319話 腹が減ったら“戦”の終わり -3-

「腹減ったな」


 俺が言うと、その言葉に誘発されたのか誰かの腹の音が鳴った。

「ぐぅうぅ……!」と、盛大に。


「……ふふ」


 思わず吹き出したエステラに、記者の中の女性が一人恥ずかしそうに顔を俯けた。


「あぁ、ごめん。そういうつもりじゃなくて――」


 君を笑ったんじゃないよと、エステラがフォローをして、俺をチラッと見る。

 そうだな。そうしてやるといい。


「それじゃあ、みんなで食事にでも行こうか」

「……え?」


 領主と食事することなど、一般人には縁のないことだ。

 ……縁がないことのはずなんだけどなぁ、普通は。


「いえ、あの……でも」

「大丈夫だ。今日の夕飯を寄付してくれるんだとよ、微笑みの領主様が。な?」

「えっ……ボクが、出すの?」


 お前な……ハビエルとマーゥルが気前よく金を出したんだから、飯代くらい出せよ。

 ……どうせ、ジネットが信じられないくらいおまけしちまうんだから。


「ハムっ子~!」

「「「なーにー!?」」」

「ネットワークを駆使して持ち寄れる食材を全部持ってこい。みんなで一緒に飯を食おうぜ」

「「「みんなで!?」」」

「「「これはすごいニュースやー!」」」

「「「すぐに伝えてくるー!」」」

「「「ごはーん!」」」


 ザッ! と、蜘蛛の子を散らすように駆け出したハムっ子の群れ。

 ……さぁて、公道をどこまで占拠しようかなぁ。


 で、駆け出す前に一人だけ捕まえておいたハムっ子に視線を落とす。


「はわゎ……まさかの、仲間はずれやー」

「なんだ、ハム摩呂だったのか」

「はむまろ?」

「お前には特別任務を頼みたいんだが、いいか?」

「特別任務!? ……かっこいい」


 大きな目をキラキラさせてこっちをガン見してくるハム摩呂。


「陽だまり亭に行って、ジネットに『大人数の料理の準備を頼む』って伝えてくれ」

「うん! それから?」

「かなり広い場所が必要になるって言っといてくれ」

「うん! それから?」

「あ~、じゃあマグダたちにも覚悟しておくようにって」

「うん! それから?」


 もうねぇよ!

 ……が、この期待した目は…………

 はぁ、しょうがない。


「あと、これは極秘に――『ベルティーナに気付かれないように』と」

「分かったー! 伝えてくるー!」

「ちゃんと伝えろよー!」

「壊れかけの、レイディオやー!」


 すっげぇ不安だよ、それ。

 ……いや、壊れかけならまだ壊れてはいないのか。


 っていうか『レイディオ』はなんの翻訳なんだよ?

 ねぇだろ、この街に『レイディオ』的な物!

 あるなら見せてみろよ、えぇ、『強制翻訳魔法』さんよぉ!


「ねぇ、ヤシロ。何割伝わると思う?」

「とりあえず、ベルティーナの参加が決まったってことだけは確かだな」

「あの人数だからね、隠し通せるわけがないよ」


 カラカラと笑って俺の肩を叩くエステラ。

 思いもしない急転直下で情報紙問題が片付いてほっとしているようだ。

 随分と無防備な笑顔をさらしている。


「微笑みの領主様……無防備な笑顔、ボディータッチ……っと」

「今、何をメモしたんですか、ミスター・コーリン!?」

「むっ! いかんぞい! ネタ帳は記事になるまで他人には見せられんのじゃぞい!」

「事実と異なる情報の拡散はやめてくださいね!」

「うむ! 事実のみを伝えるぞい!」

「誤った解釈もやめてくださいね!」

「うむ! 事実のみを伝えるぞい!」

「心配だなぁ、その笑顔!」


 エステラがタートリオを呼ぶ時の『ミスター』も、今日明日でなくなるだろうな、この調子じゃ。


「あらあら、もうあんなに空が暗いのね」


 マーゥルが窓の外を見つめ呟く。

 もうすっかり夜だな。


「それじゃ、難しい話は明日以降にして、陽だまり亭に戻るか」

「そうだね。ボク、もうお腹ぺこぺこだよ」

「本当だ。ぺったんこだな」

「もう少し下だよ、お腹は!」

「微笑みの領主様……ぺったんこ……」

「そのメモを寄越したまえ、コーリン! 没収だよ!」

「こ、これは記者の命じゃぞい!」

「しょーもないことしか書かれていないメモなんてただの燃えるゴミだよ!」

「価値観の相違じゃぞい!」


 エステラのぺったんこが世に広まるのも時間の問題かもしれな……あ、もう広まってるか。


「あ、あの……」


 俺たちが編集部を出ようとした時、一人の女記者が不安げな顔で声をかけてきた。


「これからどちらへ?」


 俺やエステラはもちろん、ハビエルやマーゥルも行き先は分かっているようだが、俺たちと面識のない記者連中には分からなかったようだ。


「これから向かうのは陽だまり亭という食堂だよ」

「えっと……あの……」

「そこで、みんなで食事を取ろう。とても美味しい料理を出してくれるだろうから、期待していていいよ。あ、お金はボクが出すから」


 エステラの宣言に、記者たちがざわめいた。

 会話の流れで「なんかそんな感じかな~」とは思っても、実際はっきり言われるとインパクトがあるようだ。


「でもあの……、いい……の、でしょうか?」


 記者たちは皆、エステラの方へ視線を向け、申し訳なさそうに眉を歪める。


「私たちは、会長たちを止められませんでした」

「情報紙には、四十二区や領主様……それに、みなさんのことを悪く書いた記事も載りました」

「それを、配り歩いたこともありました……」


 そうして、誰からともなく洟を啜る音が聞こえてくる。


「私たちは、まだ……罰を受けていません。コーリン様を連れてきていただいて、情報紙を取り戻していただいて……助けられてばかりです! 私たちにも罪はあるのに、それなのに……私たちは……っ!」


 ついには泣き出した女記者に、エステラは歩み寄り、ぽ~んぽんと頭を撫でる。


「なら、今からしっかりと記者としての人生をまっとうしてくれればいいさ」

「ですが、それでは――!」

「君たち一人一人に償いをされていたら、ボクの時間がなくなっちゃうよ」

「……あ」


 償いすらさせないってのは、酷い対応でもあるのだが、こいつの場合は違う。


「だから、君たちの罪や責任、失態や不敬は、全部責任者に負ってもらうことにするよ」


 にっこり笑ってタートリオを指さす。


「今後、彼がきっと、ボクやボクたち、そしてこの街に対して今回の償いをしてくれる。時間がかかるかもしれない。けれど、彼はきっとそうしてくれる。だから、君たちはボクではなく、彼に償いをするんだ。自分たちの罪をすべて肩代わりしてくれる君たちの代表にね。それで大丈夫。彼と君たちなら、きっとボクの信じている通りの償いをしてくれる。そう信じているよ」


 要するに、一所懸命働けよってことだな。

 相変わらず甘々な裁量だが、こいつらも被害者みたいなもんだしな。ま、そんなところでいいだろう。


「ありがとうございます……なんと、なんと申し上げればいいのか……」

「いいよ。これからの頑張りを見せてもらうから」

「はい……頑張ります。あなたの期待に応えられるように……微笑みの領主様の」

「……出来ればさ、その呼び方、なんとかならないかなぁ?」

「それはちょっと」

「すごく反省していたはずの娘なのに、頑な!?」


 呼びたいんじゃないか、『微笑みの領主様』って。

 よかったなぁ、人気者で。……ぷぷー!


「君からの数々の不敬は君自身に支払ってもらうからね、ヤシロ」


 何も言ってないのに!

 八つ当たりだ!


「それじゃあ、陽だまり亭に行こう。きっと、もう料理をして待ってくれているよ」


 エステラに続き、俺たちも建物の外へ出る。

 外はもう真っ暗だった。


 ニュータウンを出て、ぞろぞろと大行列を率いて陽だまり亭へ向かう。



「わぁ……」

「おぉ、これは……」



 街道を歩いて、その先に見えてきたのは――


「おかえりなさい、みなさん!」


 陽だまり亭からはみ出し、街道一杯に広がった美しい白い光。

 結構な範囲にまでテーブルが並べられ、そこに「これでもか!」と料理が山積みされている。


 立食パーティーというより、祭りの夜店のような雰囲気で、大量のハムっ子があちらこちらに散らばって手伝いをしている。

 よく見れば大工もいる。木こりや狩人の連中も。


「あっ! 先輩!?」


 売り子女子カーラが一ヶ所に固まる男たちを見つけて駆け出した。

 その『先輩』たちのそばにはイネスとデボラが。


「ナタリアさんより情報をいただき、情報紙発行会を不当に解雇された元記者たちを集めておきましたよ」

「イネスさんとの連携で、この時間までに全員を集めることが出来ました。

「「どうです、この手腕?」」

「すごいすごい。二人ともよくやってくれたから、『褒め』を催促するな」

「催促しなければ褒めてくださらないではないですか」

「ナタリアさんは、不意に褒められて乙女心を揺らしているともっぱらの噂ですのに」


 その奇っ怪な噂の出所はどこだ?

 んなことねぇよ。


 けどまぁ、よく集めてくれたもんだ。

 褒めることでこの次も最高のパフォーマンスを発揮してくれるなら、これは投資だな。


「さすがだな、二人とも。やっぱりお前らは優秀だよ」

「「いやぁ、それほどです」」

「いや、そこは否定して!?」


 なんであと一歩のところで残念な方向へ舵切るの!? ソレも全力で!

 モンキーターンもビックリな急旋回だよ!


「ヤシロさん」


 穏やかな声が俺を呼ぶ。

 この声はもちろん――


「このようなパーティーはいつでも大歓迎ですよ」


 ――ベルティーナだ。

 ご飯の時は、ジネットよりも先にベルティーナが寄ってくる仕様になってるんだよ、なんでか。


「教会のガキどもは?」

「はい。お呼ばれしています」


 どうやら、ハムっ子が伝えに行ったらしい。

 そういや、ハムっ子のちっこいのが教会で世話になってんだっけな。

 じゃ、しゃーねぇーか。


「ヤシロさん」


 そして、今度はジネットが俺に声をかけてくる。


「お料理のリクエストがなかったので、適当に作ってしまいました」

「いや、いいよ。何が出てきても美味いからな」


 それよりも、ほんの十数分でこれだけの準備を整えた手腕を褒めたいよ、俺は。


 ……と、振り返ると、ジネットがもじもじしていた。


「あの…………ありがとう、ございます」


 ん?

 ……あぁ、「何が出てきても美味いからな」って言ったからか。

 それは『陽だまり亭は』ってつもりで言ったのであって、別に『お前の手料理は』って言ったわけじゃ……まぁ、結果一緒なんだけども。

 だから、まぁ。


「悪かったな、急な話で」

「いいえ。えっと……頼っていただけるのは、嬉しいですし。お料理するのも、好きですし…………美味しいと、言っていただけるのは、もっと……」


 うん。

 それはよく知っている。

 知っているから……蒸し返さないでくれ。


 え~っと……


「……なんか、手伝うか?」

「いえ。私がお料理します」


 にっこり笑ってそう言って――



「なので、ヤシロさんは、美味しく召し上がってくださいね」



 ――そんなことを言い残して店の中へと駆け込んでいった。



 なぁ、ジネット。

 ……悶え死にしそうだよ……まったく。






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