それはまるでピタゴラスイッチ

書三代ガクト

第1話

 わざと赤点をとった。

「なーにやっているんだろ」

 プールサイドをデッキブラシでこすりながら、私はため息をこぼす。高校二年の一学期、期末テストでの赤点。それは私の所属する水泳部顧問の耳にも入ったらしい。赤点はプール掃除という思いがけない罰に繋がった。

「……ピタゴラスイッチ」

 昔よく見た番組名を呟く。頭の中で、ボールが転がり、ドミノが倒れ、ミニカーが走り、レコードが回った。意外な次に繋がる様子はまるで奇跡みたいで、大好きだった。

 

 私のは、どうして繋がらないんだろう。


 ブラシから手を離し、隅に置いた鞄に近づく。ペットボトルを取り出して、口をつけた。一息ついてフェンスの向こうを見つめる。

 校庭では陸上部が練習をしていた。そこはクラスメイトの彼もいて、頬が熱くなる。

 ふと彼が顔を上げる気配がした。私は慌てて、背中を向ける。そのまま座り込んだ。

「なーにやってるんだろう」

 くすぶる思いは指に乗って、ペットボトルのキャップをはじいた。それはプールに転がっていく。私は慌てて追いかけた。

 そして、ブラシの柄に躓き、たたらを踏み、キャップを飛び越え、私はプールに落ちた。

 

 私が好きになったのは陸上部のクラスメイト。私が一方的に想っているだけで話しかけるにはきっかけが必要だった。でもなかなか見つけられない。

 だから私は赤点を取った。

 彼に「なーにやってんだよ」とか言われたかったから。

 今考えれば馬鹿らしい話題作り。それでも彼に繋がって欲しかったのだ。


 プールの底から水面を見上げる。夏の日差しがキラキラと揺らいでいた。きれいな景色に、思わず手を伸ばす。すると、光が陰り、水面から手が伸びてきて、私の手と繋がった。


「なーにやってんだよ」

 顔を上げると彼が目の前にいた。

「どうして」

 こぼれた私の呟きに、彼の目が泳ぐ。気まずそうに視線を落として、顔を赤らめた。

 私も彼にならって、胸元に目を向ける。白い体操着が濡れ、紺色の水着が透けていた。

 私は、思わず吹き出す。

 正直わからないことばかりだ。彼がどうしてプールサイドにいるのかも、表情の理由も。

 でも私の赤点は彼の赤らんだ顔に繋がった。

 私は小さな高揚感に身を任せ、プールに体を投げた。 

 

 この飛び込みはどこに繋がるのだろう。

 そう、淡く期待をしながら。

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