第120話「レベルアップ確認?(1)」
とある街での逃走劇から、少し日を遡る。
オレ達は、旧ノール王国の王都ウルズでの戦いの後、しばらく友人の邸宅で休養を取ることにした。
特にウルズでの戦いの後2、3日は疲れが強かったし、シズさんは新しい体を慣らすのに意外に苦労していた。
また、特にシズさんには、互いの事情など話をしておかなければならない事も沢山あったからだ。
さらに、文字どおり裸一貫状態のシズさんの衣服など、諸々を揃えなければならない。
それにオレは、ハルカさんの治癒魔法を何度もかけてもらっても、戦闘で体がガタガタだったので静養を言い渡されていた。
もっとも、オレの体は随分頑丈にできているらしく、翌日には十分活動を再開できそうだったが、それでも丸一日はベッドに寝かされ、半ば放置されていた。
まあ、現実世界での終業式も迫っているので、活動再開してネタの一つでも欲しいところだ。
「それにしても呆れた頑丈さよね」
そしてあれから5日後、本日一度目の回復魔法をかけてくれたあと、朝食中のハルカさんの第一声がそれだった。
「付き合い長いハルカさんでも呆れるくらいなんだ」
「出会った初日にやられてた時もそうだったけど、正直この回復力はチートに思えるわ。翌朝にはピンピンしてたんだもの」
「本当にチートなら、即全回復くらいしそうだがな」
「そんな人いるんですか?」
シズさんの言葉につい反応してしまうが、オレへの全員の視線が痛い感じだ。
「いるわけないだろう。生物なら最上位の存在でも無理だろうな」
「治癒魔法は色々な事ができるけど、聖人の使う第五列(フィフス・スペル)でも『ダブル』が作った特列(スペシャル・スペル)でも即全回復はまず無理ね。
あえてゲーム的に言えば、ライフは魔法ですぐに回復できるけど、スタミナは自然回復を待つってイメージかしら。移譲や略奪する魔法もあるけど、一時的なのよね」
「なるほど。ソレ分かりやすいね」
ゲームっぽいけど、確かに分かりやすい例えだ。
「流れ出た血とかもスタミナ扱いか?」
「血も生贄を用意しておけば、第四列(フォース・スペル)に回復できる魔法があるわよ」
言葉とともに、ハルカさんがグサリとフォークで肉を突き刺す。
「生贄で回復ってのも、ちょっとゾッとしないな」
「生贄は食用の生肉状態くらいでもいいから、そうでもなわよ。ご飯食べる代わりに魔法の材料に使う感じかしら」
「ハルカさん、その魔法使えるの?」
「まだ勉強中、というか後回し中。急を要するほど血を失い過ぎた人の場所に、都合よく生贄が揃うって事が珍しいから」
「確か生贄は生きている場合が一番で、乾燥肉や加工肉ではダメだったか?」
シズさんが、フォークで刺したソーセージを目線まで持ってきながら話す。
するとハルカさんが、ワインを入れたガラス製のグラスを手に持つ。
ガラス食器が普通にあるという点で、お世話になっている友人、アクセルさんの家が確かにお金持ちだと実感させられる。
「ええ、そうよ。他に術者を含めて他の人間の血肉を利用する、身を切る方法も使えなくはないけど、大量に血が要る場合は最悪共倒れになるから、普通する人いないわね。大きな神殿だと、生贄用の家畜を飼ってるくらいよ」
「治癒魔法も大変だな」
「そうよ。だから、ぽんぽん怪我しないでね」
「「「はーい」」」
その日の朝食を食べながら、自然とそんな会話になった。
そして念のため、オレは今日も静養を言い渡されている。
とはいえ何もしないのも体には良くないだろうと、新しく手にいれた剣の慣らし程度を行う事にしている。
元気になったら、できるだけ早く発見されたオレの魔力相殺の能力見極めを行う事になっている。
そして活動再開だが、今日の予定はボクっ娘が保護している飛龍を『帝国』に返す準備だ。
その準備は『帝国』が商館を置いている場所に、手紙を届けるところから始まる。
いきなり持って行ったら怪しまれるし、受け入れる側の準備も必要になるからだ。
そして手紙はすでに準備してあるので、ボクっ娘が神殿の「伝書士」の仕事ついでに届けに行く予定だ。
そのことは、昨日の時点でランドールの神殿に伝えて、今日運ぶ他の手紙や荷物なども近隣から集めて用意されている予定だった。
さらにボクっ娘は、近隣の大きな神殿の書類の集積地を巡り、数日間は本人がバイトと言った郵便屋さんに精を出すらしい。
他は、ハルカさんは神殿への提出書類を作るための事務仕事だ。
あまりに多くの報告がある上に、今までの分が溜まっているので悲鳴をあげんばかりだった。けど、こっちでの事務仕事に手馴れていたシズさんが手伝ったので、なんとかなりそうだった。
そのシズさんは、『帝国』兵から得たもので戦闘用の装備は揃えられたが、衣服や普通の装備が少ないので、アクセルさんの屋敷の人に色々と準備してもらっている最中だった。
特に、尻尾が5本もあるので衣服のお尻というか尾てい骨の辺りを特別に仕立て直さなくてはならず、これが意外に手間取っていた。
足首まで覆うローブやロングのワンピース状のものだと尻尾ごと覆えなくはないが、その下に何も着ないというわけにもいかない。
「下着は際どいものになるぞ」と、敢えてオレに向けて楽しそうに話していた。
しかしこの世界の下着は、農民だとほぼなし。中流以上だと、男が褌みたいな簡素なもので、女性のものは見た目がズロースだ。
『ダブル』が持ち込んだシルクの際どい下着は、風俗産業くらいでしか広まっていないらしい。
ちなみに獣人自体は、この世界では独自の国や居住地域を持っていたりと、それなりに有力な種族の一つだが、人とは関係が良いとは言えない。
国や地域によっては、敵対的だったり魔物扱いしているところもある。
獣人奴隷、なんてものも見かけることがあるらしい。
このあたりは「異世界あるある」と似ているが、少しでも姿が違うものを嫌悪するのは人間の本能なのかもしれない。
だからではないが、人の領域を移動する時のためフード付きのマントなども必要になる。
そうして平穏な1日を過ごしていると、夕食前にはボクっ娘が戻ってきた。
ハルカさんの報告書なども予定より早く進んでいた。
また予想していなかったが、ウルズ近郊の神殿にいるアクセルさんの伝言を預かった人が早馬でランドールに来ていた。
「アクセル卿からの伝言は確かに承りました。この場で返答は行わず、明日朝に疾風の騎士に返事を頼むか、私も共に向かうこととします。ご苦労様でした」
「ハッ。神殿巡察官様、ご配慮感謝いたします。それでは主人よりの件、宜しくお願い申しあげます」
そう言って使者は下がらせたが、もたらされた内容は少し問題だった。
「で、ドースルー?」
「そうよね。レナの方も問題よね」
「ドラゴン返すの3日後だから、実質後回しでいいんじゃないのか?」
「そうだな、まずはアクセルの方を少しでも片付けるべきだろう」
問題となっているのは、『帝国』から指定された飛龍返還の日時指定と、アクセルさんの求めに応える時間との擦り合わせだった。
『帝国』は、ボクっ娘が手紙を持っていったら、その場で返答があった。そして3日後に、手紙を持って行った先でもある自由都市ハーケンまで持ってきて欲しいと要請された。
それだけなら問題もなかったのだが、アクセルさんから旧ノール王国の王都近辺に凶暴な魔物が出現して苦戦中なので、治癒の支援だけでも来て欲しいとのことだった。
どうやら、王都ウルズの魔女から吹き出して拡散した悪性の澱んだ魔力の影響で、多数の凶暴な魔物が新たに発生しているらしかったら。
「そうだね。みんなもあの戦いで魔力稼いでもっと強くなってるし、オープンフィールドならヴァイスも戦えるから、そんなに苦戦しないんじゃないかな」
「それで済めばいいけど、念のため遅れるかもっていう知らせは『帝国』に出しとくべきだと思うわ。巨鷹(おおたか)の便が明日ここにも寄る筈だから、それに乗せましょう」
「そうだな、こちらの善意とはいえ、国相手だから礼は尽くしておく方が無難だろう」
「けど、シズさんは、この辺りではあんまり表に出ない方がいいですよね」
シズさんと『魔女フレイア』は人と獣人の違いはあるけど、ベースがシズさんだから見た目が似ている筈だ。シズさんも軽くうなずく。
「そうだな。しかし人と獣人の違いを、幻術など魔法で騙したりはできない。したところで、すぐに見破られる。だから似ていると言っても、種族の違いから疑われることはないだろう。この点はクロに感謝だな」
「けど、変に勘ぐる人はいるかも」
「常にフードを深く被っておきましょう。人の世界で獣人が差別されるって言い訳でいけるし」
「あと濃いめにメイクでもしておくよ。意外に印象が変わるものだからな」
「他に何かあるか?」
オレの言葉に全員が首を横に振る。
「それじゃ、明日朝ヴァイスに乗ってみんなでアクセルさんとこに行こう」
「リョーカイ。『帝国』への手紙は私が書くわ。神殿巡察官の名を出しておけば、少しは効果もあるでしょうし」
「宜しくお願いしまーす」
それで話は決まり、明日空路でアクセルさんたちの援軍に向かうことに決まった。
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