第514話「再召喚」
オレにとっての節目の日。
いよいよ今晩『夢』に復帰だ。
もっとも、前日の夜にはまだ『夢』は見ないので、淡々と一日を消化していく。
今日はシズさんの家庭教師の日なので、放課後一旦家に帰ると、もう帰っていた悠里に急かされながら自転車で玲奈の家へ。
そして勉強自体は普通に終わったけど、今日は事前連絡で夕食を一緒に食べようという約束をしていた。
本当は、状況が許せば勉強を早めに切り上げてでもハルカさんのお見舞いを計画していたのだけど、SNS上でのやり取りでまだ当分は無理と言う事で諦め、次善の策として食事となった。
そして半ばついでなので、朝のうちに連絡しておいたタクミも拾って、オレ達のバイト先へと雪崩れ込む。
当然とばかりにトモエさんも合流していた。
「私の制服姿って初めてでしょ?」
「学園祭はタキシードでしたもんね」
「かわい〜。私、頑張ります」
「悠里ちゃんなら、この調子なら十分行けるよ」
「えっ? 悠里ちゃん、トモエさんの高校受験するんだ」
最後にタクミが驚く。
オレも最初に聞いた時は驚いたけど、模試とかの成績をドヤ顔で見せられてに驚かされたものだ。
「玲奈も行けたのに、近くの学校が良いって行かなかっただけだもんね」
「そ、そんな事ないです。偏差値とかギリギリくらいだったし」
玲奈は弁解がましく言葉を重ねるけど、うちの学校でもトップクラスの成績なら、確かにトモエさんの高校に十分手が届いただろう。
「で、この時間まで学校にいたんですか?」
「ううん。学校から現場ちょっこー。で、着替えは荷物になるから持たずじまい。しかも仕事の時間が押したから、家に戻る時間なくて、着た切り雀」
「相変わらず忙しいんですね」
「忙しい日だけね。あ、注文お願いしまーす」
オレに軽く返すと、元気に注文をしていく。
けど、言葉通り化粧や髪型もほぼ仕事の時のままなので、かなり目立つ。オーラが違う上に、制服姿という事もあって完全武装に近い。
周りからもチラチラ見られてたりするのだけど、当人はまるで気にしてないのがトモエさんらしい。
そして二人セットなのでシズさんも見られる対象だけど、こっちも涼しい顔で次々に注文を頼んでいく。
見かけによらず、二人はかなりの健啖家だ。
そしてまずは食事を楽しみ、食後のスイーツとお茶になってから本題に入る。
口火を切ったのは、どこか恐縮しているタクミだ。
「あの、そろそろ今日の要件を話してもらえますか?」
「ん? もう分かっているだろ?」
「ええ、ボクが、ショウのおこぼれで『アナザー』にもう一回召喚してもらえるって」
「最初はショウが対象外だったんだがな」
シズさんが言葉の最後に肩を竦め、表情も合わせる。
そして言葉と同時にタクミがめっちゃ驚いた。
「えっ?! それはないでしょう」
「最初、ハルカさん目覚めさせるのに、ドロップアウトがあるって分からなかったんだよ」
「あ、そうなんだ。それで、ボク以外は誰を?」
「取り敢えず、レナが記憶している限りのショウの話を聞きに来ている全員。それに文芸部員の全員だったか?」
「ハイ、そうです」
「合わせたら40人くらいになるけど、大丈夫なのか?」
タクミの懸念はもっともだ。
何しろ選ばれるのはたったの5人。
「それは大丈夫だって。あ、昨日向こうで『世界』に色々聞いてきてるよ。それを話すのも今日会う理由ね」
トモエさんがそう言って、細くきれいな人差し指を立てる。
手の向こうの表情も合わさって、まるでCMの1シーンを見るようだ。
こういうサービスシーンは、ハルカさんにも玲奈にもないところだ。
自分が見られる存在だって事をよく分かっている。
「そ、それで、何を聞いてるんですか? ボクの出現方法とかでしょうか?」
タクミが珍しくどもる。
シズさんに憧れてただけに、そっくりなトモエさんにも反応してしまったんだろう。
内心少しだけ同情する。
「えっと、このまま私が言って良い?」
「『世界』に頼むのは私になるが、どっちが言っても同じだろ」
「と、シズから許可もいただいたので発表しまーす」
そう前置きして、楽しげに紹介していく。
シズさんだと淡々と説明口調になるだろうから、トモエさんの方が聞いてて楽しいのだけど、真面目には聞き辛い。
「まず、向こうの朝一にお願いするよ。
だから、目覚めはいつもと変わらないくらいの予定。ただし、シズが起きられる時間になるだろうから、朝遅めくらいに思ってて」
「次、ショウは、体があるから願いが届いた時点でその場で目覚めるって。誰が枕元にいるのかは、目覚めた時のお楽しみって事で」
「タクミ君は、一度前兆夢クリアしているから、神々の塔の中で依り代も作ってもらって、その場で目覚めるよ。目が覚めたら、私達が周りにいると思うから」
「その他の人達は、前兆夢からスタート。取り敢えず、あの場の知ってる人で行きたい人全員をエントリーさせるけど、出現できるかどうかはその人次第。多分だけど、出現できる確率は相当低いね。
それと前兆夢の期間で出現時期が左右されるから、ノヴァの辺りに他の『ダブル』と同じように出現させるんだって」
「あと、タクミ君とその他の前兆夢を抜けいる人は、出現時のショウと同じように、最大限能力と技術は与えてくれるってさ。だから、Bランクくらいの魔力と能力、それに何かのユニークが初期特典で付くよ。凄いよね。って、こんなとこ?」
「うん。あと、エルフ化の願いは、期間ギリギリに行うそうだ。なんでも、偶然近くをツーリング中の飛行職の集団が急行中で、間に合うかもしれないらしい」
シズさんが別件の追加をしたけど、トモエさんの最後の説明がスルーできる事じゃなかった。
「あの、オレと同じって、何ですそれ?」
「あっ、どうする、話す?」
「言った以上話す方が良いだろ。本当は、ハルカから聞くのが真っ当かもしれないが、私が実質的な当事者になるし、私が話そう」
「お兄ちゃんは、私の出現に巻き込まれたんじゃないんだってさ。つまんねー」
シズさんが当事者という事は、魔女化とオレの出現が関係あるという事だろう。
加えて、シズさんが話し出す前に悠里にまで言われてしまった。しかも、ムッチャ面白くなさそうなコメントが、地味にムカつく。
「今ので多少理解できたと思うが、『魔女の亡霊』に乗っ取られていた頃の私は、イレギュラーもいいところだっただろ。だから、『世界』は何とか解決したかったそうだ。
そこでウルズの周りに、多少強引に『魔女の亡霊』を倒せるユニークである魔力相殺の力を与えた「客人」を週一くらいのペースでこちらもイレギュラーに呼んでたんだ」
そこで言葉を一度切る。
「しかし呼んだ「客人」は、すぐにリタイアしてばかり。何しろ、前兆夢なしの緊急召喚だからな。
そして4ヶ月近く経って、ようやく成功したのがショウだったというわけだ」
「良かったね。『神々』から選ばれて召喚されたんだよ」
トモエさんのウィンク付きのコメントだ。
「いや、今の話だと無作為でしょ? けどまあ、強引でも呼ばれたお陰でみんなにも出会えたんだから文句はないですよ」
「おっ、大人だねえ」
トモエさんのツッコミが厳しいので、肩でも竦めようかと思ったけど、出たのは苦笑いだった。
ラノベの主人公のようにはいかないものだ。
けど、そのやり取りに感心している者がいた。タクミだ。
「ショウには、普通の『ダブル』の適性が無かったのに生き残れたって、素直に感心するよ」
「ハルカさんのお陰だよ。実際、初っ端でドロップアウトどころか、ゲームオーバーだったし」
ハルカさんのお陰と言葉にしつつも、玲奈に視線を向けて目だけで謝罪する。伝わっていれば良いと思ったけど、玲奈は軽く頷いてくれた。
こういうのはやっぱり嬉しいところだ。
「まあ、ショウは置いとくとして、ボクや新しく呼ばれる人達も、ショウみたいに早く成長できるんですか?」
「難しいだろうな。ショウの壊れ成長ぷりは、強い魔物、濃い魔力に何度も遭遇した結果だ。それに成長速度なら、魔物の多い場所にいた悠里ちゃんも、魔力は少し少ない程度でそれほど変わりないからな。
ただし、出現してすぐは魔力総量が増えやすいから、そのお陰というのは確実にあるだろう。タクミ君も、短期間で鍛えるならこれからの邪神大陸がオススメだ」
「分かりました。考えておきます」
「まあ、向こうに出てから考えたら良いんじゃないか。それにしても、復帰直前にオレの出現理由が分かるって、これ何のフラグ?」
自分で振っといて何だけど、我ながらこの言葉こそがフラグだ。トモエさん以外が苦笑してる。
「向こうで聞けば半ば笑い話で済みそうだが、今聞くと復活の失敗フラグにしか思えないな」
「シズさん、不吉な事言わないで下さい。明日は頼みますよ」
「冗談だよ。それに任せてくれ。でないと、ハルカに顔向けできないしな」
そう言って軽く肩を竦めるシズさんだったけど、目は真剣そのものだ。
その後はほぼ雑談になり、シズさんの車に送られてタクミを先に降ろし、一旦玲奈の家まで戻る。
後は悠里と一緒に自転車で帰宅だ。
「じゃあ、また明日? いや今晩? これってどっちなの? 今だに悩むんだよね」
「その時思った方で良いと思いますよ」
オレがそう答えると、ニカッと笑みを浮かべ「そっか」とだけ答えた。
「そうだな。それじゃあ、次は向こうで会おう」
そう残してシズさんの車が去って行った。
そして3人残されたけど、横を向くと隣の玲奈がオレへ体ごと顔を向けて、そしていつも通り少しだけ上を向く。
でないとちっこい玲奈は、オレの胸辺りを見ることになってしまう。
「明日、向こうで何があったか教えてね」
「うん。必ず」
「他にも言う事あるだろ」
「いいよ、悠里ちゃん。分かってるから」
玲奈の言葉に「でも」と妹様が食い下がるも、オレ的にはあまり言葉は必要ないと思っている。
言葉が沢山必要になるのは、ハルカさんと3人で会う時だ。
けど、別れてからの帰り道でも、妹様には色々ネチネチと言われてしまった。
それでも最後には「じゃあ、向こうで」と言って、自分の部屋へと消えて行った。
(オレに出来るのは、しっかり熟睡する事だけだよな)
そんな事を思いつつ捗らない宿題を前にしていると、スマホからのコール。
時間は9時半手前。もうすぐ、病院の消灯時間だ。
そう思いつつ画面を軽く操作すると、オレ個人にハルカさんからのメッセージがあった。
《明日、起きなかったら承知しないから》
その言葉に《じゃあ、起こしてくれよ》とすぐに返す。そうすると、10秒もせずに《分かった》とだけ返事。
これでオレの残りカス程度の心の懸念が無くなるのを感じた。
だから《次は向こうで》とだけ返す。
もう返事はないけど、メッセージのやりとりだとキリがないし、これで十分だ。
おかげで憂いなく、熟睡できると言うものだ。
そうしてオレの部屋で少し早めに眠りにつき、再び意識が覚醒してくると、右の頬に微妙な痛みとも言えない感覚。
しかし凄く馴染みのある感覚。
その上後頭部辺り、なんとも言えない温かみと柔らかさを、良い匂いと共に感じる。
だからしばらく、その幸せな状態に浸る事にした。
「……いい加減、目を開けなさいよ」
どのくらい経ったのか、頭の上から非難がましい声。
聞き覚えどころか間違える筈もない声。
ご褒美は終わりらしいので、ゆっくりと瞼を開ける。
そうすると、部屋に入る陽射しで少し眩しい中に、上下逆さな彼女の、ハルカさんの顔があった。
声からしたらジト目か御機嫌斜めな表情かと思ったけど、柔らかい笑みを浮かべている。
「良かった、気が付いた。ねえ、私の声聞こえてる。ここがどこか分かる。これ、幾つ?」
「ピースサイン」
「違うわ。勝利のVサインよ」
出会った時の遣り取りに一言加わった言葉が、その日の朝の挨拶だった。
そう、勝利で一つの冒険が幕を閉じたのだ。
了
_____________________
本編はこれにて幕となります。
あともう少し、エピローグとおまけ「この世界について」が数話ずつ続きます。
もう少し、お付き合いください。
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