身に覚えのない理由で婚約破棄されましたけれど、仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?

猫側縁

第1話

私はこの国の公爵令嬢、カティア・セレスティーネ・クロムクラインと申します。突然なのですが、つい先程、婚約者である第一王子から婚約破棄をすると宣言されましたの。

それも卒業パーティーの日に、卒業生や関係者の方々の目の前で。

その横に、私以外の女性を伴って。

そして王子は更にこんな事を宣いましたわ。


「私はこのアメリ・シルドレ子爵令嬢と結婚する。貴様のような顔だけでなくその中身まで醜い女に、この国の国母になる資格はない!!」

「まるで私が何かしたかのような言い方ですわ」

「覚えがないというのか!この外道がっ!!」

「覚えもなにも、私何もしておりませんもの」

「あくまでシラを切る気だな!逃がさんぞ!」


ここに至るまでで既に私、だいぶ面倒に思えておりまして、顔の表面をすっぽり覆った仮面に隠れて欠伸を溢しましたわ。

子爵令嬢は私を見て怯えた様子を王子に印象付けてますけど、近くにいる王子以外にはその勝ち誇ったような女狐の微笑がバッチリ見えておりますわよ?


「何をしておるかッ!!」

「父上!母上!これには理由があるのです!どうか私の話を聞いてください!」


駆け込んできたのは貴賓席にいらっしゃるはずの両陛下。だいぶ急いでいらっしゃったのでしょう。外聞も恥もなく息を切らしてらっしゃいます。陛下の呼吸が整わない為に沈黙したのをいいことに王子がまた喋り始めました。


「この女は、私の愛するアメリに悲惨な嫌がらせを幾度となく行った上に、命まで奪おうとしたのです!!」

「……具体的には?」

「先ず彼女にだけ茶会の招待状を出さなかったこと。次に彼女の私物を壊し、彼女が選ばれるはずだった三女傑の座を、ドレスを破いたり足留めをして出席させず奪い!あまつさえ彼女に刺客を送り込んだ!」

「その根拠は?」

「被害者である彼女の勇気ある証言!そして貴様が送り込んできた刺客だ!」

「……動機は?」

「そんなもの!お前の容姿の醜さ故に私の気が引けず、そこに現れた私の最愛が美しかったからに決まっているだろう!お前の仮面の下が醜い事など、社交界にいれば皆が噂している事だ!今すぐ彼女に詫びて出て行け!」


ふむふむ。なんという言い掛かり。

あまりにもおばかでしょう。だからこんなのと婚約だなんて幾ら"命令"でも嫌でしたのに。

面倒くさいですわ。と思わず言ってしまうのを我慢していると、子爵令嬢が一歩前に出て来ました。


「カティアさんっ……!わ、わたしっ、貴女に、一言謝って頂ければ、それで全て許しますっ。だ、だから、ちゃんと私に、頭を下げてくださいっ!!」

「アメリ……!君は美しくて優しいだけでなく、こんな罪人にまで手を差し伸べるのか……!

……こんなに慈悲深い彼女に対して、貴様は何だ!早く謝れっ!!」


震えつつも言うべき事は言う私……!みたいな子爵令嬢えっと、なんでしたっけ?メトリ?ミアリ?メアリー?(もう面倒だから子爵令嬢でいいわ。)と、その様子に心酔している王子。

何なんでしょう。この目の前の茶番。私の背にいる卒業生の皆様も迷惑そうに見ているのが見えませんの?


「少々……いえ、もう呆れて物も言いたく無いのですけれど、一先ず王もいる事ですし、私は婚約破棄の件は了承致します。我が保護者様がもう間もなく参りますので、そちらで手続きをお願い致します」

「そ、そんな……!クロムクライン嬢、もう一度だけ再考してもらえないだろうか!」

「王族であれば大局を見ねばなりません。この意味を陛下ならばご理解頂けますでしょう?」


その時広間の扉が開け放たれました。顔の右半分を仮面で隠した私の保護者様がご到着したようです。


「私の大事なカティアに言いがかりをつけるゴロツキはどこです?」

「ゴロツキじゃありませんわ。第一王子ですの」

「私の妖精に絡む輩など、身分が有ろうが無かろうが私にとってはゴロツキと同じです」


私の保護者様……クロムクライン公爵は御年18の、私よりも2歳上のおにい様です。顔の右半分は仮面で隠しておりますけれど、私の仮面と違って左半分は見えているため、そのお顔の端麗さが窺えます。社交界の花達から引く手数多で、第一王子という優良物件よりも人気ですの。まあ、あの程度の令嬢に騙され、真実を自ら見つける力量のない王子など、事故物件でしか無いと思いますけれど。

ゴロツキが示しているのがまさか自分だとは思っていないのか、王子は勝ち誇ったように、保護者様に指をさして言いました。


「クロムクライン公爵!貴殿の家の令嬢が仕出かした数々の卑劣な行いについての責任を取ってもらおう!」


おい待てやコラ。お前私の保護者様になんて態度をとってやがる。その指へし折って、その口は二度と開けないように切り裂いてから縫い付けてやろうかアアン⁉


……おほん。失礼致しました。私としたことがお恥ずかしい。

一先ず、この様な祝いの式をぶち壊してしまって良いはずがございません。私が口を開くと面倒ですので、おにい様に念話で、場所の移動と式のやり直しを提言します。


「いえ。都合がいいですから、この場で話をつけてしまいましょう。大丈夫ですよ、私のティア。すぐ済みます」

「ク、クロムクライン公爵、わしからも頼みたい。一先ず場所の移動を……」


陛下と王妃様が揃って顔色を限界まで青くしながら、私に視線を送って来ますけど、私はおにい様に従うのみですので。


「すぐ済むと言っています。

カティアが行ったという嫌がらせの話ですが、お茶会の招待状が届かないのは当然ですよ。基本的に我が家で開くものは伯爵位以上の令嬢令息のみ参加可能なものです。勿論私の命令でね。下位貴族と上位貴族ではマナーが違いますから、不和を生じないための線引きです。もしカティアに気を使って他の家の方々がその令嬢を招待しなかったというのなら、それはそこの令嬢の振る舞いの問題です。どこの誰が、交友関係にだらしのない女を招きたいと思いますか」

「っ、トーリさまっ!私は本当にいじめられたんですっ!私が参加したいってカティア様に言ったら、カティア様はマナーを習って出直しなさいって……!」


頭がいたい。おにい様の話聞いてなかったのかしら。どんな構造してらっしゃるの?思考回路がおかしすぎませんか?というか、我が保護者様にも色目を使うのこの女。


「そこの令嬢は話を聞いていなかったのですか?どう考えてもティアの言葉通りですよ。貴女は上位階級のマナー以前に、貴族の最低限のマナーすら守れていない。そんな愚物を、我が家に招くなどあり得ない」

「ぐ、愚物……?」

「令嬢も令嬢なら公爵も公爵だ!アメリは少し貴族の常識に疎いだけだ!」


「だから不特定多数の、それも既に婚約者を持つ貴族男性達と肉体関係を持っていいと?」

「は?」「えっ」


王子、初耳なんですね。へえ。彼女結構学校の至る所でやらかしてましたけど。子爵令嬢はまさかバレているとは思っていなかったのか、少し顔に焦りが見え始めましたわ。


「カティア。そこの令嬢に名前を呼ぶ許可を与えましたか?」

「いいえ。そもそも私、そこの方に挨拶すらされておりませんもの。おにい様はお知り合いなの?気安く名前で呼ばれておりましたでしょう?」

「そんな訳無いに決まっているでしょう。何故か私のいく先々で偶然を装って擦り寄ってきては名乗りもせず私の名前を気安く呼び捨て話しかけて、許可もなく付いて回ってくるなんて真似を幾度となくされましたが」


私達のその言葉に、会場の貴族全体が騒ついております。それはそうでしょう。当然ですわ。流石に王子も驚きすぎて彼女を凝視しておりますもの。


「上位貴族、特に王族や公爵家の人間に、身分が下のものから声をかけること。また、許可なくその名前を呼ぶ事は不敬に当たる。

上位貴族に声をかけられたなら自ら名乗り、その上で名前を呼ぶ許可を得る事。

それは、どの階級の子供も知っている事です。それすら出来ず、貴族の常識に疎い?

平民ですら知っている事ですよ?

次は……私物を壊す?例えば?」

「へっ?あっ、は、ペンダントを、こんな安物捨ててしまいなさいって床に叩きつけられて……」

「それは金属製のものですか?」

「は、はいっ!母がくれたペンダントで、それを私の手から奪ってその手で叩きつけたんですっ!」

「そうですか。よくもまあそんな大嘘を宣えるものです。目撃者がいないから、論破されることなどないと思っていたら大間違いですよ。

私のティアは金属アレルギーがあるのでそういったものには一切触りません。皮膚の薄い手のひらなどは以ての外です」


その証拠に、今日も付けているアクセサリー類は全て非金属製のものです。ええ。触りたくもないですわ。絶対嫌。だって肌が赤くなって痒くて痛くて、……何より、アレルギーが出ると朝から晩までおにい様直々の介護をされますのよ。

そこに関しては想定内の切り返しだったのか、余裕を持って手袋をしていたと証言して来ました。

ふーん。手袋ねえ?


「それなら触る事は出来たかもしれないが、そもそも、君がペンダントを壊された日、カティアは本当にそこに居たのかい?」


居ましたと子爵令嬢は言い、先程までショックとやらを受けていた王子も得意満面に、


「私は見たぞ!クロムクライン嬢が出て行った教室に1人、アメリが壊れたペンダントを見て泣いているのを!!」


と、言い放つのは結構ですが。確かそれ……と思い当たることがあり、おにい様を見ると頷いてくれたので、確信を持って問いかける。


「報告が上がっていたので知っています。王子は顔を見ていないのでは?」

「そうだが、アメリはお前に壊されたと言った!ならば犯人はお前だろう!」

「そもそもその日を含め前後3日間、ティアは学校に居ませんでしたから、壊すなんて出来ませんよ?」

「「へ?」」


おにい様の言葉に対して、おばか2人は又もや戸惑いを隠せません。言われっぱなしも嫌でしたので、私もそろそろ口を開きませんと。


「私、正妃教育のために数日間学校を休んで城に通っておりました。早馬での報告はその日の内に王妃様と共に伺いましたわ。

私が城にいたことは、王妃様始め侯爵夫人方や、商人の皆様が証言してくださいます」


ぐうの音も出ないようで、何か使えるものはないかと王子が視線を彷徨わせ、漸く周りが見えたようです。この周囲の、冷たい視線に。しかしもう後には退けないと分かっているのか、ならば次だ!と毎年行われる学内で選ばれる、最も淑女の鑑と呼べる令嬢(通称三女傑)という栄冠を彼女にとられたくなかった私が彼女のドレスを破いたりして妨害をしたという話に移っていくのですが……。


「言っておきますが殿下、あの日そちらの子爵令嬢が会場に着て来たドレスは、破く破かない以前にああいったデザインにするようにその令嬢に言われたそうですよ。ミセス・マリアンが言っていたので間違いございませんわ。そして回収されたドレスを見て、どこも破かれてない事は、ミセスが確認済みです」


ミセス・マリアンとは、都内で最も有名な人気店のオーナー。社交界に出る女性たちは彼女のデザインしたドレスを一着は持っていないと時代遅れやらおのぼりさんといわれるくらい、流行の中心にいるファッション界のカリスマ。私の持っているドレスは基本的にこちらのものです。


「三女傑を選ぶ催し物には、きちんとした規定がございます。ドレスなどで判断すると貴賤がどうしても勝敗を決めてしまいますので、参加者は皆等しく、学校側が用意した全く同じデザインのシンプルなドレスを着用する決まりとなっております。

そちらの子爵令嬢は、入場に際して、その規定を破っておりましたので、教員たちが止めましたのよ。それに、……あの広く開いた背中と肩、そして深く入ったスリット?ですか?あんなドレスを注文しただけでは飽き足らず着てくるなんて、品位を疑いますわ。

恐らく教員たちから参加条件のドレスの件を聞いて、着替えて参加しようとしたところ間に合わず、殿下になぜ参加しなかったかきかれ、咄嗟にドレスを破かれたせいで出られなかったことにした。……のだと思うのですが?」

「くっ……。た、確かにそうだとしたら……!い、いや、あんなに可憐なアメリがそんな事をする筈がないだろう!

どこまでもこの私を馬鹿にする気か!!これまでは屁理屈を言って誤魔化せたが次はそうはいかないぞ!

お前が送って来た刺客は退け、既に捕らえてあるのだからな!!」


まったくもって呆れたものだ。これだから無能はいけない。バカは下がれ。先程までおにい様に対してとった無礼な振る舞いをおにい様に土下座で謝れば、今ならまだ王にこの第一王子を王位継承権剥奪の上、臣民降下、1代限りの貴族になるよう求めるだけで許してやってもいい。

そう譲歩して、逃げ道をやろうとしたのがおにい様にはお見通しだったのか、私に目を合わせて、だめだよと言ってくる。おにい様にダメと言われたら、私はそうするしかないです。私の大切なおにい様がそう言うのだから。

よくよく考えてみれば王子に愛着とかないし、この仮面をつける生活を強いられ続けて来た原因だし、など、恐らく長時間スラスラと淀みなく言える鬱憤があることも思い出しましたわ。

勝ち誇った顔を尖ったヒールを履いた足で踏みつけてやりたいと思いながら、即答しました。


「私に送られた暴漢に、依頼主の下へ戻り依頼内容を依頼主相手に実行するよう、魔法をかけただけですよ。それで襲われたのがそちらの子爵令嬢なら、自業自得としか言いようがありませんわね」


一瞬その場が静かになって、今までとは比べ物にならない程会場が騒めき、そして静かになりました。王子も子爵令嬢も青ざめてこちらを見ております。ええ、そうでしょうとも。


「子爵令嬢如きが、私の愛しいティアに蛮族を送り込んで来たと?」


おにい様、激おこですわ。あら、室内の気温が下がったと思ったら、案の定。おにい様がこの部屋全体を氷漬けにしてしまいましたわ。

王が必死におにい様を止めようと声をかけて来ておりますけど、まあそんな事はどうでもよろしい。


「以上、私の身に覚えのない事に対する返答ですわ。

言いがかりに、不敬に、冤罪……。どうやって償ってくださるのかしら?


楽しみにしておりますわ」


仮面の下で見えないものとは思いますが、私は心から彼らに笑顔を向けましたとも。

私の言葉にどんな未来を見たのでしょう?

王はもうダメだと頭を抱えて蹲り、王妃はそれを支えつつも王子の失態にお怒りのご様子。その後王子は逃げようとした子爵令嬢と共に衛兵に連れられてその場を去って行きました。


その後、気を取り直して式は無事に行われ、私はおにい様と共に馬車に揺られて帰りながらふと思いました。


「仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?」


"家族の前だけ"という条件で外す仮面は今、私の手の中に2枚……私の分とおにい様の分がございます。先程までつけていたその仮面に問いかけると、隣でおにい様が少しだけ、笑った気がした。

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