泣かないで、僕の愛しい人よ。
凪
はじめまして、はるかちゃん
やあ、はじめまして。
男の人と目が合ったとき、僕は元気よく挨拶した。
僕を家に連れて行きませんか?
僕はここにいる誰よりもモフモフだし、かわいいし、抱き心地も触り心地も最高ですよ!
懸命に「僕を選んで」アピールをすると、その人は僕を抱き上げて、「これにするか」と微笑んだ。
僕は売り場の仲間にさよならを言って、男の人に連れて行かれることになった。
ありがとう、僕を選んでくれて! 最高のモフモフをお届けします!
どんなところに連れてかれるんだろう? ワクワク♪
「ただいまあ」と、その人は言った。家に着いたみたい。
その人は、「これ、はるかのプレゼント」と言いながら包装紙を解いて、僕を取り出した。
「あ~、テディベア? かわいい」
女の人が、僕を抱え上げる。
「そろそろ、はるかに、こういうぬいぐるみを持たせてもいいんじゃないかなって」
「そうね、喜ぶかも」
それから、僕を紹介してくれたんだ。
「はるか、ホラ、くまちゃんよ。かわいいね~」
目がクリっとしてて、色が白くて、小さな女の子が、僕を見てパアッと笑顔になった。よちよち歩きをして、僕に向かって手を伸ばす。
「こんにちは、はるかちゃんって。よろしくねって」
「あ~」
こんにちは、はるかちゃん、今日からよろしくね!
それが、僕とはるかちゃんとの初対面の日。僕は一目ではるかちゃんに恋をした♥
***************
その家は、パパとママとはるかちゃんの3人で暮らしていた。
僕は「まあ君」という名前になった。
はるかちゃんは僕のことをすっごく気に入って、どこへ行くにも連れて行ってくれた。
お外に出かける時も、お庭で遊ぶ時も、テレビを見ている時も、ご飯を食べる時も、寝る時も。
ずっと、ずっと一緒。僕の姿が見えなかったら、はるかちゃんは泣くんだ。
おままごとでは、はるかちゃんは僕を椅子に座らせて、いろいろしてくれるんだよ。
ブロックを食べさせてくれたり、見えないお茶を入れてくれたり、寝かせてくれたり。バケツの水に僕を入れようとした時は、ママが慌てて止めたけど(たぶん、お風呂に入れるつもりだったんだ)。
たまに、かんしゃくを起こして壁に投げつけられたりするけど、へーきへーき!
それがぬいぐるみの宿命ってやつだから。ちょっと痛いけど(ホントはだいぶ痛いけど)、ガマンするよ。
***************
はるかちゃんは幼稚園に通うようになった。
最初は、僕を幼稚園に連れて行きたくて、大泣きした。ママは毎日のようになだめて、幼稚園のバスに乗せてた。
大丈夫だよ。帰ったら遊ぼうよ! 僕はずっと待ってるから。
僕はいつも、はるかちゃんにそう呼びかけていた。
だけど、二週間もしたら、はるかちゃんは僕に見向きもしないで、「行ってきま~す」って通うようになっちゃった。
……ま、まあ、いいけどね。幼稚園ではたくさん楽しいことがあるんだろうし。帰って来てから、僕のことを思い出してくれれば、いいんだ。それでいいんだ。
はるかちゃんがいなくなった家では、ママがお掃除したり、お洗濯したり、忙しそうにしている。
たまに、僕を抱きしめてソファで寝ていることもある。ママのお仕事は大変だね。
気になるのは、パパの笑顔がだんだん減ってきたこと。
休みの日に、はるかちゃんが「パパ遊んで」って言っても、「パパ疲れてるから」って、ママに任せちゃう。怖い顔してスマホをいじってたり、「店でトラブルが起きた」って、慌てて出かけたり。
はるかちゃんは、パパのためにお絵かきしたり、切り絵をしたり、パパを懸命に喜ばせようとしてた。けなげだ(涙)。
***************
はるかちゃんは、幼稚園でお友達をたくさんつくった。
家にもよく遊びに来る。僕は、おままごとに強制参加させられるんだ。
「じゃあ、僕がパパで、はるかちゃんがママね。まあ君が子供」っていう男の子がいた。
ちょっと待て。二人は結婚してるって設定?
冗談じゃないよ。はるかちゃんは僕のもの。僕は、君よりもずっとずっと前から、はるかちゃんのことを知ってるんだからね!
僕が怒っても、声は聞こえないから無視される。
「まあ君、いたずらしないの!」なんて、何もしてないのにお尻ペンペンされる。
あ~~~、なんで僕はぬいぐるみなんだあ。切ないよお。
最近、ママとパパがよくケンカするようになった。
「休みの日ぐらい、はるかと遊んでくれてもいいでしょ?」
「疲れてんだから、休みの日ぐらい、ゆっくりさせてよ」
「昼まで寝てたじゃない」
「それだけじゃ、一週間の疲れはとれないんだって」
はるかちゃんがいないところで言い合いしてる。
僕は分かってるよ。
ママもパパも、はるかちゃんのことを愛してるってことを。パパははるかちゃんとママのために頑張って働いてるし、ママも懸命にはるかちゃんのお世話をしてる。
だから、早く仲直りしてほしい。僕がこの家に来たばかりの頃のように、仲良くなってほしいんだ。
***************
はるかちゃんは小学生になった。
ピカピカのピンクのランドセル。
「まあ君、見て、かわいいでしょ」って、僕にも見せてくれたよ。
うん、かわいいよ。はるかちゃんは何を持ってもかわいいけどね!
ママは毎日お仕事に出かけるようになった。
そのころから、ママとパパは、はるかちゃんがいる前でもケンカするようになったんだ。
「ゴミ出しぐらい、やってくれたっていいじゃない!」
「だから、そっちのほうが家を出る時間は遅いんだから、余裕があるでしょ?」
「じゃあ、帰って来て洗濯するぐらい、やってよ」
「今日も店長会議があるんだってば」
二人がケンカを始めると、はるかちゃんは僕を抱きしめて震えている。泣いてる時もある。
泣かないで。大丈夫だよ、はるかちゃんには僕がついてるからね。
はるかちゃんはパパにお手紙書いたり、肩たたき券をあげたり、パパの疲れが取れるように気づかってあげてた。ママのお手伝いも一生懸命した。
ある朝。
ゴロゴロという音がして、はるかちゃんは目を覚ました。僕を腕に抱えたまま、一階に降りていく。
玄関に、パパがいた。スーツケースを持って出かけようとしていた。
「パパ、旅行に行くの?」
はるかちゃんが聞くと、「うん、そうなんだ。出張でね」と答える。
「いつ帰って来るの?」
「そうだね、いつになるかな」
パパは寂しそうな顔をして、はるかちゃんの頭をなでる。
「また会えるからね。元気でいるんだよ」
パパが出張に行くのに、ママは見送りに来ない。なんでだろ?
パパがスーツケースをゴロゴロ引いて去って行く後姿を、はるかちゃんと僕はずっと見送っていた。
それが、たぶん、はるかちゃんがパパと交わした最後の言葉だ。
その日から、パパには会ってない。
***************
はるかちゃんは引っ越すことになった。
ママが昔、住んでた家。
はるかちゃんのじいじとばあばがいる家に住むことになったんだ。はるかちゃんはお友達と別れることになって、寂しがってたけど。
引っ越した先は山や川があって、はるかちゃんは毎日、泥んこになって遊ぶようになった。
「今日は木登りした!」なんて言うんだ。おままごとやお絵かきをして遊んでいた、あのはるかちゃんが。
ママは週末になると帰って来た。どうして親子で一緒に暮らせないのかなあ。。。
はるかちゃんはすくすく育って、勉強も運動も頑張って、じいじにもばあばにもたくさん愛された。
はるかちゃんはママが大好きだ。
ママのために折り紙でリボンや指輪をつくったり、ビーズでネックレスをつくったり、帰って来たママにいつもプレゼントをあげてる。
「わあ、嬉しい。上手に作れたね」
「ママ、これをつけて会社に行くね」
ママはいつも嬉しそうなんだ。
時々、ママは僕に「はるかのこと、ちゃんと見守っててね、まあ君」って言う。
もちろんだよ、任せて!
ママの分も、僕がはるかちゃんのことを見てるからね。
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