6.
ようやくたどり着いたその町は、時間が止まっているようだった。
人が多く活気があるのに、なぜかどこか、確実に虚ろ気で。
それでも「あほ」の表情は達成感に満ちていた。
「姫、着いたよ。やっとここまで来た……」
「ああ。ご苦労だったな」
「本当だよ。姫がもう少し軽ければ」
「斬るぞ」
「うそうそ」
「というか、お前が方向音痴過ぎて、同じところ何遍も通ったりするからじゃないか!」
「あはは、確かにそうだ!ごめんごめん」
全然反省してなさそうに笑いながら詫びてから、「ふう」とその場に座り込む。
「少し休んだら」
「うん……ああ、でも宿も見つけないといけないし、もう少し頑張るよ」
しゃがみこんだ頭の、つむじのあたりを眺めていると、ぷいと顔を向けるので目が合ってしまう。
「言いにくいんだけど……置いて行ってもいい?」
「いいよ」
ガキの細腕には楽じゃなかっただろうと言うと、きっちり「ガキじゃない」と返してくる。
「……姫のこの姿ってさあ、見えるの?他の人にも」
「そのはずだよ」
「じゃあ、誘拐されないように気を付けてね」
「左手を掴んできた途端、大流血沙汰だよ」
私は右手をひらひらと振りながら言う。
「心配しないで行ってきな。はじめてのおつかい」
「だからっ!」
一瞬憤慨した素振りを見せて、「あほ」はくすりと笑った。
「ありがとう。行ってくるね」
小さな背中を見送って、腕を組み佇みながら、道行く人を眺めた。思わずつぶやきが漏れる。
「……黒い」
少なくとも、白い奴はひとりもいない。
そして道行く「あほ」の周りには、透明な壁があるかのように誰もいなかった。
(「今ごろ気づいたの?」)
◆
しばらく待っていたけれど、黄昏あたりで力尽き、眠ってしまったようだった。
「姫。姫!」
「うわっ!」
抱きつかんとばかりに身体を寄せてきたのを、慌てて退ける。
「見つかった。仕事見つかったんだよ」
「わかったわかった。とりあえず危ないから離れろ」
「えへへ」
表情を誇らしげにほころばせる。
そのあどけなさに、なぜか一瞬胸底がシンとする。
「最近夜、山から下りてきて作物を襲う獣がいるんだって。それを退治してほしいって」
「初仕事だな」
大方、厄介払いだろう。
それでも何も言わなかった。
途端、先ほどまでの年相応の笑顔を引っ込ませ、真剣な顔で私を見つめる。
でも目に不安が宿るのは、隠し切れていない。
「手伝ってくれる?」
「当たり前だろう。その為の道具だ」
安心させてやりたくて、目線を合わせて深い色の瞳をじっと見つめた。
そしてぎゅっと、小さな手のひらを右手で包み込み、震えが止まるまでずっとそうしていた。
◆
夜が更けるまで待った。
待ち尽くしたころ、蠢く影を捉えた。
「来たぞ」
「うん」
「あほ」が立ち上がる。両手には、剣の姿の私の柄。奴の体の震えが私の刀身にまで広がる。
身体も表情も硬い。当たり前だ。初めて命を断ち切るのだから。
影は蠢きながら、近づく。時々、私に銀の光が反射して、きらきらと舞っていく。
(これが何かを決定的に変えてしまうって、知っていたとしても。)
「振り下ろせ。撫でるだけでいい」
一瞬の躊躇い、飲み込んだ呼吸の後、
私は振り下ろされた。
撫でるようなひと振りでも、ざっくりと、斬り、断つ。
ギャアアアアアと、人間のような断末魔が響く。
後ろの影たちが歩みを止める、が、
「退くな!」
緩みかけた切っ先が再び影を捉える。
「あほ」は覚悟を決める。
前に一歩、二歩と進み、夜闇に私を放った。
放物線を描くようにして、自由に、でも確実に、私は切り裂いていく。
飛び交う悲鳴と飛び散る血しぶきを除けば、
踊っているかのようだった。
音楽が終わっても、残響が響いているかのように、茫然と立ち尽くしていた。
奴も、
私も。
これでよかったのか?
この、幼い子に、命を奪うことを教えてよかったのか?
彼のためか、いや私自身のためか、震える身体を右腕だけでそっと抱きしめた。
震えているのはどちらなのか、もう分からなかった。
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