第7話

 体育祭まであと4日。遥たち鉄道研究部は少しでも目立つために走る練習をしたり、リレーで使用するバトンを作っていた。部活対抗リレーでは、その部活にまつわるものをバトンにしてよいらしく、皆で意見を出し合った結果、タブレット閉塞で用いられるタブレットにするという意見が多数だった。しかしプラバンなどでSuicaをかたどった方が目立つのではという勿来先輩の意見が採用され、遥が作成することとなった。面倒だったがもう完成しており、部員にはお披露目している。問題は練習の成果なのだが…


 「竹ノ塚先輩が部員の中でダントツで遅いの何とかなりませんか?」

 「何とかなってたらもっといいタイム出てるよ…」

 「そうよ、横瀬君。彼の足の遅さは去年もだったんだから。」

 「勿来さん…ひどいですよ…」

 仕方ない部分もあるが、それにしても遅い…本番は一人あたり100m走るので、竹ノ塚先輩だけで単純計算で20秒近く使うことになってしまう。後の人の巻き返しが重要になる。

 

 「でも明らかに他の人が速いから竹ノ塚先輩が遅くても問題ないですよね?」

 「まあそうね。問題はどういう順番で走るかだけど…」

 「最後の方に順番を回すのは絶対やめたほうがいいかと。速い人たちをアンカーの方に回すと思いますから。」

 「じゃあ2番目あたりでいいかしら?」

 「そうしましょう。」

 「僕の意思は…?」

 走る順も決まってちょうどいいので、今日は終わり。鴻巣は速かったし、佐貫も意外な運動神経の良さを見せつけてくれた。後はゆっくり体を休めて、体育祭に臨むだけだ。



















 ――体育祭当日。皆の練習の成果と、巨大Suicaのお披露目とくるわけだが、遥の通うこの高校の体育祭は赤、白、青の3つの組に分かれて戦う。競技は定番のものから奇をてらった独創的なものまで豊富なラインナップだ。毎年10競技程度で行われているのだとか。ちなみに今は開会式直後。この後は遥たち高1の競技がある。そして昼休みの後には部活対抗リレーが控えている。


 「大玉ころがしとか舐めてるなりな」

 「そう言ってやんなよ…」

 心なしか誘導をしている実行委員の人に睨まれた気がする。こあい…



 接戦だった。遥、佐貫の所属する白組は一組目では遅れを取ったものの、遥、佐貫ペアからの連携プレーが幸いし、一位に躍り出た。しかし、赤組に運動部の人たちが集中していたため一位をキープすることはできなかったものの、2位を勝ち取ることができた。

 次は竹ノ塚先輩が出ると言っていたパン食い競争。うまくパンを口でキャッチすることのできなかった竹ノ塚先輩がもちろんビリ。その後も昼休みまでに数種目あった。

 遥は部活対抗リレー以外に出る競技もないため、佐貫、鴻巣と雑談しながら校庭での激闘を見遣っていた。同じ組の人たちや鴻巣の友達といった生徒たちが寄ってきて、あっという間に遥たちの陣取る一帯は大所帯となった。積極的に関係を広げる質ではない遥と佐貫は、自分のテリトリーなのになぜかアウェーな気分だったが、話していくうちに打ち解けていき、LAYNで友達登録するまでになった。


 「―それで、部活旅行とやらが鉄研にはあるらしいけど、いつあるんだい?」

 「とりあえず夏休み中にやろうってことになってるよ。」

 「そうなんだ。行き先とかはまだ?夏だし海とか行きたいなあ。」

 「いいねえ、俺らも付いてってもいいか?」

 「話を聞いてると映えそうなとことか行ってるっぽいし。」

 仲良くなった男二人、南方珪人(みなみかたけいと)、樟葉千尋(くずはちひろ)がそんなことを言ってくる。


 「あはは…先輩たちに聞いてみるよ。」

 「なんなら入りたいな、鉄研。俺も千尋も帰宅部だし。」

 「いいね、横瀬も佐貫もいいやつだし。入りたいよ。」

 「うーん、どっちにしろ先輩に言いに行かなくちゃいけないから、明後日にでも入部届をもらって提出しよう。」

 本当は明日貰いたいところなのだが、生憎と明日は体育祭の振替休日で休みなのだ。二人からは了承を得、休み明けに鉄研は新たに二人の部員を迎えることとなった。














 ―昼休みが終わり、各部活による部活対抗リレーの火蓋が切られる。こういう日の弁当は多く作ってもらえるというのは体育祭あるあるだが、遥の弁当も例に漏れずボリューミーな弁当であった。弁当の1段目にはぎっしりのご飯。2段目にもところ狭しとぎゅうぎゅうに詰まったおかず。幸い、弁当のサイズはいつもより少し大きいくらいで済んだが、それでも少食気味な遥には厳しく、鴻巣に手伝ってもらった。


 「―ごちそうさまでした。」

 「部活対抗リレーそろそろだね。行くかい?」

 「まあ早く行くに越したことはないなり。行くなりか。」

 佐貫と鴻巣にせっつかれて重い腰を…いや、大量の弁当で膨れた腹に抗いながら、入場門へ向かう。入場門には既に参加者達が揃い始めていた。その中にいるであろう鉄研の部員たちを探す。


 「あ、いたいた。こっちこっち!」

 曳舟先輩が僕らを呼んでくれる。そこにはもう部員が集まっていた。

 「来たわね。始まるわよ、戦が。」

 「それは言い過ぎでは?」

 勿来先輩は気合十分といった様子。雫石先輩も暁の水平線に云々と、勝利を刻む気満々だ。

 「というか先輩、その格好何ですか?」

 「艦○れの島○のコスなのだ。」

 「コスプレって大丈夫なんですか?なんか申し出が必要とか…」

 「事前に確認を取ってあるのだ。金山先生からもゴーサインを頂いてるのだ。」

 いつもはなんとなくダメな雰囲気が出ているが、こういうときは本当にいい仕事するなと思う。雫石先輩×ぜか○しコス。いい…


 「並んでくださ〜い…―ここは鉄研?部員は揃ってる?」

 「ええ、全員いるわ。」

 「よしおっけー。そのまま待機ね。」

 体育祭実行委員の人が確認を取ってくれる。間もなく入場。激戦の火蓋が切って落とされる。



 









―パンッ!


 ピストルの音が校庭に響く。今は茶道部VS華道部。ちなみに、その後に鉄研VS歴研VSパソコン部が繰り広げられる。文化部は最初に走り、運動部は文化部の人たちが走り終わった後にやることとなっている。もうアンカーなので、そろそろ遥たちに順番が回ってくる。先発は遥。次に曳舟先輩。3番手が竹ノ塚先輩。その後鴻巣、佐貫、雫石先輩と続き、そしてアンカーを勿来先輩が引き受ける形になる。


 白いスタートラインに立つ遥。ガチではないとはいえ、やはり緊張する。横目にパソコン部を見やると、走者の手にはバトンと思わしきキーボードが。歴史研究部はどでかい金ピカのシャチホコを抱えていた。しかし、鉄研も負けていない。なにせ横に持てば3人の顔は十分隠せるくらいの大きさのSuicaなのだ。イロモノ枠には入れているだろう。


 ―位置について、よーい!


 姿勢を整える。イロモノ同士の戦いのはずなのに、謎の緊張感が校庭に漂う。


 ―パンッ!


 ピストルによる合図とともに、イロモノたちは駆け出した。勝つ必要性こそ薄いが、こんなとんでもバトンを作る部活に負けたくないという、ブーメランな遥の心が敗北を許さない。バカでかいバトンのおかげで走りにくいことこの上ないものの、大きく相手を突き放して曳舟先輩にSuicaを手渡す。

 すると、曳舟先輩は韋駄天もかくやという速さで走った。うっすらと先輩が走った後に砂埃が舞っているように見えた。あっという間に竹ノ塚先輩のもとに特大Suicaが。先輩も抜かれないよう走っていたが、爆走で迫ってくるシャチホコの勢いに負けてしまった。

 ただ、竹ノ塚先輩以外はかなり速いのだ。鴻巣は見る見るうちにシャチホコに追いつき、勢いをそのままに佐貫に引き継いだ。ついには鉄研の独走状態。雫石先輩、アンカーの勿来先輩と番が回ってくる頃にはシャチホコやキーボードが追いついてくるなんてことは逆立ちしても起こりようが無かった。

 結果は大差をつけて鉄研が勝利。あとから聞いた話では、このとき部室の利用についてパソコン部、歴研と賭けをしていたらしく、見事に遥たちの勝利によって平穏が守られたそうだ。















 「―これで、第42回体育祭を閉会いたします。」


 校長先生のありがたいお言葉とともにつつがなく終了が告げられた。全体で白組は2位、赤組は総合優勝、青はビリという結果だった。帰る準備をしてHR。下校を始めた頃にはもうお天道さんは沈みかかっていた。

 皆があらかた下校した後、佐貫と鴻巣、そして遥の3人は佐貫の下らない発想に付き合わされていた。


 「この中に本物のSuicaを入れたらいい感じになると思うなり。3人には手伝ってほしいなりよ。」

 「つくづく下らないこと考えるよな、お前…」

 「ほんと。一人でやればいいと思うんだけど…」

 「そんな殺生な…」


 中側に養生テープでSuicaを貼ることで佐貫の夢は叶った。その後、改札機のICカードリーダーにタッチすることができなかったので駅員室で対応してもらうことになり、赤っ恥をかく羽目になったのはまた別の話。

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