報労記99話 おでぇと -3-

 兵士たちの訓練場を後にして、大通りへ向かう。


「あぁ~、いい運動したぁ」

「肩が痛ぇよ、俺は」

「情けないなぁ。ボクは10メートルだよ?」


 お前、どんだけ言うんだよ10メートル。

 きっと、最近になって的に当たるようになったんだろうな、10メートルで。


「さて、どうしようか? ランチに行ってもいい時間ではあるけど……まだお腹空いてないよね?」


 人魚焼き食って、お好み焼き食ったからな。


「じゃあ、少しショッピングでもしようか」

「まさか、素敵やんアベニューに行くとか言い出さないだろうな?」

「あはは。それも面白かったかもね」


 お前と二人で素敵やんアベニューを歩いてたら、確実にリカルドが釣れるぞ。

 で、ずっと付き纏われるんだ。


「二人で美人になったら、リカルドにストーカーされちゃうぞ」

「じゃあ、君に譲るよ、美人になったヤシロ子ちゃんに」

「あ~ら、熨斗を付けてお返しいたしますわ」

「まぁっ、ご遠慮なさらないで。つまらないモノですけれど」

「えぇ、本当につまらないモノですこと」

「まったくですわね、おほほほ」

「おほほほ」

「……ぶはっ!」


 お上品に笑っていたエステラが溜まらず吹き出す。


「バカバカしい……、なにさ、今の?」


 お前だってノリノリだったじゃねぇか。

 くつくつと腹を押さえて肩を揺らす。

 目尻に涙溜まってんぞ。


「ウクリネスのお店でも覗いてみるかい? いろいろと新作アイテムが出てるらしいよ」

「女子向けだろ?」

「あ~ら、きっとお似合いになりましてよ?」

「もういいよ、それは」


 なに気に入ってんだ。


「あ、そうだ。買い物ならちょっと付き合ってくれないか?」

「ん? 何か欲しい物があるの?」

「俺のじゃないんだが、レンガがな」

「レンガ? ……え、まだ暗いの? あまり明るくすると眠れなくなるよ?」


 光るレンガじゃねぇわ。

 昨晩ジネットと話した内容を掻い摘まんで説明する。

 セロンに言って、陽だまり亭オリジナルレンガを作ってもらおうという計画だ。


「あぁ、そういえばジネットちゃん言ってたよね、店先に花壇を作りたいって」

「それで、どうせなら『陽だまり亭』って刻印の入ったレンガを特注してやろうかと思ってな」

「随分と奮発するんだね」

「ふん……ぱつ?」

「無償労働させる気なのかい……?」


 まぁ、強要はしないけれども、でも言わなくても結果そうなるんじゃないかなぁ~、そう、セロンとウェンディならね☆


「俺、レンガとトウモロコシと砂糖にはお金払う必要性が見出せないんだよな」

「それだけ奉仕してもらってるなら、ちゃんとみんなを導いてあげなよ、教祖様」

「教祖は俺じゃねぇよ」


 始めたのはヤップロックだし、あいつじゃねぇの、教祖。

 俺はただのご神体…………ご神体でもねぇわ!


「今日持って帰るの?」

「まさか。この細腕じゃ三つ運ぶのがやっとだよ」

「それだったら、『もっと鍛えなよ』としか言えないけどね」

「注文だけして、完成はいつでもいいんだ」

「そうだね。きっと、ゆっくりのんびりと作っていく方がジネットちゃんの好みだと思うし」


 ジネットの顔でも思い出しているのだろう、エステラの笑みが柔らかい。

 ホント、ジネットのこと大好きだよな、お前は。


「それじゃ、セロンのところに行ってみようか」

「そうだな。ウェンディが体調崩してるって言ってたし、ちょっと様子を見たいし」

「あぁ、そうだね。それで除幕式行けなかったんだよね」


 大したことがないといいんだが。


「どうしよう、先にレジーナのところに寄っていく?」

「いや、症状を見ないとなんの薬が必要かも分からんからな」


 俺は体調が悪いとしか聞いていないのだ。

 風邪かもしれないし、腹痛かもしれない。

 もしかしたら虫歯ってことも考えられる。

 見当違いの薬を持っていっても意味がない。


 何より、とっくに完治して今は元気ハツラツって可能性もあるしな。


「行ってみて、もしまだ具合が悪いようなら、セロンに薬を買いに行かせればいい」

「そうだね。君が診察して、必要な薬を教えてあげれば、セロンが買いに行けるもんね」


 というわけで、俺とエステラは大通りから逸れてセロンのレンガ工房へと足を向けた。


 人通りが減り、静かになった細い道を進む。

 この辺、夜に来るといまだに怖いんだよなぁ。


「あ、しまった。つなぎの試作品持ってきてやればよかった」

「え? あぁ、ウェンディの作業服かい?」

「実はもう作ってあるんだけどな、なんかいろいろバタバタしててまだ渡せてないんだ」


 あいつら俺との口約束、催促しに来ないからさぁ。

 言いに来てくれたら「実はもう出来てるぞ」って渡せるのになぁ。

 今度から「作っとくから取りに来い」って言っとこ。


「まぁ、それは後日でもいいんじゃないかな」

「『期日に遅れた』ってカエルにされなきゃいいけどな」

「それはないよ、あの二人に限って」


 あははと口を開けて笑うエステラと並んで歩いていると、意外な人物に遭遇した。


「あんたら!?」

「え?」


 驚く俺たちを見つけ、そいつはズカズカと近付いてくる。


「なんでこんなところにいるんだい、あんたら!」


 いや、それはこっちのセリフだ。


 俺たちの目の前に立ちはだかり、羽を震わせて鱗粉を「ぶゎっさぁ~!」っとまき散らしているオバチャンは、ウェンディの母親、バレリアだった。

 買い物の帰りなのか、手にはデッカいカゴを提げている。


「君こそ、どうしてここにいるんだい、バレリア?」

「は、母親が、娘の家に居ちゃおかしいのかい!?」


 いや、おかしくはないが……

 お前ら親子、めっちゃ仲悪いじゃん。

 なのに、なんか買い物とかして、娘のために動いてるみたいな……

 もしかして、マジで体調を崩してるんじゃないのか、ウェンディ?

 それも、結構ヤバイ感じで。


 同じことを思ったのか、エステラが俺に視線を寄越してくる。

 その可能性があると、小さく頷きを返す。


「実は、ボクたちはウェンディが体調を崩していると聞いて、それで――」


 様子を見に行こうと思っていたと、おそらくそんなことを言おうとしたのであろうエステラだったが、エステラの言葉はバレリアの凄まじい剣幕によって封殺された。


「やっぱりかい! 帰っておくれ! 娘には絶対会わせないからね!」


 これでもかと鱗粉で威嚇され、目の前が煙る。

 何をそんなに怒っているんだ、こいつは!?


「落ち着け、バレリア!」

「お乳なんか突っつかせるもんかい!」

「言ってねぇよ!」

「日頃の行いだよ。これで分かっただろう? 日頃の行いが如何に大切かってことが」

「こんなタイミングで諭しにかかってんじゃねぇよ」


 見直すつもりなんぞ毛頭ねぇよ、こちとらな!


「分かった! 今日のところは引き下がるから、ウェンディの容態だけ聞かせてくれないかい?」


 確かに、ここで粘ってもバレリアにキーキー言われるだけだろう。

 容態を聞いて、ヤバいようならレジーナを派遣しよう。

 もしくはセロンに伝言を頼んで、あいつをこっちに派遣させよう。


「容態はもう落ち着いたさ。だから、なんの心配もいらないよ」

「でも、念のために診察をさせてくれないかな?」

「その男にかい? 冗談じゃない! どさくさに紛れて娘に何をしでかすか分からないじゃないか!」


 テメェ。


「じゃあ、ボクがそうさせないように付き添って、目を光らせておくから」

「あんたもお断りだよ!」

「えぇ~……ボクも……」

「エステラ。なんでも、日頃の行いらしいぞ」

「君と一緒にしないでよ……」


「たぶん、領主っていう立場のせいだよ、きっと」とか、現実から目を背けるエステラ。

 こりゃ、レンガの注文は諦めるしかないな。

 急いでないからそこは別にいいんだが……


「じゃあ、セロンを呼んできてもらうことは出来るか?」

「婿殿も、今は手が離せないんだ。重要な仕事があるからね」


 セロンも忙しいのかよ。


「ウェンディに熱や吐き気はないか? 飯は食えてるのか? まさか、いまだにベッドで横になってるとかないよな?」

「そんなこと聞かれても、アタシにゃ分かんないよ!」

「だから俺が診てやるって言ってんだろうが!」

「あんたに頼んだら、ドコ見るか分かったもんじゃないだろう!」

「ぐうの音も出ないよね、ヤシロ」


 うっさい、エステラ。

 今、それどころじゃないから。


「じゃあ、俺やエステラじゃなきゃいいんだな?」

「そうだね。あぁ、あんたの店の店長さんなら信用してもいい」

「いや、ジネットは忙しいんだ」


 何より、ジネットは診察が出来ない。

 まぁ、最悪の場合、様子だけでも見に行ってもらうことになるかもしれないけれども。


「レジーナって薬剤師がいるんだが、知ってるか?」

「アタシが知ってるわけないだろう、そんなお偉い先生をさ」

「そうか。じゃあ、そのレジーナをこっちに寄越すから、ウェンディの診察をさせてやってくれ。万が一、素人判断で手遅れになっちまったらお前も後悔するだろう?」

「ぐ…………分かった。だが、あんたらは当分ここに来るんじゃないよ! お偉い先生だけを寄越しな!」

「分かった。緑髪で黒装束の女がそのレジーナだから、何があっても追い返すなよ」

「分かったよ」

「言質は取ったぞ」

「うっ……わ、分かったって言ってんだよ! さっさと帰りな!」


 なんか、めっちゃ嫌われてるなぁ、俺とエステラ。

 俺が何をしたってんだ。


 仕方がないので来た道を引き返す。


「……けど、知らぬが花とはよく言ったもんだね」


 歩きながら、エステラが呟く。


「ヤシロと比肩する卑猥の権化とは知らずに、レジーナを受け入れるなんて」

「レジーナは、医療に関しては真面目だぞ」

「ボクの方がもっと真面目だもん!」


 俺と同じ扱いで追い返されたのが相当ショックだったようだ。

 あぁ~はいはい。よしよし。

 お前は悪くないから、拗ねるな。な?


「とりあえず、レジーナのところに行くか」

「え~っと……この時間なら、まだ自宅だと思うから、そっちに行ってみよう」


 このあと、陽だまり亭に行く予定なんだな、レジーナ。

 ……エステラ。

 その無自覚ぽろり、止めてくんない?



 その後、ぷりぷり怒るエステラを連れて、レジーナの店に向かい、事情を説明してウェンディの家へ往診に行ってもらう手筈を整えた。






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