8.
時が経った。奴の声色が変わり、背丈もぐんと伸びて、私を追い越すくらいの長い時間だった。
私たちは相も変わらず、「あほ」と「姫」の二人ぼっちのままだった。そして初めにたどり着いた町で過ごし続けていた。
あれから何遍も「仕事」はしたが、「あほ」は初めの動揺を二度とは見せなかった。そつなく淡々とこなし、今も報酬でせしめた魚を「うまい」と笑って丸呑みしている。
「姫。これ美味しいよ。食ってみなよ」
「だめ。錆びる」
「ああ、この感動を分かち合いたいのになあ……」
「あほ」がどこまでも「あほ」だったことに、今までだったら苛ついていたはずなのに、私は不思議と安堵していた。いや、救われていた。
「ゲホッ、ほ、骨がのどに詰まった」
「あほか、死ぬぞ」
……本当にどこまでも「あほ」だった。
加えて白い髪も肌も相変わらずだったが、佇まい、風貌はすくすくと伸びる若木のようだった。私を引きずり回すのに悪戦苦闘していたのも、今ではひょいと担いで難なく歩いて行ってしまう。
あらためて横目でじっくり眺めていると、ばれた。
「何?なんかついてる?」
「いや」
時が経ち、「あほ」は大きくなった。
でも、その願いは未だ叶えられていない。
「やっぱり欲しいんでしょ」
「いらないってば」
(その次の一言を、私はずっと後になってから悔やむことになる。)
「ずっとここにいるの」
「……うーん」
「あほ」は魚の頭に噛みつきながら、考えるしぐさのように上を見上げる。
「ここはね。初めこそ苦労したけど、長くいるうちに居心地が良くなったよな。もちろん姫のお陰なんだけどさ」
言葉は淀みなかった。多分本当は、今までも考えていて、言い出すきっかけを待っていたのだと思う。
「でも、それだけここにいて、家族ができないってことは、やっぱり次の場所に行かないといけないんだろうな」
私に話しかけるというよりも、自分自身に言い聞かせるような。
「……そうだね」
相槌のつもりだったが、彼はそれで踏ん切りがついたようだった。
「よし!」
「明日、発とう」
何かが音を立てた。
何の音かは分からなかった。
「……うん」
「大丈夫だよ。俺もようやく体の成長が追いついたわけだし。姫に迷惑はかけないよ」
私の歯切れが悪かったのか、フォローしようとする奴に、
別にそういうわけじゃないと言いかけて、
不意を襲われた。
びくりとして仰け反る。
「……あ、知らなかった。ここは刃先じゃないんだね。触って大丈夫なんだ」
奴の触れた私の唇が、生まれたばかりのように熱を持って、痛い。
「あれっ、姫、怒った!?」
「もういいから早く寝ろ」
その夜、聞き分けよくすぐに眠りについた「あほ」の顔を、じっと眺めていた。
右手でそっと、額を隠す髪に触れる。
私は混乱していた。
だがそれがなぜなのかが全く分からなかった。
私の存在意義も、旅の目的も、分かりきっていて、叶えたい願いに近づいている。ただそれだけのことなのに。
姿かたちの分からない何かに怯えていた。
その答えを見つけるのは、もっとずっと後のこと。
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