320話 港へGO -1-

 翌朝。

 陽だまり亭に一枚の情報紙が届けられた。


 昨日、飯を食った後すぐさま記事を書いて徹夜で刷ってきたのだろうか。とんでもないバイタリティだな。

 だが、その分熱意が伝わる一枚になっていた。



『情報紙内部抗争の恥辱』



 大きな見出しが目を引くその記事には、情報紙発行会内部で起こった乗っ取り騒動の一部始終が赤裸々に語られていた。

 到底第三者には話せないような、自分たちの愚かさや慢心、不手際、そして汚点や弱点を余すことなくつぶさに告白している。

 そして、すべてを告白したうえで一連の不祥事を謝罪していた。


 様々な人に迷惑をかけてしまった。今後はこのようなことがないよう一から出直し、もう一度信用してもらえるよう粉骨砕身努力すると、そのようなことが紙面を黒く塗りつぶす勢いでびっしりと書き込まれていた。


 この情報紙は無料だそうだ。

 そして、過去十数部に亘り、機能不全に陥った後の情報紙を購入した者には返金するとまで書かれている。

 現物がなくても、申告があれば全額返金すると。


 ……買ってもないヤツが殺到しそうな案件だが、まぁ『精霊の審判』があるしな。

 たかだか50Rb程度でそんなリスクを背負いたくはないだろう。


「思い切ったことをするよね」


 朝一で「こんな情報紙が送られてきたよ」と陽だまり亭にやって来たエステラ。

 陽だまり亭にも同じものがあると知ると、タートリオの行動力に感嘆の息を漏らしていた。


 おそらく、情報紙の顧客じゃない者たちにまで配布するつもりなのだろう。

 すべてを認め、全身全霊で自分たちの至らなさを詫びるこの情報紙を。


「ここまでやられると、もう一度信用してみようかなって思うよね」

「お前は素直だからな」


 これでも「何をいまさら」とか「どーせ泣き落としとか、そういう手だろ」と反発する者もいる。

 だが、それを承知の上での完全降伏宣言だ。

 これを発行したことによって、ようやく情報紙発行会は新たな一歩を踏み出せる。

 信頼を取り戻すのは楽ではないだろうが、地道にやっていくしかないんだよな、こういうことは。


「あいつら、徹夜したんだろうな。昨日までふらふらだったくせに」

「でも、感動してたよ。陽だまり亭の料理に」

「だからかもな。途中から妙なテンションだったし」

「あはは。確かに、ちょっと盛り上がり過ぎてたよね」


 まともな飯も食えていなかった発行会の連中は、じゃんじゃか出てくる陽だまり亭の料理に驚き、感激し、貪り食って、感動していた。

「こんなに美味しい料理は初めてだ」と泣き出す男や、「この味は一生忘れません」とジネットに握手を求める女子がいて、なかなかにカオスな状態だった。

 本当に飯が食えてなかったらしい。


 途中から合流したモーマットが、自分たちの野菜を「世界一美味い!」なんて言われて舞い上がり、大量の野菜を持ってくるし。

 マーシャも上機嫌でカニやエビや鯛や貝を大盤振る舞いするし。

 デリアもなぜか張り合って、見たこともないくらい大量の鮭を持ち込むしで、昨日一晩で四十二区の年間消費量の何分の一かの食材が人々の胃袋の中に消えてなくなった。


 今日あたり、下水詰まったりしないだろうな……


「食事をしながらね、いろんな人が必死になって育てて、獲って、作って、この料理はここに並んでるんだって熱く語り始めてさ」

「記者たちがか?」

「そう。それで、自分たちももっと熱くならなきゃいけないんだって。あ、これはタートリオさんがね」

「『ミスター・コーリン』から、名前呼びにまでなったか」

「あはは。あの押しの強さに抗うのは難しくてね。ミスター・ハビエルがちょっと拗ねていたよ。自分はまだミスターなのにって」


 そういや、俺もハビエルのことをスチュアートとは呼ばないな。

 ドニスやゲラーシーは名前で呼んでるが、ハビエルやデミリーはファミリーネームだ。

 なんだろうか、やっぱキャラなのかね。


「呼んでやれよ、スチュアートって」

「さすがに無理だよ。今さらって感じもするし」


 ある程度関係が出来上がってしまうと、呼び名を変えるのは困難になる。

 違和感がすごいことになるからな。

 最初から距離を詰められるヤツは、それだけで一つの才能と言えるだろう。

 タートリオやモコカのような、初手からフレンドリーな人間は広い交友関係を構築しやすいタイプだろう。

 エステラにはそういう積極性はないからな。慎重というか、人見知りというか。


「お前も、初対面から『ど~っも、微笑みの領主でぇ~すっ!』ってフレンドリーに接してみろよ。友達増えるぞ」

「ヤダよ! ……その呼び名は広めたくないんだから」


 何を今さら。

 情報紙の最高責任者がお前をそう呼んでいるってのに。

 折に触れ、情報紙に掲載されると思うぞ『微笑みの領主』ってワードが。


「そういえば、載ってなかったね」

「ウィシャートのことか?」

「うん。あくまで、情報紙内部でのいざこざだったって記事になってるよね」


 ウィシャートが外から関与してきたせいで、テンポゥロは増長し、ホイルトン家のジジイは運営権を売っ払っちまったわけなんだが――記事の中に『ウィシャート』という名前は出てきていなかった。


「他人のせいにしない潔さ……というより、ここで名前を出すことでこじれさせたくないって防衛本能なのかもね」

「どっちもだろうな。テンポゥロたちの証言があろうと、ウィシャートは知らぬ存ぜぬを貫き通すだろうしな」


 おそらく、デリアを襲ったゴロツキどもと同じ手口だ。

 ウィシャート自身は関与せず、周りの者が勝手にやったことになっている。

 情報紙が「元凶はウィシャート」なんて訴えようものなら、ウィシャートは統括裁判所に提訴してきて、ガッチガチに固められた身の潔白を訴える演説を垂れ流し、『精霊の審判』でもかけさせてその言葉の証明とするのだろう。


 確実な証拠がない限り、ウィシャートは突き崩せない。

 どうやら、お偉いさんに知り合いもいるみたいだし。裁判なんて強権を自由自在に振りかざせる不公平な制度じゃ、ヤツを追い詰めるのは難しいだろう。


 こっちが罠を張ろうが、こっちの思い通りに事を運ばせてくれないだろうしな。

 裁判官様の裁量によって「うっさい、無罪、異論は認めない」なんて言い切られてしまえば、無力な民草たる我々小市民は抗う術がない。


 タートリオも、確たる証拠を掴むまでは下手なことはしないだろう。

 ただ、相当腹に据えかねているだろうから、今後情報紙発行会がウィシャートになびくことはないだろう。


 メディアを取り戻せたのは、今回最大の成果かもしれないな。

 クッソ面倒だったけれども。


「ともあれ、お疲れ。……ふふ、まさか昨日のうちにケリが付くとは思ってなかったから、夜寝る前に笑えてきて困ったよ」


 くたくたになってベッドに入った後で、不意におかしさが込み上げてきたのだそうだ。

 どうしたもんかと悩みながら踏み込めず、随分と放置していたからな。

 随分とあっけなくケリが付いたように感じたのだろう。


 だが、物事ってのは得てしてそういうもんだ。


 準備さえ万全にしておけば、あとはきっかけがあれば一気にカタが付く。

 そこんとこをしっかり把握してないと、絶好のチャンスってもんをうっかり掴み損ねてしまうのだ。

 なので、この世に無駄なことなどないのだと、俺は思っている。

 ソレがいつかは分からなくとも、ソレがいつ来てもいいように常に準備をしておく。それも万全の準備を、だ。


 チャンスが来ないなら、次に来る時に備えればいいし、次がないなら手放しちまえばいい。

 それだけだ。


 努力と金は似ている。


 どれだけ積み重ねようとも、完全に満足できる時は来ず、どれだけあろうが安心できず、満たされない。

 その反面、決して裏切らず、いざという時にはきっちりと相応の結果をもたらしてくれる。

 そして、なくなれば何も出来なくなる。人間らしく生きることも、な。


 一億円貯金して「うわっ、多過ぎる! 邪魔だ、処分しなきゃ!」とはならないだろう?

 努力もそれに似ている。

 どっちも一番大切じゃないってのも似てるかもな。


 金も努力も、望むモノを手に入れるための引換券みたいなもんだ。

 活かしてこそ価値がある。

 金を貯め込むこと、努力をすることには大きな意味はない。その先に、望む未来があるからこそ、そこに価値が生まれる。


 そこんとこ、分かってないヤツが多いんだよなぁ。


「エステラは、豊胸体操を毎日していることに満足して、成果が一切出ていないにもかかわらずやった気になって充実感を覚えているのだ。努力に価値がないとは、そういうことだぞ!」

「なんでいきなりとんちんかんなことで怒られなきゃいけないのさ!? 大きなお世話だよ!」


 努力の先に結果があって、初めて価値が生まれるのだよ、努力というものは!

「頑張っている」を言い訳にするな!


「まぁ、君が日々情報を収集し、たゆまぬ努力をしていることが今回のことで少し分かったよ」


 ぷりぷり怒っていた顔を柔らかい笑みに変え、らしくもない優しい笑みで俺を見る。


「君は、いつ、どこで、何が起ころうと成果を残せるように万全の準備をしているんだね」

「ま、その方が利益が出るからな」

「あはは、ヤシロがそう言うと、なんだか一段落したんだなって思えるよ」


 あほ。

 全然一段落じゃねぇよ。

 むしろこれからだ、面倒なのは。


「あのド三流、きっとしつこくちょっかいをかけてくるぞ」


 最後の最後まで往生際の悪かったド三流記者バロッサ。

 いくらナタリアが絞めあげようが、エステラが罰を与えようが、あいつは自分に非があるなんて絶対認めない、非があるだなどと思いもしない、そういう女だ。

 むしろ「可哀想なアタシ」に酔って被害者面を全方位にアピールするだろう。

 見当違いな正当性を掲げてまたウザ絡みしてくるに違いない。


「あ、それは当面大丈夫だと思うよ」


 いつになく嬉しそうに、エステラが口角を持ち上げる。


「実はね、タートリオに言ってあるんだ。もしグレイゴン家がちょっかいをかけてくるようなことがあれば、待ったをかけている例の記事を解禁するってね」

「例の記事? 何か止めてる情報があるのか?」

「下水だよ」


 タートリオが甚く感動していた四十二区の下水技術。

 確かに、あいつならすぐにでも記事にしそうだが、もしそんなもんが記事になったら他の区の領主が「ウチにも下水を」って騒ぎ出しかねない。

 港が完成するまでは伏せておいた方が懸命だろう。


「で、それを解禁するって?」

「そう。下水の技術を持っているのは四十二区領主であるボクとトルベック工務店だけだろう?」

「あぁ、そういうことか」

「うん、そういうこと」


 貴族が下水を欲しがった時、まず連絡が行くのは自区の土木ギルドだ。

 そこに情報がなければ土木ギルド組合に問い合わせが行く。

 だが、その技術を持っているトルベック工務店は組合を抜けている。


 そして、組合は「トルベック工務店に仕事を頼む区には協力しない」と言っている。

 逆に言えば、「組合と懇意にしている区に下水は作られない」ということになるわけだ。


 こりゃ、下水のすごさが広まれば組合を脱退する区が増えそうだ。


「タートリオがそれとなくグレイゴンに伝えてくれるって。『ウィシャート家はセリオント家を助けには来なかったけれど、君たちはどうする?』ってね」


 おぉ、エステラが貴族らしいことをしている。


「黒いなぁ……さすが腹黒領主だ」

「ボクのお腹は黒くないよ」

「じゃあチクB――」

「黒くない!」

「なら証明してもらおうか!」

「懺悔したまえ!」


 割と本気めのチョップを脳天にもらい、俺は一人うずくまる。

 俺とエステラが話し始めると同時に気を利かせて厨房へ入っていったジネットが出てきて俺の頭を撫でてくれる。


 じねっとせんせー、えすてらちゃんがいじめましたー。


 俺から事情を聞き、エステラに事実確認をしたジネット先生は、とても公正な判断の下、俺に笑顔でこう言った。



「懺悔してください」



 ……やっぱ、不公平だと思います、せんせい。






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