情報管理課の
ホンドウとタナカです。ご無事ですか!?」
依然反応はない。
「仕方がない……入るぞ。」
ジンヤはどんどん家の中へと歩を進める。
タナカは体裁が悪そうな顔と格好で周辺を
窺った後、ジンヤの後をついてくる。
しかし、鍵のかかっていない玄関の
ドアを開けた途端、
「!血の匂いだ!!」
すぐにそれと分かるような生臭い不快さが
鼻腔を劈く。タナカは再びアタフタとし出すが、
ジンヤは怯むことなく急ぎ足で内部へ進んでいく。
2人は大声で呼びかけをしながら、
2・3つのドアを開いたところで、
床にへたり込んで呆然としている女性を発見した。
すぐさま2人は正面に回り、女性に声を掛ける。
「サヤカ・サイカさん……ですね?
お宅のA・Pから通報があったために、
参りました。」
A・Pは家族に寄り添う機械生命体という
謳い文句とともに、万一の緊急事態を
判断することで通報が飛ぶようなシステムが
構築されている。とはいえ、現状はいまだ
システム自体が生まれたての揺籃期である
ことから、いきなり警察署や消防署ではなく、
まずはA・Pの関連業者あるいは
自治体における担当課(筐島市においては
機器情報管理課)に通報が飛ぶことに
なっている。
そうした経緯から今こうして
ジンヤとタナカが出動したわけであるが……
今までによくある、A・Pの故障や
周辺の家畜やペットが誤って入りこんだ
ことを原因とする誤報とは訳が違う。
「……したの。」
サヤカが絞り出すような声で何かを呟いた。
怪訝な表情になる2人。
再び口を開いたサヤカ。
より明瞭さを持ってジンヤとタナカの
耳に届いた言葉は而して
2人を戦慄させた。
「A・Pが……あの人を……
主人を殺そうとして……
連れて行ったのよ!」
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