星が降る夜、あなたは一輪の心臓を咲かせた
安居院晃
プロローグ
プロローグ
『これから一週間は快晴が続き、洗濯日和が続くことに──』
リビングに流れるニュースを聞き流しながら、朝食後のコーヒーを啜る。
テレビが置かれた部屋の中は、一人暮らしの大学生にしてはかなり殺風景で、閑散としていた。
机の上に置かれた開きっぱなしのノートパソコンに、部屋の端に置かれたコートスタンドに掛けられた男物のカーディガン。床には布団が日光に当たるように畳まれており、その近くには正方形の段ボールが一つ転がっている。
高校時代に思い描いていた華やかな大学生活を送るには相応しくない、何もないと言ってもいい部屋だ。この部屋で一人暮らしを始めてから半年が経過した今でも、全く物が増える兆しがない。
バイトと大学以外はほとんど家から出ないし、時たま親友に遊び誘われれば、ふらっと遊びに出かけるくらい。遊び先でも、物なんてほとんど買わないし。
「(本当、高校時代に思い描いてたものとは大違い)」
高校三年生の冬、大学の合格通知書を貰った時は華やかな大学生活に胸を躍らせたことをよく憶えていた。仲の良い友人と授業を受け、優雅にランチを楽しみ、夜にはサークル仲間と飲み会を楽しんで。そんな誰もが理想として描いている大学生活を送ることができるものだと、本気で考えていた。
けれど、実際はそんなことは一切なくて。
友人は多少はできた。けれど、優雅にランチなどはなくコンビニで手早く買ったサンドイッチを胃に押し込む程度に終わり、授業は難しくて頭を悩ますことが多く、そもそもサークルには加入すらしていない。
理想と現実のギャップに苦笑しながら啜るコーヒーは、牛乳も砂糖も入っていないのでかなり苦い。昔はこんな苦みしかない飲み物の何が美味しいんだと小馬鹿にしていた節があるけど、今ならこの味の良さがわかる気がした。大人になったとプラスにも取れるが、歳を取ったとマイナスに捉えることもできる。
ものはいいよう、とはよく言ったものだ。
「……そういえば」
ふと、小さな本棚の上に置かれた時計を見る。
九時四十五分と書かれたデジタルの数字が表示された画面の左下には今日の日付──十二月十四日の文字。
特に何かを言うこともなくジッとその文字を見つめていると、不意にテレビに映るキャスターからこんな情報が聞こえた。
『そして今日、十二月十四日はふたご座流星群が最もよく見える極大日。この機会に、ぜひ天体観測に興じてみてはいかがでしょうか?』
テレビに視線を戻したときには、既に画面は切り替わり、ニュースのコメンテーターが昨今の情勢について神妙な表情で語り始めていた。
興味がないとテレビを消し、リモコンを机の上に戻す。
流星群の観測。
響きだけ聞けば美しいものだし、いいものだ。恋仲にある男女が興じれば、さぞかしロマンチックな雰囲気に酔いしれ、良い雰囲気を築くことができるだろう。
けれど独り身、しかもこの街中では光が多すぎて綺麗に天体観測をすることなどできないだろう。
美しい夜空を見たいのなら、人里離れ光がない田舎街か、人の住んでいない山にでもいかなければならない。どのみち、そういった場所には同じように天体観測を目的に人が殺到するので、雰囲気も何もあったものではないが。
唯一、人生でただ一度だけ行った流星群の観測は、とても記憶に残り、思わず涙が滲んでしまうものではあるけれど。
コーヒーカップを手に立ち上がり、半開きだったカーテンを全開にして外の景色を視界に映す。
住宅街の細い道路には買い物が帰りの主婦が自転車を漕ぎ、パナマハットを被ったご老人がリードを手に柴犬を散歩させている。小さな床屋の前には三色のサインポールが回転を続け、向かいにあるベーカリーには店名が看板に踊っている。
何の変哲もない、変わり映えしないいつもの景色。
当たり前の毎日を送ることができていることに感慨深さを覚えると共に、思い出す。
「(もう二年か)」
胸中で呟く。
自分の中で、最も運命的な出会い。
その記憶はいつまでも色褪せることなく、脳裏に焼き付き昨日のことのように思い出せる。
冬に出会い、冬に散った、儚い人生の追憶。
その追想が引き金だったのかはわからないけれど、ふとガムテープで封じられたままの段ボールに視線を移した。
引っ越してきてから一度も開けていないそれは、布団の横で鎮座したまま。
手にしていたコーヒーカップをフローリングの上に置き、バリバリと蓋を封じていたガムテープを剥がしていく。剥がしたそれをゴミ箱の中に投げ入れ、蓋を両開きに開いた。
中に入っていたのは、小さなノートパソコン。
机の上に置かれているものの半分ほどの大きさしかないノートパソコンには、イヤホンがつけられており、つい先ほどまで誰かが使っていたかのようにも思える。
二年前に一度使ったきり、一度も使用していないそれは時が止まっている。ぞんさいに扱ってはいないため、壊れていないはず。
手に持つと、とても軽いのがよくわかる。
病気で力が入らない人でも簡単に持ててしまえそうなほど、軽量さに重きを置いたものなのだろう。
事前に言っておくと、これは他人の物だ。
他者が自分に送ってくれた、最後の贈り物。
生涯に渡って捨てることはなく、持ち続けるであろう二つの宝物の内の一つ。
少しだけ汚れた画面をティッシュで拭い取り、様々な記憶を蘇らせながら、電源を入れた。
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