344話 耳聡い協力者 -2-

「感謝をしろ、オオバヤシロ!」


 偉そうな顔で入店してきたのは、ゲラーシーだった。


「ごめん、お前じゃない」

「何がだ!? 貴様の頼みを聞いて、その後の始末に今の今まで奔走していたのだぞ、私は!」

「いや、俺がお願いしたのはマーゥルにだし」

「姉上に『ゲラーシーに言うこと聞かせろ』と言ったのだろうが、そなたは! あんなもん、私に頼んだようなものであろう! いや、そのものであろう!」


 きゃんきゃんとうるさい男だ。


「お友達の領主はみんな協力してくれるって言ってたのにな~?」

「……困っている時に名乗りを上げず、あとになって恩着せがましい男、ゲラーシー」

「いざという時に頼りにくいタイプですね、ゲラーシーさん」

「こいつらの教育はどうなっているのだ、クレアモナ!?」

「傍目には、親しい友人関係に見えますよ」


 あはは、やめてエステラ。泣くよ?


「まったく! 近隣の領主や貴族、ギルド関係者のもとを回り事情の説明をしてきたのだぞ? どれだけ骨が折れたか……」

「じゃあ、アバラの一本くらい追加しても一緒だな。マグダ」

「……うぃ」

「『うぃ』じゃないが!? 物理的には一本も折れておらん!」

「折れてないのに恩着せがましいです、この領主さん!」

「徹底的にふざけ倒す二人と、最後の最後に『そうじゃない』って非礼をぶつけてくるこの普通娘のコンビネーションをなんとかしろ! シーゲンターラーも文句を言っておったぞ!」

「「「しーげんたーらー?」」」

「そなたら、あれだけアゴで使っておる四十一区領主の家名を覚えておらんのか!?」


 あぁ、リカルドのことかよ。

 分かりにくい。


「リカルドごときに割く脳の容量がもったいないんでな」

「……うぃ」

「リカルドさんなら別にいいかと思ってるです」

「……おい、クレアモナ」

「あ、ボクもリカルドに関してはノータッチで」

「誰か、まともなヤツはいないのか、四十二区ぅぅうー!」


 他人様の区に来て騒がしくするんじゃねぇよ。


「外交的欠礼」

「……非礼」

「無礼です」

「貴様らが言うな、失礼三人衆!」


 ゲラーシーがケンカを売ってくる。

 よし、泣かせよう。


「で、何しに来たんだよ、マーゥル(弟)」

「その呼び方だけはやめろ!」


 必死な顔しちゃって。ぷっ。


「ゲラーシーさん。大変でしたね。よければお一ついかがですか?」

「おぉ、店長か」


 遣わなくてもいい気を遣うジネット。

 というか、こいつは誰にでも『店長』って呼ばれてるよな。

 こいつ以外にもたくさんいるだろうに『店長』。

 なんか、ジネット以上に『店長』が似合うヤツがいない気がする。


「んんんっ!? えっ!? んんっ!? とんでもなく美味いな、これは!? 何事だ!?」

「マーシャさんからいただいた海魚を使って、ヤシロさんが教えてくださった新しい調理法で作ったものを使用したおにぎりです」

「海魚か……。確かに、海魚には美味が多いというが、しかしこれほどまでとは……」


 ツナマヨをじっくりと見つめそしてもう一口かぶりついて、頬をゆるぅ~んっと緩めるゲラーシー。

 うん。オッサンの美味顔って、若干イラッてするな。

 美女がやるべきだな、そういうのは。


「ちなみに、姉上はこれをすでに食されたのか?」

「マーゥルさんはまだいらしてませんね。お忙しい方ですから」

「ふふふ……そうか。姉上はまだ知らぬのか……ふふふふ……」


 拳をぐっと握り、天に向かって叫ぶ。


「勝った! ついに姉上の先を行くことが出来たぞ!」


 いや、小さい小さい。

 すっげぇ小さいなぁ、お前の勝利。


「そうかそうか! 姉上がまだ知らぬ美味だと思えば一層美味く感じるではないか! よし、あるだけ出してもらおう。ここの代金は私が持つ!」

「いえ、今日は試食会ですのでお代は――」

「「「毎度ありー!」」です!」


 ジネットが辞退しようとしたので、失礼三人衆でそれを阻止する。

 払うと言ってるんだから払ってもらえばいいじゃないか。

 だって俺ら、失礼三人衆らしいし?

 礼を失してなんぼなわけじゃん? なぁ、ゲラーシー様ぁ?


「まったく。小さいことですぐヘソを曲げるんだから」

「ヤーくんは、少し幼い男の子のような時がありますね」

「ね~。カンパニュラも言ってやりなよ。みっともないよって」

「いいえ。私はヤーくんのそういうところを好ましく思っていますよ。年上の男性に対してこういう物言いは失礼かもしれませんが……少し、可愛いです」

「えぇ……」


 エステラがドン引きしたような声を出す。

 んだよ。いいじゃねぇかよ。誰が俺を可愛いと思おうが。

 実際、こうして可愛いわけだし。


「……にゃん?」

「ごめんヤシロ。君がやると殺意しか湧かない」


 マグダがやった時はお前もでれ~っとした顔してたじゃねぇか!

 似たようなもんだろう、俺もマグダも!


「え、姉上、ご存じないのですか? ツナマヨを? あぁ、そうですか。それはお気の毒だ。あんなにも美味しいものをまだご存じないとは……あぁ、いやいや、知識とはタイミングでありますれば、そのようにお気になさる必要はないかと。しかし、いまだアノツナマヨの味をご存じないとは…………ふふっ、ふははははは!」


 なんか、ゲラーシーが妄想のマーゥルにマウントを取っている。

 賭けてもいいけど、お前、それ実際言ったら死ぬより酷い目に遭わされるぞ。


「なんで敵わないと分かってるですのに、あんな風に突っかかりたがるですかね?」

「……勝てないからこそ、小さな勝利で溜飲を下げたいという小物の発想」

「小物ですねぇ……」

「……小物である」


 ゲラーシー。

 昔は見かけるだけでピリつくようなヤツだったのになぁ。

 すっかり残念枠に収まっちまって。


「いいか、カンパニュラ。あーゆー大人にだけはなるなよ?」

「私などでは、どのように生きようとエーリン卿のようにはなれないと思います」

「うん、それでいい。絶対なるな」


 カンパニュラは謙遜のつもりだろうが、実際ゲラーシーのような残念な大人にはならないだろう。

 このまま育てば、マーゥルをも超える逸材になるかもしれないカンパニュラと、今さらどんなに頑張ってもマーゥルの足の裏の下で踊らされているゲラーシーでは土俵そのものが違う。

 ん? 手のひらの上? いやいや、あいつごとき、足の裏の下で十分だ。


「雨が強くなってきましたね」


 窓を叩く雨音が強くなる。

 ジネットが少々不安そうに窓の外を見る。


「みなさん、帰り道は大丈夫ですか?」

「「「大丈夫だよ、店長さん! いざとなったらここに泊まるから!」」」

「お前らはさっさと帰れッス!」


 大工がふざけたことを抜かすが、ウーマロがいるので大丈夫だろう。

 いざとなったら、暴風雨だろうが笑顔で外へ放り出してやればいい。

 暴風くらいじゃここの大工は死なない。死ななきゃセーフ。だって大工だもん。

 だが、そうもいかないヤツもいる。


「テレサ」

「はい!」


 もうすっかり「あい!」を卒業したテレサ。

 たくさんしゃべるようになってアゴ周りの筋肉が付いてきたのだろう。

 もう少ししたら、あの舌っ足らずなしゃべり方も聞き納めかもな。


「雨が強くなってきたから、今日はもう帰るか? 送ってやるよ」

「ぁの……もうしゅこち」


 テレサは普通に陽だまり亭を手伝ってくれているが、従業員ではない。

 なので、閉店までいる必要はないのだが。


「みんなの、おいしいの、ぉかお。見ぅの、たのし、ね」


 陽だまり亭に長くいて、すっかりジネットがうつっちまったようだ。

 カンパニュラも、誰かが飯を美味そうに食っている顔を見てにこにこしている時がある。


「そうか。んじゃ、遅くなるって伝えてくるな」

「今から行かれるのですか?」


 ジネットが俺を止めるが、行ってやらないとヤップロックが心配するだろう。

 バルバラが乗り込んでくるかもしれないし。


「ボクも付き合おうか?」

「また転ぶぞ。で、宣伝Tシャツを着て帰る羽目になるんだ」

「う……、人が親切で言ってるのに、そういう意地悪なことを言う……」


 今日は一日中俺にべったりくっついていたエステラ。

 心配しなくても、もう何もしねぇよ。そこまで気を張り続けるな。重要なのは明日だ。その前にへばっちまったら意味ねぇだろうに。


「傘差して行きゃそんな濡れねぇよ」


 他のみんなは、全員おにぎり祭りで動き回っている。

 手が空いている俺が行くのがベストだろう。


 ついでに『とどけ~る1号』でも見に行くか。もしかしたら返信が来てるかもしれないし。

 明日、重要な役割をお願いしたアイツから――



 と、思っていたら、その『アイツ』が店内へと飛び込んできた。



「緊急事態に颯爽と駆けつけてやったのじゃ! 感謝するのじゃ、我が騎士よ!」



 リベカ・ホワイトヘッド。

 大人ぶりたいウサ耳幼女(九歳。婚約者あり)である。


 返信じゃなくて、本人が来ちゃったよ。

 こんな雨の中……今日は泊まりだな。






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