6.

ようやくたどり着いたその町は、時間が止まっているようだった。

人が多く活気があるのに、なぜかどこか、確実に虚ろ気で。


それでも「あほ」の表情は達成感に満ちていた。


「姫、着いたよ。やっとここまで来た……」

「ああ。ご苦労だったな」

「本当だよ。姫がもう少し軽ければ」

「斬るぞ」

「うそうそ」

「というか、お前が方向音痴過ぎて、同じところ何遍も通ったりするからじゃないか!」

「あはは、確かにそうだ!ごめんごめん」


全然反省してなさそうに笑いながら詫びてから、「ふう」とその場に座り込む。


「少し休んだら」

「うん……ああ、でも宿も見つけないといけないし、もう少し頑張るよ」


しゃがみこんだ頭の、つむじのあたりを眺めていると、ぷいと顔を向けるので目が合ってしまう。


「言いにくいんだけど……置いて行ってもいい?」

「いいよ」


ガキの細腕には楽じゃなかっただろうと言うと、きっちり「ガキじゃない」と返してくる。


「……姫のこの姿ってさあ、見えるの?他の人にも」

「そのはずだよ」

「じゃあ、誘拐されないように気を付けてね」

「左手を掴んできた途端、大流血沙汰だよ」


私は右手をひらひらと振りながら言う。


「心配しないで行ってきな。はじめてのおつかい」

「だからっ!」


一瞬憤慨した素振りを見せて、「あほ」はくすりと笑った。


「ありがとう。行ってくるね」


小さな背中を見送って、腕を組み佇みながら、道行く人を眺めた。思わずつぶやきが漏れる。


「……黒い」

少なくとも、白い奴はひとりもいない。

そして道行く「あほ」の周りには、透明な壁があるかのように誰もいなかった。


(「今ごろ気づいたの?」)





しばらく待っていたけれど、黄昏あたりで力尽き、眠ってしまったようだった。


「姫。姫!」

「うわっ!」


抱きつかんとばかりに身体を寄せてきたのを、慌てて退ける。


「見つかった。仕事見つかったんだよ」

「わかったわかった。とりあえず危ないから離れろ」

「えへへ」


表情を誇らしげにほころばせる。

そのあどけなさに、なぜか一瞬胸底がシンとする。


「最近夜、山から下りてきて作物を襲う獣がいるんだって。それを退治してほしいって」

「初仕事だな」


大方、厄介払いだろう。

それでも何も言わなかった。


途端、先ほどまでの年相応の笑顔を引っ込ませ、真剣な顔で私を見つめる。

でも目に不安が宿るのは、隠し切れていない。


「手伝ってくれる?」

「当たり前だろう。その為の道具だ」


安心させてやりたくて、目線を合わせて深い色の瞳をじっと見つめた。

そしてぎゅっと、小さな手のひらを右手で包み込み、震えが止まるまでずっとそうしていた。





夜が更けるまで待った。

待ち尽くしたころ、蠢く影を捉えた。


「来たぞ」

「うん」


「あほ」が立ち上がる。両手には、剣の姿の私の柄。奴の体の震えが私の刀身にまで広がる。

身体も表情も硬い。当たり前だ。初めて命を断ち切るのだから。


影は蠢きながら、近づく。時々、私に銀の光が反射して、きらきらと舞っていく。


(これが何かを決定的に変えてしまうって、知っていたとしても。)


「振り下ろせ。撫でるだけでいい」


一瞬の躊躇い、飲み込んだ呼吸の後、

私は振り下ろされた。


撫でるようなひと振りでも、ざっくりと、斬り、断つ。

ギャアアアアアと、人間のような断末魔が響く。


後ろの影たちが歩みを止める、が、

「退くな!」


緩みかけた切っ先が再び影を捉える。

「あほ」は覚悟を決める。

前に一歩、二歩と進み、夜闇に私を放った。

放物線を描くようにして、自由に、でも確実に、私は切り裂いていく。


飛び交う悲鳴と飛び散る血しぶきを除けば、

踊っているかのようだった。


音楽が終わっても、残響が響いているかのように、茫然と立ち尽くしていた。

奴も、

私も。


これでよかったのか?


この、幼い子に、命を奪うことを教えてよかったのか?


彼のためか、いや私自身のためか、震える身体を右腕だけでそっと抱きしめた。

震えているのはどちらなのか、もう分からなかった。

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