311話 この街の大人女子 -4-

「オッカサン!」

「おや、デリア」


 教会にデリアが駆け込んでくる。

 一応知らせておこうと思って、ロレッタに伝言を頼んだのだ。


「何やってんだよ? アンチャンは?」

「うちの人はお留守番だよ。仕事があるからね」

「ちゃんと言ってから来たのか? 寂しがるぞ、オッカサンがいないと」

「平気よ。お土産買って帰るって言ってあるから」

「まったくもぅ……。ヤシロ、ごめんなぁ。迷惑かけてさぁ」

「失礼ねぇ。迷惑なんてかけてないわよ。ねぇ?」


 あはは。かかってまっせ、奥さん。

 主に領主にな。


 デリアがなんだか珍しい表情を見せている。

 アレだな、クラスメイトの家に遊びに行った時に、目立ちたがりな母親が絡んできた時のクラスメイトの顔みたいだ。

 恥ずかしいんだよなぁ、身内の暴走って。


 デリアにとって、ルピナスはそういう存在なんだな。


「デリア姉様」

「おぅ、カンパニュラ。おはよう」

「おはようございます。……母様、デリア姉様の言ったとおりでしたね」

「なぁ~? 会いに来ちゃっただろ?」


 顔を寄せ合ってくすくす笑うデリアとカンパニュラ。

 どっかのタイミングでそんな話をしていたようだ。

 年の離れた姉妹に見えるな、同じような顔で笑っているのを見ていると。


「ロレッタ、お疲れ様」

「なんのなんのです。これくらい朝飯前です。本当に朝ご飯の前ですしね!」

「残念だが、お前の朝飯はもう……」

「ぇぇえええ!? あたし何も食べてないですのに!?」

「冗談ですよ、ロレッタさん」


 でっかいトレーにほかほかと湯気を立てる料理を載せてジネットが談話室へと入ってくる。

 ロレッタとデリアの分の朝食だ。

 デリアを呼んでくるって分かっていたから準備していたのだろう。


「おっ、ついに完成したのか、丸出し豆腐?」

「揚げ出し豆腐ですよ、デリアさん!?」

「え、でもレジーナが『丸出しやったかなぁ、モロ出しやったかな~』って。モロ出しはないだろうって思ったんだけどさ」

「丸出しもないですよ!? そして、レジーナさんのモノマネが食欲をなくす勢いで似てないですね!? むしろちょっとウッセさんに似てたですよ!?」

「何言ってんだよぉ、ウッセはこうだろ? 『ま~ぐだぁ~、こら~!』」

「……ふむ。まったく似ていないけれど、ちょっとイラッてしたので、この後狩猟ギルドの支部に行ってウッセに嫌がらせをしてくる」


 わぁ、華麗な八つ当たり。

 てか、デリア……せめて、せ~め~てっ、台詞だけでも本人が言いそうなヤツにしてくれ。

 で、レジーナ。お前、今度教会に来たら懺悔室直行だって。

 シスターベルティーナ直々のご指名だぞ?

 よし、何か理由つけて教会に来させよう、そうしよう。


「あ、そうだヤシロ。マーシャがさ、『うふふ~☆ ちゃ~んとヤシロ君に伝えてね~☆』って言ってたんだけどさ――」

「うん……聞くから、モノマネなしで話してくれないか?」


 脳が拒絶して耳に入ってこないんだよ、お前のモノマネ。


「えっと……港の土台がほぼ出来たから、海路の拡張を始めるって」

「おう。順調みたいだな」

「大工がいっぱい手伝ってくれてるからな。海路の拡張は、三十五区と四十区の大工が手伝ってくれるんだってさ」


 組合とのいざこざの余波を受け、近隣区の大工たちは仕事にあぶれている。

 余波というか、直撃かもしれんが。


 とにかく、仕事を欲している大工が多いので港の工事と素敵やんアベニューの工事に動員したのだ。

 各区の領主からも「よろしくね」的な援助もあったみたいだし。

 具体的には、『組合から抜けた大工の保証』ということで大工への賃金の一部をデミリーやリカルド、ルシアが負担しているのだ。


 おかげで工事が進む進む。

 ウーマロを筆頭に、トルベック工務店が現場を取り仕切ることで、どの区の大工が現場に入っても摩擦や衝突なく仕事が進んでいるようだ。


 本当に、トルベック組合に昇華しそうだな、あの一団。


「あら、もしかして……、港の工事を持ちかけた四十二区の『カタクチイワシ』って、ヤーくんのことなの?」


 あれ、ルピナスは知らないんだっけ?

 ルピナスが得ている情報は、オルキオからの手紙と、足つぼの際に俺が話した内容くらいか。

 あとはカンパニュラを預かる時にルシアの館にいたから、そこでいくつか話を聞いているかもしれないな。


 俺がエステラの横でいろいろ口出ししていることや、ウィシャートに睨まれている張本人だということは伝わっているとは思うが……そうか、港のことまでは言わないか。


「まぁ、俺が言い出したわけじゃないけどな」

「え、君が言い出したことじゃないか」

「最初はマーシャだ」

「そうだっけ? でも、君が中心になって進めている事業だよね」

「お前だよ、中心は! 自覚持って、微笑みの領主様!?」

「てへっ」


 な~にが「てへっ」だ!

 そんなもんでくっそ重たい責任を背負わされてたまるか。

 俺は隣から口と茶々を挟むだけの簡単なお仕事だよ。


「ねぇ、もしかして、微笑みの領主様にちょっかいかけてるイワシ野郎っていうのも、あなたなの?」

「そっちには覚えがねぇな」


 エステラにちょっかいかけてる記憶も、イワシ野郎なんて呼ばれ方をした記憶もな。


「けれど、今の微笑みの領主様の表情を見る限り……」

「あ、あの、これはそういうことではなくて……や、ヤシロとは馬鹿馬鹿しいことを馬鹿馬鹿しく言い合える間柄なんです。それだけですから」

「へぇ~……そうなの」


 エステラが必死に弁明し、ルピナスは疑惑を深めたような目つきをする。


「大切になさってくださいね、領主様。そのような相手は貴重ですからね」

「はい。ご忠告感謝します。……それで、その敬語はやめていただけますか? ボクとしては、大切な友人――カンパニュラの親族として接したいと思っておりますので」

「あら、へぇ~……」


 ルピナスが目を丸くしてエステラを見る。

 上から下から舐め回すように見つめる。


「噂通りの人なのね」

「あはは……いい噂だといいんですけど」

「そうねぇ……貴族的にはよくない内容ね」


 エステラはつくづく貴族っぽくない。

 貴族の中に入ればイヤミや侮蔑を浴びせられまくるだろう。


「でも、人としては最高の噂だったわよ。そして、私はその噂通りの人物なのだとしたら、貴女のことがとても好きだわ。改めてよろしくね、エステラさん」


「これでいいかしら」と手を差し出すルピナス。

 年上の元貴族らしい威厳だ。

 それでも、エステラは臆することなくその手を取る。


「こちらこそよろしくお願いします、ルピナスさん」


 ルピナスを味方に引き込めれば、何かと役に立つ気がする。

 伝手やコネはないに等しいかもしれないが、こいつ自身が強力な駒になり得る。

 なかなかいない掘り出し物だ。この豪胆さ、この潔さ。

 貴族の素養と一般人の感性を持ったハイブリッド――もしくは雑種。


 エステラやルシアとは気が合うことだろう。


 そうそう、で、そのルシアだが……


「ルシアからいろいろ吹き込まれたようだな?」

「ルシア様から? いいえ?」

「でも、カタクチイワシって、さっき」


 俺のことをカタクチイワシと呼ぶのはあいつくらいのはずだが。


「三十五区の大工たちに聞いた話よ」


 大工ども、俺をカタクチイワシって呼んでやがるのか!?

 カワヤ工務店の連中は『ヤシロ』って呼んでた気がするんだが?

 三十五区に戻ったらカタクチイワシ呼ばわりなのか? 今度問い詰めてやる。


 つか、ルシアの影響出過ぎだろ!

 ……あぁ、そういえば三十五区っ子のニッカとカールも俺のことカタクチイワシって呼んでるわぁ……

 え、じゃあもしかして、二十九区っ子には俺、『ヤシぴっぴ』って呼ばれるの?

 全力でやめて。


「どこまで本当なのか分かったものじゃないけどさ、三大ギルド長を口説き落として港を誘致したとか、情報紙の役員と領主を仲違いさせて締め出したとか、土木ギルド組合にケンカをふっかけたとか、衆人環視の中でゴロつきの首を掻き斬ったとか……どれくらい尾ひれが付いているのか、気になるわ」


 なんか、物凄い人物ってことにされてるな、俺!?


「嘘ギリギリの大袈裟な内容だな」

「そうかい? ほとんど事実じゃないか」

「組合にケンカをふっかけたのは俺じゃねぇだろ」

「ウーマロをけしかけたのは君だろう?」

「あれは、ウーマロの決断だろ?」

「突っぱね術は君直伝だって、ウーマロ本人が言っていたそうだよ」


 ウーマロめ。

 組合脱退の責任を俺になすりつける気だな。


「なるほどね。君は想像以上にエキセントリックな人物なようね」

「とんでもない。俺はいたって普通の一般人だよ」

「うふふ。この場にいる何人がその台詞を信じるのかしら?」


 この場にいる連中は揃いも揃って目が節穴なんだよ。

 俺なんか、この中で一番普通な人間……


「いや、ロレッタに普通さで勝つのは不可能か」

「なんで急にそんな話になるです!? あたし普通じゃないですよ!」


 と、普通な返しをするロレッタをまるっと無視して、ルピナスは俺にウィンクを飛ばしてくる。


「ねぇ、あなたのことをもっと知りたいわ。今日一日、私とデートしてくれないかしら?」

「残念ながら、今日は用があるから無理だ。思う存分カンパニュラを堪能したら帰ってくれ」

「それはもちろん堪能するけれど、――用って何かしら?」

「人と会う約束があるんですよ、ボクとヤシロは」

「へぇ、微笑みの領主様とエキセントリックカタクチイワシが二人で?」


 なんか奇妙な生き物にされちまったな、俺。


「ここだけの話にしていただきたいのですが――」


 興味津々な爛々とした瞳を向けられて誤魔化しきれないと踏んだのだろう、エステラがルピナスに耳打ちをする。


「二十五区のとある貴族と面会の約束が――」

「このタイミングで二十五区ということは……コーリン家かしら?」

「……えっ?」

「うふふ。アタリね」


 当てられてやんの。

 まぁ、これだけ条件が揃ってりゃ、分かるヤツには分かるか。


「なら平気よ。私も参加するわ」

「いえいえいえ! さすがに告知もなくそんなことは決められませんよ!?」

「平気平気。だって、私タートリオおじ様とは顔見知りですもの」

「……へ?」


 また、意外なところで繋がってるもんだなぁ。



 そんなわけで、押し切られる形で本日の面会にルピナスが同席することとなった。






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