344話 耳聡い協力者 -3-
「四十二区の窮地に、我が騎士がこのわしを必要としておるとなれば、一も二もなく駆けつけてやるのじゃ! ほれ、実際このようにの!」
びっしょりと濡れた髪で胸を張るリベカ。
お前、どこから走ってきた? 作務衣のズボンにも泥が跳ねまくりじゃねぇか。
「もう、リベカ! 急に走ってはいけないと言っているではありませんか。傘から飛び出したりして!」
やや遅れて、リベカの姉ソフィーが陽だまり亭へやって来る。
過去の事故で片耳が折れ曲がり、ホワイトヘッド家の驚異的な聴力を失ったソフィー。といってもそこらの人間とは比較にならないくらい凄まじい聴力だが。
裏を返せば、ホワイトヘッド家歴代ナンバーワンの呼び声高いリベカの聴力は、それほどまでに凄まじいということだ。
その聴力を、今回は頼らせてもらう。
「明日でよかったのに」
「バーサがの、明日は雨が降ると申しておったのじゃ。故に、雨に降られる前に行ってしまおうとの」
「いや、今めっちゃ降ってるし。こんな暗い中無理せんでも……」
「お姉ちゃんと一緒なら、暗い夜道も怖くないのじゃ」
「あはぁっ! ウチの妹、可愛い! 尊い!」
止めろよ。お前は。妹の暴走を。あぁ、無理か。そうかそうか。
「リベカさん。これを使ってください。濡れたままでは風邪を引いてしまいますよ」
ジネットがふんわりとしたタオルを持ってくる。
コットンを織るのではなく編み込んだふわふわのタオル。
俺が四十二区に来た頃にはすでにあったものだが、最近さらに改良がされたようで肌触りが格段に良くなった。
ウクリネスを筆頭に、服飾ギルドの連中の懐が温かくなって、研究開発に金をかけられるようになったおかげだろう。
……なぜあのヒツジのオバサンは『休む』という言葉を学習しないのか。
暇が出来たら研究開発してやがる。
「むふふ。四十二区のタオルはふわふわで気持ちいいのじゃ」
「ウクリネスさんが、ヤシロさんにアドバイスをもらって改良したそうですよ」
「え、待って!? 記憶にないんだけど!?」
「以前ウクリネスさんがそうおっしゃってましたよ? いつだったか、ヤシロさんに何か物凄く革新的なアイデアをもらったとか。さりげない一言だけれど、そこに真髄が隠されていたと、とても嬉しそうにおっしゃっていました」
やっべ。
まったく無自覚だわ。
俺、何言ったんだろう?
っていうか、ウクリネスの寿命を縮めてるのって、俺?
うわぁ……責任問題に発展する前にちょっと距離を取ろう。とりあえず、しばらくは会わないようにした方がよさそうだ。
「ミリィに頼んで、ラベンダーのアロマオイルでも作ってプレゼントしてやるか……」
ラベンダーの香りは心を落ち着かせて、快適な睡眠へと誘ってくれる。
「うふふ。そうしたら、ミリィさんが張り切って研究開発を始めるかもしれませんね」
「えっ、もしかして四十二区の集団ワーカーホリックの原因って、俺?」
だったら、俺もう何もしない。何も言わない。
「みなさん、とても充実した日々を過ごされているようですよ。もちろん、わたしもです」
ジネットにもいろいろ教えちゃってるしなぁ……
もしかして、ジネットの社畜精神も…………いや、それは昔からだ。俺と知り合う前から、そこだけは変わっていない。うん、俺のせいじゃない。
「うむ、拭いてもらったのじゃ!」
ソフィーに拭いてもらい、ウサ耳までふわっふわに乾いたリベカ。
……だが、泥が跳ねて汚れている。
「リベカ。今日は泊まっていくか?」
「うむ! そのつもりじゃ!」
「ソフィー。麹工場の方は大丈夫なのか? 毎朝リベカが作業してんだろ?」
「最近は、リベカへの負担を減らすために人材育成に力を入れているのです。十日も工場を空けるのでもない限り、麹は大丈夫です」
これまでリベカに頼りっきりだった制度を改革しているらしい。
次期領主の妻になることが確定しているリベカのマンパワーに頼りっきりになるのは危険だからな。
どうしてもリベカでなければいけない部分以外は分業するのが望ましい。
ソフィーも、次期工場長として頑張っているようだ。今はまだ、シスターとの二足の草鞋ではあるが。
「じゃあ、悪いんだがソフィー。客室でこいつらの面倒も見てもらえるか?」
と、カンパニュラとテレサの肩に手を置く。
カンパニュラは、ここ最近ジネットと一緒に寝ているが、今日はテレサと一緒に寝かせてやるのがいいだろう。
「はい、構いませんよ。小さな子たちのお世話は慣れていますから」
「まぁ、リベカほど手はかからないと思うから」
「むぅ! なんだか失敬じゃぞ、我が騎士よ! わしはお姉ちゃんの手を煩わせたりはせぬのじゃ」
「ではリベカ。夜中のお手洗いは一人で大丈夫ですか?」
「それとこれとは話が別なのじゃ!」
ソフィーにからかわれ、両腕をぶんぶん振り回すリベカ。
すっかり仲良し姉妹だ。離れて暮らした時間は、もうすっかり埋まっているようだ。
「ぷぷっ、リベカ、夜のトイレが怖いのか」
「……ヤシロと一緒」
「マグダ。俺は三日に一回は一人で行けるぞ」
「全然自慢になってないですよ、お兄ちゃん!?」
「室内になったのに、まだ怖いのかい、君は?」
バカモノ、エステラ。
オバケは屋根や壁なんか関係なく現れるんだぞ。
あと、暗い厨房と暗いフロアって……怖いぞぉ。
「えーゆーしゃ」
テレサが俺の服を引っ張る。
「あーし、も?」
「ん? あぁ、今日は泊まっていけ。ヤップロックには俺から説明しといてやるから」
「いぃ、の?」
「おう。今日は特別ゲストが来ちまったからな。精いっぱいもてなしてやってくれ。頼むぞ、給仕長」
「はい!」
テレサの元気な返事を聞きつつ、ソフィーに視線を投げておく。
そういうことだから、いい感じで面倒を見てやってくれと。
二十四区教会では、ちんまいガキどもが看護師ごっこをして遊んでいたから、そういう遊びの付き合いは得意なはずだ。
ただ、テレサはあっちのガキより優秀だから、逆にちょっと戸惑うかもしれないけどな。
「じゃあ、ジネット。ちんまいガキどもを風呂に入れてやってくれ」
「はい。すぐに準備をしますね。ロレッタさん、ソフィーさんたちにおにぎりをお出ししてください。マグダさんはお店をお願いします」
「分かったです!」
「……任せて。陽だまり亭は、マグダが背負って立つ」
「ジネット姉様、お手伝いします」
「てちゅらい!」
「お二人にはまだ薪は危ないので、ロレッタさんのお手伝いをお願いします」
「かしこまりました」
「まいりましたー!」
惜しい、テレサ。ちょっと違う。
「それはそうと、ヤシロ。……この状況、聞いてないけど?」
背後にぴったりとエステラが張りついている。
物理的な接触はないはずなのに、エステラが放つ負のオーラが俺の両肩にのしかかってきているようだ。
「だから、うまくいくか分からんことはべらべらしゃべれないんだっつーのに」
いくつも罠を張り巡らせて、その中から使えるものを最も効果を発揮するであろうタイミングで選択して発動させるための下準備だよ。
なんつーか、こういうのは前もって口に出すと失敗してしまいそうな気がしてあんまりしゃべりたくないんだよなぁ。ジンクスってほどじゃないにしても、罠の概要は仕掛けた俺と、引っかかったヤツだけが知っているってのが理想だ。
「明日、リベカにはちょっとした調査をしてもらうつもりなんだ」
「調査?」
「俺たちには出来ない、きっとソフィーでも難しい、リベカにしか頼めない重要な調査だ」
「……危険はないんだろうね?」
「俺がリベカにそんな役を任せるかよ」
そんなことしたら、怖ぁ~いお姉さんに鈍器で「ドン!」とやられてしまう。
俺の知る限り、この街で一番モーニングスターが似合うのはソフィーだからな。
「リベカならきっとやり遂げてくれる。いや、リベカがいなければこの作戦は成功しない! すべてはリベカの素晴らしい能力にかかっているのだ!」
と、小声でエステラだけに伝えるように言う。
その内緒話を聞きつけて、リベカが「にょほにょほ」と口元を緩めてニヤけている。
うん、さすがの聴力だ。リベカと同じ室内にいて内緒話なんか出来るはずもないのだ。
それを分かった上で「面と向かっては言えないけれど、本当に頼りにしているんだよ~」というアピールをしておく。
お子様は頼られるのが大好きだからな。これで、素直にこちらの言うことを聞いてくれるだろう。
ちなみに、聴力が落ちたソフィーであっても、同じ室内にいる者の会話くらいはすべて聞こえている。
なので、リベカに危険はなく、「お前の妹は素晴らしい!」ということを熱弁すればすんなりと協力してくれるという寸法だ。
「いいか、エステラ。プレッシャーになるといけないから絶対本人には言うなよ? リベカだけが頼りなんだ」
「……君という男は」
俺の腹積もりを察して、エステラが白い眼を向けてくる。
唇に指を当てて「黙れ」のジェスチャーを送る。
いくら耳がよくても背を向けている俺のジェスチャーまでは知りようがない。
「わし、明日はとっても頑張るのじゃ!」
「私も全力で応援しますよ、頼れるリベカ!」
幸せなウサ耳姉妹が向こうできゃっきゃとじゃれ合っている。
うん。これでなんとかなるだろう。
どんなに壁で覆っても、どんなに視線を遮っても――人類最強聴力を誇るホワイトヘッド一族の耳までは誤魔化せまい。
ウィシャート丸裸計画は、まだまだ続行中なのだよ。むふふふん。
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