305話 優れた調査員たち -3-
調査報告を見た結果、市場に毒物は出回っていなかった。
「やはり、危険な毒物を扱っている店はないか」
「そうですね、表向きは」
ナタリアが涼しい声で言う。
まぁ、裏ルートなんてところでは多少扱っているかもしれないな。四十区に闇市なんてもんもあったし。
「一応、闇市まで調べさせましたが、ここ十年を遡っても、毒物の取り扱いはなかったようです」
「ナタリア、四十区まで調べてきたのか?」
「いえ、別動隊の報告をまとめたまでです。ただし、信用できる報告であると思いますよ」
ナタリアが信用できると言うのであれば、それはもう完全に信用していい情報なのだろう。
最近ちょいちょい思うのだが、ナタリア――お前、自分の部下に偵察隊いるよね? 忍者的な手下何人か抱えてるよね?
それって以前からいたの? なんか、最近情報収集能力爆上がりしてる感じするんだけど、……え、育てたの?
最も触れちゃいけないタブーが身近にあるような気がして、それ以上は突っ込まないでおいた。
ナタリアに「あなたは知り過ぎました」とか言われちゃ、人生が強制終了されるからな。
「ヤシロ様」
俺の考えを読んだのか、ナタリアが鋭い視線をこちらへ向ける。
「今、お尻のことを考えていましたね?」
「考えてねぇわ!」
『知り過ぎた』って考えてただけで『尻過ぎた』とは考えてねぇよ!?
なんだ『尻過ぎた』って!? 過剰にお尻ってどんな状況だ!?
「『あなたは尻好きぺったん』と、心の声が聞こえた気がして」
「思ってねぇわ、そんなこと」
尻が好き過ぎて触っちゃってんじゃん。
そこそこ勢いよく叩いちゃってるね、ぺったんって!
「わぁ、お餅みた~い☆」って? 捕まるわ!
「三十区に隣接する二十三区と二十九区でも、市場に毒物は出回ってないんだな」
「そうですね。行商人に対し、薬草や香辛料の持ち込みは厳重に調査を実施しております」
「二十三区も同じです。通常であれば、三十区の街門で止められオールブルーム内に持ち込まれることはないはずです」
もちろん、ルールを守るヤツばかりだったら――という前提条件がつくのだろうが。
「三十五区の方はどうなのですか?」
イネスが俺に問う。
「そっちにも手紙を出して調査してもらっている」
行商人が使うのは三十区の街門と、港がある三十五区の街門がほとんどだ。
そこ以外からでも入れなくはないので、密輸を完全に防げるとは思っていないが……
「おそらく、向こうも同じような回答だろう」
「でしょうね。危険な毒物が検査もされずに市場に出回っていれば、もっと大事になっているでしょうし」
今回俺は、ナタリアを通して給仕長たちに市場の調査を依頼した。
カンパニュラに使用された遅効性の毒物をはじめ、レジーナが持っていた猛毒、それ以外にも人体に害をなす毒物が市場に出回っていないか。
または、そういった毒物を持ち込もうとした者はいないか。
だが、結果は予想通り「そのような事実は存在しない」というものだった。
それ自体はいいことなのだ。
危険な毒物は街に入る前に発見され、持ち込まれていないという事実が分かったのだから。
問題なのは、その事実と現状が乖離しているということだ。
水際で堰き止めていたはずの毒物が街の中で使用されている。
レジーナのように、個人で輸入している者が他にもいるかもしれない。
レジーナの毒薬は禁輸されていない物らしいし。……あいつの猛毒が一番驚異的だと思うんだが……
禁輸されているのは、生命活動を阻害し、人命を脅かすような毒物だ。
レジーナの毒薬は、効き目は抜群だが命は奪わない。精々三日三晩全身がしびれて動けなくなる程度だ。……『程度』と言っていいのか分からんが。
「薬に関しては、レジーナの言い分を信じていいと思う――ってことを前提に聞いてほしいんだが」
他区の給仕長は、レジーナに対し俺たちほどの信頼は置いていないだろう。
ほとんど知らない相手だし、見かけたとしても区民運動会やイベントの時くらいだろう。
なので、俺たちは信用しているという前提のもと話を進める。
「カンパニュラに使用された遅効性の毒は『バオクリエアから』輸出を禁止されている毒物だ」
そんな危険な物が他国に渡ったりしたら、自分たちの国がその毒物に脅かされかねない。
危険物は、輸入はもちろん輸出時にも厳重に検査される物だ。
なので、そもそもバオクリエアから外に出ること自体が異常事態なのだ。
それが異国――このオールブルームで使用されていたということは。
「どこかの誰かが、バオクリエアと繋がって、秘密裏にそんな危険物の売買を行っているってことになる」
そして、バオクリエアとオールブルームの貴族、双方のお抱えになっている行商人に、俺は心当たりがある。
「ですがヤシロ様。仮にバオクリエアと内通し、そのような危険物の売買を行っている者がいたとしても、この国への持ち込みは街門で厳重に検査されますので不可能ではないかと――その外門に抜け道でもない限りは」
そうだな。
その通りなんだろうよ、ナタリア。
っていうか、お前は分かっていて言ってるよな。
「たまたま門番の目が見えにくくなる瞬間が、しばしばあるんじゃないか?」
「偶然にも同じ行商人の時にばかりそのような症状が出ることも、100%否定は出来ませんね」
「あぁ、そうだ。偶然ってのは重なるものだからな」
「そうなれば、それは運命なのかもしれませんね」
俺とナタリアの言葉遊びを、イネスとデボラは若干楽しそうに見つめている。
この場にいる者の中では、もう意見は一致している。
「ノルベールが持ち込み、ウィシャートに売っていたんだろうな」
「そうなると、かつてその行商人が『とある香辛料』を紛失した際、ウィシャート家が大慌てしたのも頷けますね」
うん。
そうなんだけど、『とある香辛料』とか急に言わないで。
心臓が「きゅっ」ってなっちゃうから。
俺が黙っていると、イネスとデボラがナタリアの言葉に返事をする。
「盗まれた物が禁輸品であれば当然ですし、それ自体が違ったとしても、その盗難が足掛かりとなり秘密が露呈するということはままありますからね」
「もしくは、行商人がわざとそうしたのではないかと勘繰り、潔白が証明されるまでは信頼できる者以外とは会わない――そんな発想になってもおかしくはありません、当代のウィシャートであれば」
内側から見たウィシャート家ってのは、相当に胡散臭いらしく、イネスもデボラもあまり好感は持っていないようだ。
まぁおそらく、外門の利権を笠に着て威張り散らしていただろうしな。『BU』は所詮『BU』だ。流通において、上流を抑えられているのなら、腹が立つことも飲み込まざるを得なかったのだろう。
「最近になって、ようやく表舞台にも顔を出すようになってきましたね、彼は」
と、イネス。
「詳しくは分かりませんが、裏でこそこそと活発に動き回っているようです。イベール様の館のそばでも、不審な者が散見されましたので」
と、デボラ。
「四十二区にも、絶賛不審者が急増中です!」
と、ナタリア。
ここ一番のドヤ顏である。
張り合うな。嬉しくないから、不審者の急増。
「とにかく、『リボーン』や土木ギルド組合、それに港の建設と、ここ最近俺たちはウィシャートの意に反するような行動を取り続けている」
「しかも、近隣の区が仲良く和気あいあいとですから、なおのこと鼻につくのでしょうね」
独りぼっちは寂しいでしょうし――という口調でナタリアは言うが、『仲良し』なんてぬるい言葉で向こうが受け取っていないことは重々承知している。
おのれ以外の区が徒党を組んで自身と反する立場に立つ。
それは、我が身を脅かす脅威に他ならない。
波状攻撃を個別に撃退しているつもりでしかないが、ウィシャートの立場から見れば、自分の包囲網が徐々に狭まってきているように感じるだろう。
……自分で仕掛けておいて勝手な発想ではあるが。
「暴発して何をしでかすか分からん以上、警戒はし過ぎるくらいでちょうどいいと思っておけ」
「現在、レジーナさんに解毒薬の生産をお願いしています。数が揃い次第、近隣の区へお配りします」
「薬のような高価な物を、よろしいのですか?」
「我が主の申し付けですので」
「微笑みの領主様に感謝をお伝えください」
「二十三区からもお願いします。後日改めて我が主から感謝の言葉を送ることになると思いますが」
「受け取っておきましょう」
給仕長の間でそのような話が進み、今後の段取りが話し合われる。
第一に、被害者を出さないこと。
手遅れになる前に対処できる基盤を作っておくことが大事だ。
頭を叩き潰すのはその後でもいい。
とんでもない毒薬が出てきた以上、もう少し慎重に行動しなけりゃな。
……カンパニュラが四十二区にいる意味を、向こうがどのように解釈するか、分かったもんじゃない。
「では、こちらの情報を『BU』内で秘密裏に共有願います。こちらは外周区と情報共有を行っておきます」
ナタリアがそんな言葉でこの会合を締める。
俺も、ちょっと気を引き締め直さないとな。
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