異世界詐欺師のなんちゃって経営術-分割版-
宮地拓海
第一幕
プロローグ 四月七日 -1-
誕生日を祝わなくなったのは、いつからだっただろうか――
そんなことを思ったのは、足元に落ちた携帯のディスプレイに今日の日付が表示されていたからだろう。
本日、四月七日は、俺、
「お前がっ! お前が全部悪いんだぁああぎゃひゃひゃひゃひゃひゃぁあああああっ!」
気でも触れたように叫んでいる男がいる。……もはや獣だ。
最低の人生だったが、終わり方まで最低とは……ほとほと神様ってヤツには嫌われちまったらしい。ま、こっちも大っ嫌いだから、お互い様だ。
…………ぁあっ、腹が痛い。
落ちぶれたとはいえ、かつてはこの国を牛耳っていた組織のトップがよ、ナイフはないんじゃねぇか? 無かったのかよ、拳銃とか……痛ぇよ、なかなか死ねねぇし…………マジ、最低。
人生最後に聞く声が、クソヤロウの馬鹿笑いってのも最低だ。
あぁ……でもまぁ、俺にはお似合いかもな…………
走馬灯ってやつがよぎる気配もまったくないので、仕方なく自分で過去を振り返ってみる。最悪なことに、まだ時間はありそうだしな。そのくせ、もう絶対に助からないという確信もある。
腹から流れ出ていく血液が大きな血だまりを形成し、解体間際の廃ビルの床を赤く染めていく。
頬や髪に自分の血が絡み、不快なことこの上ない。
……寒い。早く暖かくならねぇかなぁと、ここ最近ずっと思っていた。
もう二十年もの間、俺の心は寒いままで……結局温かくなることなんてなかった。
両親が揃って事故死したのが、俺が五歳の頃。そんな身寄りのなくなった俺を引き取ってくれたのが、善人を絵に描いたような伯父夫婦だった。
伯父は小さな町工場を経営していて、さほど裕福ではなかったが、製品の質と融通の利く受注体制、そして何よりその人柄から常連客は多かった。貧乏暇なしで、毎日朝早くからずっと何かを作っていた。
手先の器用な人で、知識も豊富で、この人に作れないものなどきっと何もないのだろうと、俺は思っていた。
気が付いたら俺は、すっかり伯父に憧れていた。
ガキの俺に伯父は優しく、惜しみなく己の技術と知識を教えてくれた。「跡取り問題が解決して嬉しいねぇ」なんて、しわくちゃの顔で無邪気に笑っていた。
俺はそう言われるのが嬉しくて……でも、どこか照れくさくて……伯父を『親方』と呼んでいた。……『お父さん』とは、呼べなかった。
伯母は物腰の柔らかい優しい人で、あの人の怒っている顔を俺は一度も見たことがない。俺が悪いことをした時ですら、優しく諭すだけだった。
料理が絶品で、クッソ安い名前も知らないような魚やクズ野菜であっても、伯母の手にかかればご馳走になった。
誕生日の時に家で作ってくれたアップルパイが最高に美味かった。「お店のケーキ、買ってあげられなくてごめんね」なんて申し訳なさそうに言うもんだから、俺は思わず「これより美味いケーキなんかこの世にない!」って言って…………そしたら伯母は泣いちゃって…………俺も思わず…………な。
結局、伯母に対しても照れがあって、『女将さん』と呼ぶにとどまった。『お母さん』とは、呼んであげられなかった。
あの頃……金はなかったけれど、俺には家族がいた。
一度失ってしまった温もりを、俺はもう一度与えられた。
神様に、感謝した。
俺が中学に入った頃、サッカーのプロリーグが開幕した。
サッカーに興味がなかった俺ですら、そのブームにのまれるほどの勢いがあった。
巷では『プロミスリング』と呼ばれる、カラフルな糸を編み込んで作る腕輪が流行していた。三百円から五百円。細くて短い、平べったい紐が飛ぶように売れていた。クラスの連中も、こぞって腕につけていた。
腕につけて、それが切れると願いが叶うのだと、そんな噂が流れていた。
それで『プロミスリング』というのだと。
俺は欲しいなんて一言も言っていないのに、女将さんがプレゼントしてくれた。
編み方を教わって、せっせと編んでくれたらしい。……何やってんだよ、家事と工場の仕事でクタクタのくせに。だいたい、親に編んでもらったプロミスリングを中学生がつけると思うか? ちょっとは考えろよ…………ありがとう。嬉しかった。
俺は、その日からずっとプロミスリングを左の手首につけていた。
なんだかんだで時間は流れ、中学卒業を半年後に控えた俺は、親方に工場で雇ってほしいと願い出た。高校なんか行かずに工場を手伝いたいと伝えた。
だが、親方も女将さんも「大学までは出ておけ」と譲らなかった。
そのために節約して、金貯めて……親方、毎日同じ服着てたっけな。
親方の技術も粗方吸収したし、正直、即戦力になれる自信があった。なのに、俺の就職は認められなかった。
学費だってタダじゃないんだぞ?
けど、俺の申し出は受け入れられなかった。
遅まきながらに受験勉強を始め…………そうだ、それがいけなかったんだ。
受験費を無駄にさせられないと、俺は勉強に没頭した。工場の手伝いも休止して、部屋にこもって朝から晩までずっと勉強だけをしていた。
だから、気が付かなかった。
親方と女将さんが、詐欺に引っかかっていたことを。
俺の進学費用のためにと、親方は工場を担保にして株取引に手を出した。
絶対に安心だと謳った胡散臭い企業の口車に乗せられて……俺に、内緒で。
今後急上昇が確実だと言われた海外企業はあっという間に株価を下げ、倒産した。後々調べたところ、計画倒産だったらしい。巨額の不渡りを出し、それを補うために無知な人間から大金を巻き上げ、致命傷を回避したところで会社を潰す。
経営者は手にした大金と共に姿をくらませ……あとに残ったのは借金と将来の希望を失った無知なる者たちだった。
受験が終わり、高校入学を間近に控え、俺は何も知らずに日々を過ごしていた。
親方や女将さんも、俺の前ではいつもと変わらなかった。……もう、手遅れの状態だったというのに。
担保にした工場は差し押さえられ、ささやかな家屋敷と土地すら取り上げられ……そんな時に俺の入学だ。
言えばよかったのに……やっぱり高校に行かず働いてくれないかと……金がないから一緒に頑張ろうと…………なのにっ!
最後までいい両親であろうとした親方と女将さんは、入学式へ向かう俺を玄関まで見送り、こう言ったのだ。
「なんの心配もいらないよ。ワシらは、いつまでもお前と共にいるからな」
「お金も、ちゃんとするからね。じゃあ、いってらっしゃい」
式と簡単なホームルームが終わり、俺は家に向かった。
そして、天井からぶら下がっている両親を発見した。
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