320話 港へGO -2-

「おはようございますッスー!」


 まだ寄付に行く前だというのに、デカい声で挨拶をしながらウーマロが陽だまり亭へやって来る。

 朝から元気だな、お前は。


「おはようございます、ウーマロ棟梁様」

「おはようッス、カンパニュラちゃん。今日も早起きッスね」

「はい。ジネット姉様やヤーくんと早くお話をしたかったので」

「あ、だったらごめんね、カンパニュラ。ヤシロを取っちゃって」


 いつものようにフロアのすみっこのテーブルで話をしていた俺たち。

 エステラがカンパニュラに謝罪を述べるが、カンパニュラは首を横に振る。


「いいえ。エステラ姉様たちは大切なお話をされていたのですから、そちらが優先されるべきです。ですので、お暇になりましたら、私ともたくさんお話をしてくださいね、エステラ姉様も、ヤーくんも」

「ヤシロっ、どうしよう!? 日に日に可愛くなっていってない!?」

「そうだな。この街にハビエル病患者が増え続けている現状に憂慮しているところだよ。お前も含めてな」


 最近では、カンパニュラ目当ての客が随分と増えてきた。

 これ、三十五区へ帰す時に暴動起きないか?


「ヤシロさんたちは仕事の話ッスか?」

「いや、おっぱいの話だ」

「してないよ、そんな話は!」

「しただろう!」

「してたのは君だけで、ボクはスルーしたの! 気付いてね、そろそろ!」


 いや、スルーは出来てなかったと思うが。

 めっちゃ普通に突っ込んでたし。


「それじゃあ、ちょっと港の工事に関してお話聞いてもらってもいいッスか?」

「「ごめん、カンパニュラが優先なんで」」

「四十二区の一大プロジェクトッスよ、港の工事! 優先度もっと上げてッス!」


 港の工事の優先度はもちろん高いさ。

 ただ、ウーマロの優先度がカンパニュラよりもずっと低いだけで。


「何かトラブルがあったのかい?」

「いや、トラブルじゃなくてッスね、業務連絡ッス」

「じゃ、ヤシロにお願い」

「一応聞いててッス、エステラさん!? まぁ、諸事情により顔は見られないッスけど、気持ちはちゃんとエステラさんにも向いてるッスから!」


 相変わらずそっぽを向いて会話をするウーマロとエステラ。

 なんか、この三人で会話すると、エステラもウーマロも俺をガン見しながら会話するからちょっとイヤなんだよなぁ。


「まず、港までの道に魔除けのレンガで作った安全な道が完成したッス。手伝いの大工が増えたんで、当初よりもかなり頑丈なモノになったッスよ」


 以前設計図を見せてもらったのだが、当初は足下と両サイドに壁を設けるだけの予定だったが、新しい設計図ではそこに屋根も取り付けられていた。

 ローマの神殿みたいなでっかい柱が等間隔に並び、大きなアーチを描く屋根が作られたらしい。

 それも、全部魔除けのレンガを使用しているというのだから大したもんだ。


 ……どこからそんな金が出てきたんだか。


 エステラを見ると、意味ありげなウィンクをもらった。

 方々から寄付があったらしい。


「あんまほいほいもらうなよ。見返りを求められて泣きを見ることになっても知らんぞ」

「大丈夫だよ。マーゥルさんが仲介人になってくれてるから、変なところからの寄付はシャットアウトされてるよ」

「……マーゥルが一番厄介で怖い貴族だってこと、お前忘れてるだろ?」


 完全にマーゥルに首根っこ押さえられてるな。

 家猫よりも手懐けられてんじゃねぇかよ……ったく。


「それとさ。工事中、不慮の事故で壊れちゃった魔獣除けのレンガなんだけどね……」


 ぐっと体を寄せて、小さ~な声で耳打ちしてくるエステラ。


「レジーナに渡して成分解析してもらってるんだ。セロンのところで作れるようになれば、修理の時に出費が抑えられるから」

「いいのかよ、そんなことして」

「大々的に売り出さなきゃセーフだよ」

「――って、マーゥルが言ってたのか?」

「うん。あとルシアさんと」


 ……お前。それは『弱み』として握られてないか?

 ルール上アウトじゃないか、今度ナタリアに調べてもらおう。

 DIYもほどほどにしとけよ。


「それでッスね、港まで安全に行き来できるようになったッスから、一度見に来てほしいんッス。見違えるほど整備されてるッスからきっと驚くッスよ」

「そうだなぁ……、ジネット」

「はい」


 寄付の下ごしらえが終わったのか、ジネットとカンパニュラはフロアに留まり、俺たちの会話を静かに聞いていた。


「見に行ってみるか? 弁当でも持って」

「わぁ! それは楽しそうですね。是非行きたいです」


 んじゃ、ピクニック決定だな。


「揚げ出し豆腐、たくさん作りますね」

「弁当に向かねぇよ!?」


 汁、だだ漏れちゃうからね!?


「カンパニュラさんも一緒に行きましょうね」

「ですが、それではマグダ姉様やロレッタ姉様が可哀想なのでは……?」


 俺とジネットが行くならマグダとロレッタが店番に残ると思ったのだろう。

 だが、陽だまり亭にはこういう時の切り札がある。


「大丈夫だ。屋台を曳いて港で移動販売を行うから、全員で行ける」

「そのようなことが可能なのですか?」

「はい。エステラさんにお願いして、移動販売の許可をいただければ可能ですよ」

「もちろん許可するよ。屋台もいいけど、ボクはジネットちゃんのお弁当がいいな。エビフライとミートボールを入れてほしい」

「はい。ではご用意しますね」

「いいか、カンパニュラ。こういうのを職権乱用って言うんだぞ」

「なにさ? いいじゃないか。ボクは日々街のため、街の人々のために粉骨砕身、身を粉にして働いているんだから、たまには息抜きをしたって」

「エステラさん、『職権乱用』を否定しなくていいんッスか?」

「領主ってね、いいところで開き直ることも必要なんだよ。ルシアさんを見て学んだんだ」

「あの人を見て学ぶのは危険な気がするッスよ、オイラ!?」


 とはいえ、ルシアを避けたとしても、エステラの友達って変なのしかいないからなぁ……


「そういえば、マグダたんはどうしたッスか?」


 きょろきょろとマグダを探して店内を見渡すウーマロ。

 つーか、お前は入ってきた時からずっと視線の端でマグダを探し続けてたろ?

 ついにしびれを切らせたか。


「マグダさんはまだお休み中なんです。昨日は、随分と夜更かしをされていましたから」


 昨日の陽だまり亭食べ放題パーティーは、様々な連中を巻き込んで随分な規模で行われた。

 休んでいいと言ったのだが、マグダも最後までウェイトレスとして働いてくれた。

 カンパニュラとテレサは俺の判断で先に休ませた。

 テレサはデリアに送ってもらった。

 ノーマとロレッタは後片付けまで手伝ってくれて、泊まっていくかと聞いたんだが二人とも帰っていった。

 家の方がぐっすり眠れるだろうしな。

 今日は精々寝坊するといい。ロレッタにも、昼からの出勤でいいと言ってある。

 まぁ、午前中にやって来るだろうけれど。


 つまり、無敵なのはジネットだけなのだ。

 ……一番動き回った早寝娘が、なぜ寝坊しないのか。これを解明できたらノーベル賞を総ナメに出来るかもしれない。


「ヤシロさんは、何かリクエストはありますか?」

「ん?」

「お弁当のおかずです」


 あぁ、弁当ね。

 エステラがエビフライとミートボールって言ってたから、バランスを考えると野菜系の物がいいか。

 アスパラベーコンとか、ほうれん草の海苔巻きとか、ごろごろポテトのポテトサラダとか。

 あぁ、でもやっぱがっつりした物も食いたいなぁ。

 肉……魚…………魚、かぁ。


「なぁ、ジネット。タルタルソースってあったっけ?」

「作ります。エビフライを入れますから」

「じゃあ、アジかタラをフライにしよう」

「アジとタラのフライですか……、絶対美味しいですね」


 アジはジネットの好きな魚だ。


「アジは開いて、タラは切り身にしてフライにすると美味いぞ」

「すみません、ちょっとクーラーボックスを見てきます!」


 ここ最近、マーシャが結構頻繁に海魚を持ってきてくれるようになったので、海漁ギルドで使っている断熱材を少し譲ってもらって、木製のクーラーボックスを作ったのだ。すげぇ簡単な作りなんだが、重宝している。

 氷も、マーシャにもらった。


 ……これはいよいよ、氷室の建設が現実味を帯びてきたなぁ。


「今回はまた、茶色いお弁当になりそうだね」


 嬉しそうに鼻歌を漏らすエステラ。

 こいつは茶色い食い物が好きだからなぁ。味覚が男子中高生に近い気がするんだよなぁ。スイーツも大好きなので、男子中高生とはちょっと違うかもしれないけれど。


「なんだか、わくわくしますね」


 カンパニュラがいそいそと移動するジネットを目で追って、小さな体を揺らす。


「よし、港で売るのは白身のフライのタコスにしよう」


 パンがないのでトルティーヤを使うが、気分はフィレオフィッシュだ。


「美味しそうッスね」

「でもきっと、お肉を求める声も多いと思うよ」

「確かに、大工は大柄な男ばっかッスからね。普通のタコスも欲しいッス」

「んじゃ、そんな感じで、許可よろしくな」

「うん。じゃあ、ちょっと帰ってすぐ戻ってくるよ。……今度もナタリアを誘わずに置いていくと拗ねるから」


 給仕長に気を配る領主ってのも珍しいな。



 そんな感じで慌ただしく、日の出前の陽だまり亭は本日の準備に奔走した。






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