報労記100話 今日のよき日 -1-

「ニュータウンにでも行ってみないかい?」


 エステラに言われ、俺たちはニュータウンへと向かう。


 かつてのニュータウンは、鬱蒼と茂る林に塞がれて、陰鬱とした閉鎖的な場所だった。

 それが今では明るく生まれ変わり、かなり開けた場所になっている。


「どのルートで行く?」


 ニュータウンへ入る道はいくつもある。

 俺たちが使うのはだいたい二本。

 陽だまり亭と教会の間、ヤップロックの家に行く小道の傍を通るルートか、陽だまり亭と大通りの間の脇道を入っていくルート。


 前者を通ればロレッタの家に近く、後者はウーマロの家に近い。

 ニュータウンには川が流れていて、その川を挟んで西側にロレッタの家、東側にウーマロの家がある。


 さらに南北に分けると、ロレッタの家やウーマロの家、大工の寮なんかは北側に分類される。

 ニュータウン南側は、カフェや雑貨屋が並ぶ小洒落た商業地区になっている。


 あぁ、でも、ニュータウンの最北部にあるニューロードまでの道には他所の区から来る客を見込んでいろいろ面白い店が並んでいる。

 あの辺も賑やかだ。


「ん~……折角だから、あまり通らない道を通ってみるかい?」

「んじゃ、大通り広場から回り込むか」


 四十二区大通りの北側には、ちょっとした広場がある。

 ベッコが最初に英雄像を不法設置した場所であり、四十一区をショートカットして四十区へ向かう際によく通る場所だ。


 その広場から、ニュータウンに抜ける小さな道がある。

 ウーマロが四十二区へ引っ越してきた時は、その道を使ったと言ってたっけな。


「ラグジュアリーの支店って、まだあるのか?」

「あるよ。帰っていいって言っても帰らないんだよ」


 眉根を寄せて困り顔で笑うエステラ。


「オーナーシェフが君にご執心でね、絶対に支店は引き上げないって言い張っているんだよ」

「場所代ぼったくってやれ」

「そうしたいんだけど、オジ様にもよろしくと言われてしまったからね」


 ポンペーオめ。

 すっかり手のひら返しやがって。

 出会った当初の嫌悪感はどこへ行ったのやら。


「プリンアラモードとフルーツタルトがすごい人気なんだよ」

「どっちも俺が教えたやつじゃねぇか」

「だからこそ、あえて、なんじゃないのかい? 君との繋がりを最大限アピールしようとして、ね」

「四十二区との、だろうが、そこは」


 俺個人に押し付けるな、あんな胃に持たれるような濃い人間を。


「ちょっと寄ってみるかい?」

「余計懐かれたらどうする。それよりも、俺は陽だまり亭分店でクレープを食べたいな」

「君も、ほとほと愛社精神の塊だよね」


 バカモノ。

 一番美味いものが出てくるから、安心して食えるんだろうが。

 信頼と実績の陽だまり亭だぞ。


 そんな話をしながら細い道を歩いていくと、ニュータウンが見えてくる。

 白く明るく、天然木の温かい木目が目に優しい建物が並ぶ。


 妖精の国に迷い込んだような……いや、どっちかって言うと、遊具をたくさん詰め込んだハムスターのケージに迷い込んだような気分だな。


 北側の崖に巨大な回し車でも取り付けてやろうか。


「ニュータウンに入ると、なんだか甘い匂いがするよね」

「そんだけ食い意地の張ったヤツが多いんだろうな、この辺」


 かつて、情報紙発行会とやり合った際、『BU』の若者連中にオシャレな四十二区を見せつけるためにこの辺に集めた小洒落たカフェは、今もなおこの場所で営業を続けている。

 あの時だけの、ワンタイムのつもりで依頼したのだが、「ヤダ! これからもここで営業する!」と言って聞かないヤツが続出でなぁ……

 領主と飲食ギルドと行商ギルドを交えた話し合いが行われ、現状維持という方向で話がまとまった結果だ。


「この辺は、あんま来ないなぁ」

「そりゃ君は、陽だまり亭にいれば食べたいものがなんでも出てくるんだから、来る必要はないだろうね」


 言われてみれば。

 ケーキが食いたけりゃジネットが作ってくれるし、クレープならロレッタが張り切る。

 お好み焼きならマグダがいくらでも焼いてくれるし、この街にないものは俺が作る。


 確かに、ニュータウンまで何かを食いに来る必要がないな。


「けど、領民のみんなは足繁く通っているみたいだよ。ほら、お肉屋さんとか、酒場とか、ケーキがあまり合わない店もあるだろう? そういうお店はこっちの分店でケーキを売ってるんだよ」


 客層を分けることによって、「ケーキを食べに来たのに酒飲みで席が埋まってる」なんて事態を回避してるわけか。


「そうまでしてケーキ売らんでも」

「君がけしかけたことだろう? おかげで、ケーキは瞬く間に広まって、いまや四十二区の名物にまでなってるんだからね」


 なんでも、四十二区のケーキは美味いと『BU』でも話題となり、ちょこちょこ食いに来るヤツがいるのだそうだ。


「というわけで、ケーキでも食べに行こうか」

「お前とデートする度にケーキ食ってる気がするな、俺」

「べ、別に、いいじゃないか……デートの定番なんだよ、ケーキは」


 何に照れてんのか、頬を赤く染めて先を行くエステラ。

 俺、クレープ食いたいって言ったんだけどなぁ。ケーキになるんだろうなぁ、この流れ。


「あ、ヤシロ!」


 ニュータウンの商業区域をプラプラしていると、エステラがとある店の前に吸い寄せられていった。

 ここは、ウクリネスの店だな。

 服よりも、小物系を多く取り扱っている。

 帽子やポシェット、ハンドクリームポーチなんかが目立つところに飾られている。


「これ、何? 可愛い!」


 と、エステラがみょいんみょいんさせているのは――


「丸まったパンツだな」

「違うよ! 輪っかだし!」


 ――シュシュだった。

 レジーナのゴムがいい感じに仕上がっていたので、ウクリネスに教えておいたやつだ。

 あっという間に商品化されたんだな。


「髪留めだよ。こういうのがついてると、ふわふわして可愛いだろ?」

「やっぱりヤシロの差し金かぁ」


 差し金って言うな。

 悪事を目論んだわけでもないのに。


「いいなぁ、かわいいなぁ~」

「そんなに気に入ったんなら、買ってやろうか?」

「えっ!? ……………………なんで?」


 いや、なんでって……


「飯奢ってもらったし?」

「いやいやいや! そんなことでヤシロがお金を出そうかなんて言うわけないよ!」


 失敬だな、おい。


「自作はするけどお金は出さない、それがヤシロでしょ!?」


 おい、舐めんな。

 自作するのにも結構金はかかってんだぞ。


「いらんなら別に……」

「欲しいけど! ……でも、いいの?」


 なんでこういう時ばっかり遠慮がちになるんだよ。

 普段は技術と知識をじゃんじゃん吐き出させようとしてくるくせに。


「そんなに気が引けるなら、何か俺が喜びそうなことと交換でもいいぞ」

「君が喜びそうなこと……」


 と、エステラは両腕で胸を隠す。

 そこ限定だと決めつけられてんなぁ、これ。


「それつけたところ見せてくれりゃ、それでいいぞ」

「へ? ……喜ぶ、の? そんなことで」


 そりゃあ、美少女のおしゃれした姿はいくら見ても飽きないもんだからなぁ。


「ミニスカでシュシュつけて、アノあざっとい投げキッスでもしてくれりゃ、それなりに喜ぶぞ」

「注文が増えたよ、急に!?」


 その方が、お前は楽になるんだろうが、どうせ。


「けど……うぅ、そうか……それくらいなら、……でもなぁ…………いや、別にあざとくないからね、アノ投げキッス!?」


 いろいろ考えて、気になったのはそこか。


「……ちなみに、今日?」

「いや、明日でいいだろ」

「明日!? ……よりにもよって、明日、なの?」


 え、どんだけ人集まる予定なの、明日?

 マジで、何を企んでやがるんだ、コイツラは。


「じゃ、じゃあ、ボクがみんなの分を買うから、みんなで一緒にでもいいかな!?」

「だったら、全員分俺が買おう」

「どうしたのヤシロ!? レジーナの風邪が伝染うつったの!?」


 熱に浮かされでもしない限り、俺は他人に奢らないとでも思ってんのか、お前は?


「あらあら、ヤシロちゃん。デート中に他の女の子へのプレゼントを買うなんて、マナー違反ですよ」

「……なんで分店にいるんだよ、ウクリネス?」

「うふふ。気配がしたもので」


 口元を上品に隠して恐ろしいことを抜かすウクリネス。

 お前は武術の達人か?

 気配で人の居場所突き止めてんじゃねぇよ。


「こちらのシュシュは、私からみなさんへプレゼントいたしますよ。エステラさんのようにいい反応を見せてくれる人もいますが、まだまだ認知度が低くて……」

「で、いつもの面々につけさせて、広告塔になってもらおうと?」

「そういうことです。打算も盛り盛りなので、どうぞご遠慮なさらずに」


 まぁ、そういうことなら、お言葉に甘えておくか。


「だが、エステラの分だけは俺が買うよ」

「ぅぐ……ぁりがと」

「こちらこそ、ミニスカをありがとう」

「む……ぅ…………ゎ、かった」

「よし、ウクリネス! 超絶ミニを一つ頼む!」

「そんな短いのは穿かないよ!?」

「『もうパンツ丸出しじゃん!?』みたいなヤツを!」

「それはもはやスカートじゃない!」


 大丈夫!

 日本の国民的アニメの女の子も、常にパンツ丸出しだけれど、一度も規制されたことはない!

 つまり、あれくらいはセーフなのだ!


「では、素敵なスカートも一緒にご用意しますね」

「ウクリネス! 適度なヤツね! 常識の範囲を大きく逸脱しないようにね!」

「うふふ。任せてください」


 上機嫌でウクリネスが店内へ入っていく。


 赤みの残る顔で、シュシュをみょいんみょいんさせるエステラ。


「あ、でもさ、ミリィとか、つけるかな? テントウムシの髪留め、すごく気に入ってるみたいだし」

「別に髪につけなくてもいいだろう。手首につけても、なんならカバンにつけても可愛いんだぞ、これは」

「へぇ~……あ、本当だ。なんか可愛いね、これ」


 手首にシュシュをつけて、腕をぷらぷら振ってみせるエステラ。

 お気に召したようで「手首用にも買っていこうかなぁ」なんて言っている。


 とはいえ、そんな全身シュシュだらけにしなくていいからな?


「まぁまぁまぁ! 可愛らしい使い方だこと! あら、そうね! こういう使い方もありよね! も~ぅ、どうして気付けないのかしら、私のバカ、ばかばか!」


 拳を握ってぶんぶん振り回すウクリネス。

 悔しいのは分かったから駄々をこねるな。いい年齢としこいて。


「悔しいから、エステラさんの全身コーディネートしちゃいます! ヤシロちゃん、明日を楽しみに、ニュータウンで二十分ほど時間を潰しててください! 覗いちゃダメよ☆」

「いいや、覗く!」

「覗かないように!」


 エステラに、結構マジな剣幕で叱られたので、言われたとおりにニュータウン内で二十分ほど時間を潰すことにした。


 んじゃま、俺とエステとの折衷案でもこしらえておくかな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る