2.離れることなんて、ありません!

「……お母さん、私も行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 鍵を閉めたら私はお隣の大輝の家に向かう。

 マンションだから本当にすぐ近く。


 いつもなら大輝が私の家の玄関の前で待っていて、優しく微笑んでくれるんだけど。

 今日は私がいつもより早いからね! 私が迎えに行っても問題ない、よね、たまには!


 だけど。

 五分、十分経っても大輝は出てこない。

 私がいつも家を出る時間も過ぎているのに。


 ピンポーン


「はい」


 出てくれたのは大輝のお母さん。


「おはようございます! 大輝くんはいますか?」

「大輝? そこにいないの? もうずいぶん前に家から出たけど」

「え……? 本当ですか?」


 大輝が、先に行ってしまった……?


「ありがとうございました」

 

 私はインターホンの前で深々と礼をして走り始める。


——もう、学校についちゃった、よね。


 どうして? 何にも言わないで先に行っちゃったの?


 昨日の帰りだって一緒だったのに。


 何か仕事があったなら先に言ってくれれば……!

 私も早く言って一緒に手伝ったのに。


 もしかして朝から勉強、かな?

 私は頭悪くて大輝に聞いてばっかだもん。

 一緒に勉強するのは迷惑、か……。


——違う。


 長年の付き合いがそのすべてを否定する。

 私は大輝のこと、全部といっていいほど知っている。

 

 大輝は図書委員会で朝からの仕事はない。

 日直の仕事だって朝やる仕事はない。

 

 大輝はサッカー部だけど、朝練は大会前にしかやらない。

 

 大輝は勉強は夜やった方がはかどるって言ってた。


 じゃあ、なんで?


 私に言わないで先に行っちゃったの?





『人は変わる生き物なの』



『大輝くんが変わってしまうことだってあるのよ』





 今朝のお母さんの言葉が脳裏に浮かんで私は首を振る。


 違う、そんなことは絶対にない!


「大輝……」


 私はスピードを上げて走った。


 前を見ないで。


 だから、前に人がいたことに気づかず思いっきりぶつかってしまった。


 うう、いたい……!


 恐る恐る目を開けると……、

 私、ぶつかった上に下敷きにしちゃってる!


 慌てて立ち上がる。


「ごめんなさい! 私、前を見なかったから……!」

「大丈夫です」

 

 目の前の人は優雅に立ち上がった。

 急に吹いてきたさわやかな風がさらさらな髪を揺らした。

 彼は瞳を大きくして。


海原うみはらさん……?」


「あ、神崎かんざきくん!」


 同じクラスの方だったよ!

 恥ずかしいところをお見せしてしまった……!


「本当にごめんなさい!」

「ああ、大丈夫だからそんなに謝らないで」


 なかなか頭を上げない私の頬を包んで無理やり顔を上げさせる。

 え? 頬を包んでる……!?


 神崎くんは私の髪を整えてくれる。


「そんなに急いで、どうしたの? というか彼氏は?」


「あ……、ごめん、大輝探してたの! どこいるか知って——ううん、知らないよね。じゃあ、私、行くから! ほんと、ごめんね!」


 私は再び礼をして走り出した。


☆★☆



「大輝、これでよかったのか?」


 神崎は気の後ろに隠れていた大輝に声をかける。


「ああ、あいつには嫌われなくちゃいけないから」


「お前の事情、分かってるけどさ。それでもほかにやり方あったんじゃねーの?」


「俺だってよく考えた末の結果なんだよ」


「ならいいけどさ」


 神崎はあ、と声を上げる。


「大輝はちさとちゃんのことはもうあきらめるんでしょ? じゃあ、俺にもチャンスあるよね」


 大輝は目を大きく開ける。


「おまっ、何言って——」


 神崎は真面目なトーンになる。


「ちさとちゃん、結構人気あるよ。俺がもらっといた方が大輝的にも安心じゃないの?」


「……」


「よく考えときなよ。じゃあ、俺、行くから。——というか、大輝も早くいった方がいいんじゃない? 怒られるよ? お前のお姫様に」


 大輝はぎゅっと唇をかみしめた。



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