大人の愚痴

夢見男

大人の愚痴

 《あー、めんどくさいな》

 「何で? だってしょうがないじゃん」

 と、強気な僕。

 「えっ、何も言ってないよ。丸つけこの算数ノートでいいんだよね」

 と、焦るお父さん。

 僕は宿題の丸つけをお父さんに頼んでいた。いつもお母さんに頼んでいるが、今日は仕事で帰って来るのが遅かったのだ。どうやらお父さんはめんどうなようだ。でも、やってもらわなければならない。そうしないと明日の学校の準備が終わらないのだ。それと、連絡帳に家庭印を押してもらわなければならない。

 「丸つけ終わったら、連絡帳に印鑑をお願いね」

 「了解」

と、お父さんと目が合う。

 《はいはい、わかってるよ》

 やっぱりお父さんはめんどうだと思っているのだ。僕は〈まったく、それぐらいやってよ〉と思った。

 その後、僕は夕飯も食べずに朝まで、寝てしまった。朝起きると、とてもスッキリとしていた。


 僕の名前はタツヤ。小学校2年生。

 ひとりっ子。「何で?」が口ぐせ。

 

 ある日の掃除の時間。まだ給食を食べている女の子がいた。僕は理由も知らずに、

 「何でまだ食べてるの?遅くない?掃除の時間なんだけど」

 と、冷たく言った。女の子は先生に「食べ終わったら片付けて、昼休みにしなさい」と言われていたのだ。どうやら嫌いな食べ物があるらしい。好き嫌いのない僕は何で食べられないのかわからなかった。

 僕は教室掃除係。本当は4人で掃除するのだが、他の3人は僕に掃除を押し付けて校庭にサッカーをしに行ってしまった。僕は〈何で僕だけ〉と思ったが、気が弱くて言えなかった。友達はいない。〈学校はつまらない〉

 僕は掃除を早く終わらせたかった。昼休みにひとりで鉄棒をするのが楽しみだったのだ。早く行かないと、鉄棒が取られてしまう。女の子は下を向いて、泣きながら食べていた。僕は女の子の机を移動させながら掃除を終わらせた。そして、校庭に走っていった。 

 鉄棒は空いていなかった。〈ちくしょー、あの子のせいだ〉と思った。

 後で聞いた話では、昼休み中に先生が教室に来て、その女の子に「もういいよ」と言って給食を片付けさせたのだそうだ。

 楽しみの鉄棒ができず、僕は教室に帰ってきて、女の子をにらんだ。女の子は下を向いたままだった。そして、午後の授業が始まった。


 夏休みのある日、僕はお父さんの仕事場について行った。お父さんは大工さんだ。その日はお母さんが仕事になってしまい、僕の面倒を見てくれる人がいなかったのだ。お父さんは半日だけ仕事だった。設計士さんと話しをしている。僕は〈暇だな〉と思い、家の基礎の上を綱渡りのように歩いて遊んでいた。と、その時、足を滑らせ転倒してしまったのだ。そして、固いコンクリートに、頭をぶつけてしまったのだ。幸い大きなケガにはならなかったが、数日間、病院に入院した。


 ぶつけた場所がわるかったのか、神経がおかしくなってしまったのかわからない。それからというもの、大人と目を合わせると、マイナスな心だけが聞こえるようになったのである。そして、大人の心が聞こえた後はすごく疲れるのだ。なぜかわからない。

 最初この能力に気づいたのは、ケガをして入院した時だった。


 お父さんとお母さんは仕事が終わってから、面会に来てくれる。僕は〈暇だな〉と思い、お母さんが置いていってくれた、らくがき帳と色えんぴつで、絵を描いて過ごす。僕は絵が下手だった。絵の才能は幼稚園の頃から成長していない。僕は車が好きでよく描いていた。車の絵なら少し自信がある。そこへ看護婦さんが来て僕の絵をのぞきこんだ。

 「タツヤ君、何描いているの?」

 「なんだと思います?」

 「あー、車ね」

 「はい。お父さんの車です」

 と、看護婦さんと目が合う。ピキーンと耳から耳へギザギザな光が走った。

 《2年生のわりには、絵が下手ね》

 と、聞こえたのだ。間違いなく看護婦さんの声だった。そのあと看護婦さんは

 「今度は看護婦さんの車の絵を描いてね」

 「……」

 僕は黙って下を向いてしまった。さっきの声は何だったんだろう。自信があっただけにショックだった。僕は疲れて横になってしまった。

 小学校2年生の時は、何がなんだかわからなかったが、成長するにつれて、僕には特殊な能力があるんだと確信していった。


 僕は小学校3年生に進級した。相変わらず友達はいない。〈学校はつまらない〉

 ある日の理科の授業中。生物の成長を勉強していた。教科書には幼虫の写真が載っていた。そのページを読んでいた先生が止まった。そして生徒たちを見る。僕も先生を見る。僕は先生と目が合った。

 《気持ち悪いな。毛虫とか幼虫とか大嫌いなんだよ》

 と聞こえた。僕は下を向いて笑った。

 と、先生が、

 「先生は昔クワガタの幼虫を飼っていました。今何かの幼虫を飼っている人いますか?」

 〈ウソだ〉と思った。幼虫嫌いの先生が飼うわけがない。〈大人はウソをついてはいけないとか言うけど、どうなんだ〉と思った。その後とても疲れてしまい、机にうなだれた。


 その頃、僕は、知らない大人の心を聞くのが楽しかった。休みの日はいつもひとりで家の中で遊んでいた僕。外に出かけて、大人の人を探す。疲れるけど、暇つぶしにはもってこいだ。色々な大人と目を合わせた。住宅街で歩きながら一軒一軒ピンポンを押し、何かの営業をする人、公園でパンをかじっているサラリーマン、公園で井戸端会議をする主婦、犬の散歩をするおじいちゃん。《仕事だるいな》とか、《早く帰りたいな》とか、《仕事休みたいな》とか《子供がうるさいな》とか《この人嫌い》とか、大人は口には出さないが、〈こんな感情があったんだ、大人って大変なんだ〉と思ったりもした。

 大人の心を聞くと寝てしまう時もあった。僕は思い返して、気づいたのだ。寝てしまう時は聞こえた心に対して、僕はついつい発言してしまっているのだ。なぜ寝てしまうかはわからない。そして寝て起きるとスッキリしているのだ。なぜスッキリするのかはわからない。


 ある日、僕はリビングで、おもちゃを広げて、お菓子を食べながら遊んでいた。そこへお母さんが来て、

 「遊び終わったら、片付けお願いね」

 と、優しく言ったお母さんと目が合う。

 《さっき掃除したばっかりだから。お願いだから散らかさないで》

 「何で? わかってるよ。片付けて掃除機かければいいんでしょう」

 僕は、怒りながらとっさにそう言ってしまったのである。

 「えっ、そんな事言ってないわよ。ただ片付けてと言っただけよ」

 と、とても焦ったお母さん。〈そりゃそうだ〉と思った。自分が発言していない心に対する言葉が返ってくるのだから。

 その後、疲れて眠くなった。おもちゃをやっと片付けてソファーに倒れ込んで寝てしまったのだ。その後、お母さんの掃除機をかける音で、目を覚ました。とてもスッキリしていた。


 そして僕は4年生に進級した。

 ある日、参観日の授業を決める話し合いが行われた。

 「参観日にやりたい授業がある人、手挙げて教えてください」

 と、先生。僕と目が合った。

 《国語と、算数はやめてくれ。教えるのが大変なんだ》

 と聞こえた。

 男子生徒たちは、

 「体育がいいです」

 女子生徒たちは、

 「図工がいいです」

 先生、

 「他にありますか? …… なければ、多数決で決めます」

 僕は本当は、得意科目の算数がよかった。だけど、先生が嫌がっているので手を挙げるのをやめた。もう一度先生と目が合う。

 《図工は色々用意しないとだからめんどくさいな》

 「体育がいい人、手を挙げて」

 僕は体育に手を挙げた。〈別に好きじゃないけど、しょうがないか〉と思った。そしてクラスの半分以上が手を挙げて、参観日の授業は体育に決定した。

 今先生はどう思っているんだろう?きっと体育でよかったと思っているのだろう。


 夏の日の参観日だった。太陽がジリジリと体を照りつける。気温30℃は超えているだろう。

 授業が始まった。今日はドッジボールだ。お父さんが来てくれていた。大工さんをやっているお父さんは僕の自慢だ。〈かっこいい〉と思っている。

 手を振ると、お父さんと目が合った。

 《あちーなー。何でこんな暑い時期に外で参観日なんだよ》

 「あっちに日陰があるよ」

 と僕は指をさし、思わず発言してしまったのだ。その後の記憶がない。疲れてボーっとしているところにボールが飛んできて、頭に直撃。倒れてしまったのだ。その後寝てしまった。

 熱中症を疑われたが、体温も平熱、脈拍も正常。〈そりゃそうだ。寝てしまっただけだもん〉と僕は思った。保健室で、スッキリして起きた僕のそばには、お父さんと先生がいてくれた。目覚めた僕に、お父さんが、

 「タツヤ、大丈夫か?お父さんわかるか?」

 「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」

 と、お父さんと目が合う。……マイナスな事は考えていないようだ。本当に心配してくれていた。とてもうれしくて涙が出た。

 「タツヤ君、よかったー」

 と、先生と目が合う。……マイナスな事は考えていないようだ。本当に心配してくれていた。とてもうれしかった。

 そのあと、お母さんも来てくれた。お父さんが連絡してくれたのだ。保健室に入るなり、起きている僕に、

 「タツヤ、大丈夫なのね」

 「うん、大丈夫。ごめんね」

 と、お母さんと目が合う。……マイナスな事は考えていないようだ。本当に心配してくれていた。また、涙が出た。

 

 それからというもの、大人の心を聞く事ができなくなっていた。僕は〈頭をぶつけたせいなのかな?なぜ聞こえなくなったのだろう?〉と思った。でも、〈もう大人のマイナスな心なんて、聞こえなくていい〉〈結局は愚痴だもんな〉とも思った。


 小学校2年生の時、給食を食べられなかった女の子を思い出す。〈あの時なんであんなひどいことを言ってしまったのだろう〉と後悔し反省した。今だったらこう言うだろう。

 「ゆっくりでいいから、頑張って食べてね」と……。


 あの能力のおかげで、僕は人の気持ちが理解できるようになっていた。

 心を聞かなくても。

無駄に「何で?」と言う口ぐせも言わなくなった。そして、クラスのみんなに優しく接した。〈この子は今どう思っているのだろう〉と考えながら。友達も少しずつだが、増えてきた。掃除もみんなでやった。 

 〈学校はとても楽しい〉

 世の中には色々な人がいる。人にはそれぞれの考え方や感情があることも勉強した。


 ある日の授業中、僕は机にひじをついて頭をもたれかけていた。

 《早く授業終わらないかな》

 と思っていた。僕は、先生と目が合った。


 「…… タツヤ君、あともう少しで、授業終わるよ。頑張って」

〈大人は子供の心が聞こえるのだろうか?〉

                 終わり

 

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大人の愚痴 夢見男 @yumio

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