追想編13 マグダ -3-
「……あ」
大通りの手前、金物通りの前へと差しかかる。
「……ここは以前、ヤシロが『裸の幼女が見たい! ぺろぺろしたい!』と喚き散らしながら闊歩した場所」
「お前の記憶がえらく改ざんされているようだな!?」
陽だまり亭に受け入れられたいと、必要とされたいと、マグダが張り切り過ぎてドジを踏んだあの時。
大怪我を負い、幼児化したマグダを、ヤシロはずっと守ってくれた。
そばにいて、名前を呼んでくれた。
幼児化して、きちんと理解など出来ていなかったはずなのに、それだけははっきりと分かった。
無知故に周りがすべて恐ろしい敵に見えてしまっていても、ヤシロが名前を呼んでくれる度に、心が穏やかになった。
ヤシロの声は、パパやママに匹敵するくらいに……マグダの心に刻み込まれている。
あの声で名を呼ばれると、どんな不安も一瞬で解消される。
怖い雪の記憶も、ヤシロがいたから、乗り越えられた。
ヤシロの声は、落ち着く……だから、好き。
こういう、過去の記憶に紛れて、ふと思い出したりはしないものだろうか。
なにか……ヤシロの記憶に揺さぶりをかけられるような、そんな強烈な思い出は……
「……ヤシロ」
「ん?」
「……心を奪うから逮捕してほしい」
「ぶふっ!?」
マグダには、ヤシロの心を奪って逮捕されたという、前科がある。
「……それ、もう忘れてくれ。頼むから」
むむ……思い出させるつもりが、忘れてほしいと言われるとは……意地でも忘れない。そして、忘れさせない。
しかし、ふむ……それ以外となると…………あ。アレか。
名前は言えないから、多少の改編は致し方なしとして……
「……ヤシロ」
「ん~?」
「……パンツ、いる?」
「懐かしっ!? それ、めっちゃ懐かしいな!?」
「……二人のメモリー」
「そんなろくでもねぇメモリーしかないのかよ、俺ら……」
マグダが陽だまり亭へ行くことになった時に交わした会話。
マグダは忘れない。そして、忘れさせない。
ヤシロが望めば、いつでも贈呈する所存。
「……ふむ」
ゆっくりと話したくても、歩いていれば目的地は近付いてくる。
ヤシロもそれに気が付いているのだろう、こちらに視線を向けてきた。
あの角を曲がれば、陽だまり亭二号店が店を開く広場が見える。
ヤシロともっと話がしたい。
けれど、マグダは陽だまり亭の店員だから。
お客さんを待たせるわけには、いかない。
「……ふむ。戦場は間もなく」
「しっかり捌いてくれよ」
「……当然」
握った手をぎゅっとしてくれる。
頑張れという合図――もしくは愛してるのサイン。
……たぶん、後者。
熱っぽい、魅惑的な視線をジッと送ってみる……これでヤシロはマグダにぞっこん……
「なんだ? 腹でも減ったのか? しょうがねぇな。合間に一船食っていいぞ。俺が奢ってやるから」
…………おかしい。
まったく伝わっていない。
まぁ、折角だからたこ焼きは食べるけども。
「しかし、すっかり一人前だな」
「……一人前?」
「陽だまり亭じゃ、頼られる存在になったんだもんな。大したもんだよ」
そう言って、頭を撫でてくれる。
一人前……
マグダは早くそうなれるように日々研鑚を積んだ。
だから、一人前と呼ばれれば嬉しいはず。
嬉しいはず……なのに。
「……まだまだ」
どうしてか、悲しい気持ちと、不安な気持ちと…………寂しい気持ちで心が満たされていく。
少しだけ、不機嫌になる。
ヤシロに対し、八つ当たりをしたくなる。
「……ヤシロはいささか人を見る目がないきらいがある」
「そんなことねぇだろう?」
「……乙女心が分かっていないこともしばしば」
「そっちは……まぁ、あんま自信ないけどよ」
「……幼女心にも精通するべき」
「それはそれで別の問題が出てくるだろう……?」
ヤシロはもっとマグダのことをちゃんと見ているべき。
一人前だなどと、突き放すようなことを言ってはいけない。たとえ、マグダが他の追随を許さないような完璧な一人前であったとしても。
「……こう見えて、まだ子供」
「いや、見た目はどっからどう見ても子供にしか見えないんだが……」
「……見た目は子供、中身も子供」
「そりゃあもう、完璧に子供だな」
「……でも、脱いだらアダルティ」
「そこも子供でいてくれ。今はまだ」
ふむ……今はまだ、か。
ならばよし。それはいつかのために取っておくとして……
「……もう少し、甘えたい年頃」
ヤシロのお腹に頭をこすりつける。
それがくすぐったいのかヤシロが体をよじる。
ヤシロはもっと、マグダを理解するべき。
「……じぃ~」
「なんだよ」
「……じぃ~」
無言の催促をする。
これは罰なのだ。
一人前などと、マグダを甘やかす義務を放棄しようとした。
ヤシロはまだまだマグダを甘やかさなければいけない。
そう、マグダはまだ成人していないのだから。
とはいえ、マグダは大人な女性でもあるわけで、一人前のウェイトレスでもあったりする非常に難しいお年頃なのだ。
マグダのこの無言の催促を的確に読み取り、今マグダが一番求めている言葉をちゃんと口にすること。
それが出来なければ、マグダは…………拗ねる。
「…………ぷくぅぅう」
「あぁ、はいはい。言いたいことはだいたい分かってるから、拗ねるな拗ねるな」
やれやれと、肩をすくませて、そしてマグダの頭に手を置く。
ふふん。そんなことで誤魔化されるようなマグダではない。
「……これから頑張ってたこ焼きを作ろうという勤労少女に、一言激励を」
これでもし、「一人前」などと言うのであれば、マグダを蔑ろにしていると判断し、ギルティ。
もし、「子供」と言うなら、マグダを過小評価しているとしてギルティ。
さぁ、ヤシロ。
マグダをどう激励する?
「それじゃ、頑張ってこいよ」
ふん。その程度の応援など……
「期待してるぞ、マグダ」
ぴくっ……
「マグダは一人前の子供だもんな」
……む、むぅ…………
そんな、どっちつかずな……ただ混ぜただけとか…………でも……
『マグダ』って、今マグダが一番言ってほしかった言葉をくれたので、よしとする。
やはり、ヤシロに名前を呼ばれるのはいい。
これはクセになる。
「お、種が取れたな」
魔草の種が取れたらしい。
取れた種を自慢げにマグダへと見せるヤシロ。
そんなことはどうでもいい。
ヤシロなら、遅かれ早かれ思い出すと思っていた。
ヤシロがマグダを忘れるはずがないと、分かっていた。
それよりも、何か忘れているのではないだろうか?
ほら、よく見て見るといい。
マグダの耳が、さっきからぴこぴこと動いている。
こういう些細な反応を見逃さない男でいてほしいと、マグダは切に願う。
「はいはい。分かったよ」
そう言って、ヤシロはマグダの耳をもふもふっと揉む。
むふー!
さすがヤシロ。
よく分かっている。
マグダのことならなんでもお見通し。
前言を撤回する必要があるかもしれない。
ヤシロは人を見る目があると言える。
乙女心も分かっているようである。
そして――
「……ヤシロは、幼女に精通している」
「だから、そういう風評被害撒き散らすのやめてくんない?」
言いながらも、絶妙なもふもふ加減でマグダの耳を揉む。
マグダが今日一日不安と寂しさに耐え続けたことへのご褒美。
ようやく、マグダの日常が戻ってきた。
きっと他の面々も大丈夫。
ヤシロなら、きっと大丈夫。
なのでマグダは、自分のことだけを考えて、素直に「むふー!」と喜んでおくことにする。
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