悪役令嬢と冒険者の男

MASK⁉︎

1話完結

 危険な魔獣が跋扈ばっこする荒野を一仕事終えた冒険者の男が1人悠々と歩いていた。


 その男の目にこの場に似つかわしくない1台の馬車が飛び込んでくる。

 豪華絢爛な装飾が施された馬車には馬が繋がれておらず御者もいない。しかしその車内からはバタバタという音が聞こえてきた為、男は警戒をあらわにする。


 愛用している短刀を手に取り静かに馬車に近づくと一気に扉を開いた。

 中を見ると、足を縛られ腕を縛られ口には猿轡さるぐつわをかませられた少女がジタバタと転がされていた。


 男と目が合うと一拍置いて「んー!んー!」と凄まじい表情で叫び出す。


 罠や魔術など何も仕掛けられていないことを確認すると慎重に猿轡を取り外す。


 外している最中は流石に動きを止めていたが、外れた途端付けたままにしておけば良かったと後悔するほど騒ぎ出した。


 ちなみ第一声は「ようやく謝る気になったのね、この愚図!さっさとこの縄を解きなさい!」だ。思わず男が「は?」と口に出してしまうのも無理はない。

 そしてこの女、芋虫の様に転がったままだというのにとどまることを知らない。


「第一王子ハトリー様の婚約者である私に向かってなんて口の利き方ーーー。」

「あんたあの平民の小娘の差し金ーーー。」

「平民ごときが私を視姦してーーー。」


 などなど、ギャンギャン騒ぎ立てる。男があっちを見てもギャンギャン、こっちを見てもギャンギャン。

 騒がしいとしか感じなかった男も、良くそこまで騒ぎ続けられるものだと感心する程だ。



 喋り疲れたのかようやく口を閉じたのは、もう日も暮れ掛かった頃だった。


「お?もう騒ぐのはやめにするのかい?」


「ちっ、ここまでコケにされたのは初めてよ。」


「そりゃ結構な事で。君の主観にまみれた弁ではあったが、まぁ大体の事情は理解出来た。

 第一王子の婚約者メルト・マスチェットは王子に近づく平民の子を排除しようとして失敗。それが王子にバレて婚約破棄、気が付けばこんなところに居たと。

 間違いないかな?多少なら話し合うつもりだが、君はどうする?」


「ふん!まずはこの縄を解きなさい。それなら考えてあげなくもないわ。」


「はぁ、それじゃダメだね。自分の立場ってものが理解出来てない。

 いや、解ろうともしていないのかな?どう思いますかマスチェット様?」


「何よ、平民が私の命令に従うのは当然でしょ。」


「なるほどー、その考え方が悪かったのかもね。

 いや、今みたいに婚約破棄されてこんなところで魔獣に喰われたかったなら正解だけど。さすがの僕でもその気持ちはわからないなぁ。」


「はぁ!早く帰りたいに決まってるし、なんでそれで私が悪いことになるのよ。」


 わからないのが悪いと言おうとして一度飲み込む。今更そんな事言ってどうなるっていうんだ?死ななきゃいけない女の子をいたぶる趣味はない。


 そうだ。おそらく彼女にはもう帰る場合なんてものは存在しない。


 貴族の事は良く分からないが、きっと位の高い家のお嬢様だったんだろう。色々とやりたい放題やって愛想尽かされたのか、守りきれなくなったのか。


 馬車に魔獣除けの加護がかけられていた。それがなくなる前に迎えが来るようであれば強烈な躾だった可能性もあったかもしれないが、町までの距離や時間を考えるとそれはもうありえない。


 加護がかけられていた意図があるのかわからないけれど、一介の冒険者からすればどうしようもない。

 王子の婚約者だったメルト・マスチェットは助けられるはずじゃなかったし助けちゃいけない。

 僕としても助けるつもりはーーー。


「……え…さいよ。」


 思考の海に沈む中、今までとは比べ物にならない程小さな声が馬車に響いた。


「ん?ごめんもう一回言ってくれる?」


「だからッ!私の何が悪かったのか教えなさいって言ってるのッ!」


「おおー」


 かなり独善的だと見ていた彼女から、教えを請うような言葉が出て驚きが隠せない。

 でも何故だかその言葉が聞けて無性に嬉しくなった。


「イイよイイよ!分からない事を聞こうとする姿勢はとても良い。」


「ならーーー。」


「でもね、質問する側の態度ってものが重要だと思うんだ。少なくとも僕の常識の中ではね。

 お・ね・が・い・し・ま・す!たった7文字だがメルト・マスチェット様は言えるかい?」


 ぎゅっと唇を噛み締める。平民、しかも冒険者に向かって命令した事はあってもお願いしたことなんて一度もないに違いない。


「お、お願いします!何が悪かったのか教えてッ!」


「よし、よく言った。詳しいアドバイスは出来ないがそれでも伝えるべき事は伝えようじゃないか。」


 そう言って男は転がっていた少女を椅子に座らせる。

 このダメダメっぷりじゃ言いたいことなんていくらでも出てきそうな雰囲気だけど、説教なんて僕のキャラじゃないんだよなぁ。少しでも伝わったら良いかな。


「それで悪かった所だよな。話を聞いただけでも僕から見れば知識も経験も足りていない。何より他人の気持ちを考えようと言う意思がまるで感じられない。とりあえずそれが一番の問題かな。」


「……?」


「そういう何も考えていない所もなんだが……そうだな。僕が何者なのか分かるか?」


「平民でしょ?そんな薄汚れた服を着るのだから盗賊とかかしら?」


 男はがっと頭を抱える。


「本当に僕が盗賊だったらとか考えないのか?」


「え?どうなるのよ。」


「はぁ。とっくの昔に犯されているに決まってるだろ。全身縛られた綺麗な若い女がいたら馬鹿な奴らは後先考えず突っ込むんだよ。」


「おっ、おかッ!まさかあんたもーーー。」


「んな馬鹿な真似はしないからな。

 しかも此処どこだと思ってるんだよ。イソエド荒野だぞ。ここいらでも有数の危険地帯だ。

 危機管理も出来ないようじゃ冒険者失格ってもんよ。」


「ええッ!イソエド荒野って嘘でしょ!私がそんな場所にいる訳が……。

 ああでも冒険者って言ったわね、なら本当にそうなのかしら。」


「そうそう、そうやって考える事が必要だったんだと思うよ。

 後は致命的な知識不足がなければもっと別の結末を迎えられたんだろうね。それが幸せだったのかは誰にも分からないけど。」


「どういう事?」


「知識があれば王子に近づく子の対処が上手くいってたかもしれないし、婚約破棄だってなかったかもしれない。

 逆にもっと辛い目に合っていた可能性だってある。」


「じゃあどうすれば良かったって言うのよ!」


「王子との仲がもっと良好だったら、味方がもっと多ければ。

 なーんてね。たらればだったら何とでも言える。少しくらい考えた事あるんじゃない?選択した事が正しかったかなんて後にならないと分からないんだし。

 でも実際に僕らが出来ることなんてたかが知れてる、手に入れた情報を元に予測し対策し実行する。それだけなんだけど、その過程をどれだけ大事にしているかが大切なんだと思うよ。」

 

「そう。」


「これはあくまでも僕の考え方だから、参考にするぐらいに考えておきな。」


 目を瞑り何かを考えこんでいる少女を見守る。

 口を閉じていれば王子の婚約者だったってのにも納得がいくが、あれだけ騒ぎ立てられると婚約破棄されて正解だった気がしてくるのが不思議だ。


 メルトを見て和む一方で魔獣除けの加護が刻一刻と消えつつあるのを感じ取っていた。


 そろそろ楽しい時間も終わりかな。


「考え込んでいる所申し訳ないが残念なお知らせをさせてもらうよ。ここがイソエド荒野だってのは覚えてるね?

 この馬車には魔獣除けの加護がかけられていたんだが、もうそろそろ消えそうなんだよ。まぁつまり、ここにいたら魔獣共に襲撃されるって事だ。

 その前に僕は出て行かせてもらうから。」


「えっ?襲撃ってそんな、嘘でしょ!」


「いーや、本当だ。

 悪い女は消えて王子様は好きな子と幸せに暮しました、なんてよくある話だろう?」


「いや、いやいやッ!こんな所で死ぬなんて絶対嫌よ!なんで私がこんな目にッ!」


 大粒の涙を零すのを見ると流石にバツが悪くなり、男はスパッと少女を縛る縄を斬り落とすと馬車を降りる。

 そこからは地平線の先から魔獣の群れが駆けてくるのが見てとれた。


「ああーもうタイミング悪いなぁ。

 残念だったな、もう考える時間は残っていないらしい。魔獣の群れのご到着だ。」


「ううっ、あ、あなたは?」


「僕の心配は必要ないよ。これでも冒険者の端くれとしてそこそこ実力はあるつもりでね、あの程度で苦戦するほど柔じゃない。

 そんな事より自分の心配をしたらどうだ?人生を左右する重要な決断を迫られている様に見えるぞ?」


「いや、でもそれって……。」


「時間がないと言ったはずだぞ。僕は君の決断が知りたいんだ。」


「本当にいいのね?私言うわよ?」


「ああ。」



「お願いします!私を、私を助けて下さいッ!」



 涙ながらに放ったメルトの言葉に男は顔を綻ばせるとメルトの頭をくしゃくしゃっと撫でつける。


「いいだろう。君は昨日よりも成長した。少なくとも僕が助ける価値のある人間になったと認めよう。」


「あ、ありがとう。……ん?う、後ろ、後ろにッ!」


 男に犬のような魔獣が迫りメルトが悲鳴を上げるが、ぶつかる直前に魔獣はジュワッという音と共に消え去った。


「へぇ?」


「大丈夫大丈夫、こいつらはデスウルフって言うんだ。まぁはっきり言って雑魚だから安心してそこで見てなよ。」


 デスウルフたちは一体が不可解な消失をしたため警戒しているのか馬車の周囲を囲んだだけで飛びかかってはこない。


「うーんと、じゃあ今日は派手にいこうかな。よし、決めた。

 《精霊召喚》 来い!イフリート!」


 地面に魔法陣が輝くとそこから火の精霊が飛び出した。


「バーベキューの時間だ!敵を焼き尽くせッ!」


 デスウルフも勇敢に立ち向かうがイフリートの体に触れるだけでも一瞬にして燃え尽きる。形勢不利と見たデスウルフが尻尾を巻いて逃げ出すが、ことごとくがイフリートの火炎放射で消し炭にされていく。


 あっという間に周囲から魔獣の姿はなくなった。ありがとうイフリート。


「どうだい?簡単なものだろう?」


 メルトは開いた口が塞がらないようで「あ、あう」と意味の無い音ばかりが飛び出す。


 完全に腰が抜けているようで動けるようには見えないが、魔獣除けの加護が消えたとなれば最早この場所に用はない。こんな時はうちに帰るに限る。


 メルトを横抱きにして外に出ると馬車に火を放つ。


「ちょ、ちょっと何をするの!」


「いいかい?あの炎の中で王子の婚約者だったメルト・マスチェットは死んだんだ。

 ここにいるのはただのメルトだ。それを忘れないで欲しい。」


「そんな事って……。私はこれからどうすればいいの……。」


「ごめんね、僕が助けられるのはメルトだけなんだ。

 ああ、ちなみに君の事は僕の家まで連れて行くよ。申し訳ないけどそこに君の選択の余地はない。」


「そう。……こんなのって、私初めてよ。」


 何かが腑に落ちたのかメルトはふっと体の力を抜いた。


「そうかい。これから初めての事が沢山あるだろう。でもどうあれ君の人生なんだ。自分で見て感じた物を頼りに自分の道を探していけばいい。

 今日は疲れただろう、眠ってしまってもいいぞ?それは君が選べることだ。」


「うん。」


 街へと歩き出してしばらくすると、腕の中からすうすうと静かな寝息が聞こえてきた。


「君がメルト・マスチェットであろうとするなら僕は……、って今考えるべきことじゃないか。

 ……失望させないでくれよ。」





Aランク冒険者「孤狼」に美人の嫁が出来たと街で噂になるのはこれから少し先の事。

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