第117話「一件落着?(1)」
「そういや、寝たら現実に戻るんだよな」
二日酔いを覚悟して目覚めると、いつもの見知った天井だった。
『アナザー・スカイ』と現実世界の行き来は一ヶ月半経ったが、未だに朝のギャップには違和感を感じる時がある。
特に今朝は、違和感が大きかった。
あちらでは生死を賭けて戦い、仲間達と喜怒哀楽を共にしたが、現実のオレは平凡極まりない高校生に過ぎない。
こっちでは、厨二病的な超絶能力で大立ち回りどころか、ゴブリンを倒す力もないだろう。
日課となっていた向こうでの記録をしながらも、何か悶々としたものが心の片隅に渦巻いていた。
「夏休みから塾とバイトの両方行きたいと思ってるんだけど、いいかな」
朝飯を食べながらそんな事を口にしてしまった。
マイマザーは「ショウの好きにしたら。あ、けど、塾は安いところにしてね」と意外という以上に肯定的だった。
家を出る直前だった父さんも「バイトは夏休みだけか。学校に差し障りない程度にしとけ」とお許しをくれた。
けど、何より衝撃的だったのは、我が妹の悠里だった。
「お兄ちゃん、なにその積極姿勢? 最近ヘンすぎ」
(今なんて言いました、妹様。お兄ちゃんですと?)
そのフレーズを聴いたのは、もう遠い過去の記憶の彼方のため、思わずお箸を落としそうになった。
「……何こっち見てんだよ。キモっ!」
思わず妹をガン見してしまったらしい。
けどなあ妹よ、その言葉を待っていた。オレにはその言葉と、現実世界での平常運転が似合っている。
そして現実でのオレ自身の生活は、あっちと違い学校も相変わらずだ。
しかし、教室に入ると普通に挨拶するようになったのは、オレ的には大きな前進だと思う。
「おはようレナ」
もちろん、この挨拶も忘れない。
この挨拶をした最初の日にはかなりの緊張を強いられたが、もうクラスの連中はこちらを見たりしない。
旧グループの陰キャ勢からの、羨ましさを含めた裏切り者を見る消極的な目線が若干残っているだけだ。
「おはようショウ君。今日は部室行くの?」
「ちょっと事件が多すぎてオレの中でまとまってないけど、来いってタクミがうるさいんだよなあ」
「私も続き聞きたい」
教室でのどもりはまだ完全には直らないが、かなり積極的になっている。
この期待には、男の子としては応えねばならないだろう。
「じゃ、放課後一緒に行こうか」
「うん」とはにかむ笑顔は、かなりの進歩だ。
もっとも、オレが離れた直後に『いじり』と人様の恋愛ごとが大好きなクラスメイトの餌食になっている。
今までクラスで孤立というか孤高ぎみだったので、どこかの女子グループに明確に属していなかったのが逆に幸いして、ようやく特定の女子グループに入れたと見ていいのだろう。
いじっている派手目の女子も悪いヤツじゃないみたいだし、案外仲良くやっているようだから、そのまま放っといた。
むしろオレの方が、彼女持ちになったと見られた事で、今までの内向的な男子グループから敬遠され気味なのは問題かもしれない。
まあ、気にしても仕方無いけど。
そして放課後、運悪く日直当番を終えて文芸部の部室に行くと、既にかなりの人口密度だった。
タクミやレナから週末の情報が回ったのだろう。
部室の片隅から、天沢のやや済まなさそうな目線が向けれている。
「遅ーい! みんな待ってたんだぞ。で、どうだった?」
「えーっと、何回か死にかけた」
オレはタクミにそう答え、軽くサムズアップする。
そして「おーっ」というため息の中、タクミとグータッチすると、すぐにヘッドロックをかけてくる。
「あー、いいなぁ。ボクも『アナザー・スカイ』行きたい!」
「じゃあ、ストレス溜めまくれよ。そういう説も有力だろ」
「ショウなんて、ストレスないじゃん。狡いぞ」
「狡くない。それに死にかけたりして、いいことないぞ」
「いや、いいことだらけだ。女の子はべらせて勇者気取りだろ」
周りの目も気になるので、その不穏当な言葉には断固として反論しないといけない。
「成り行きだし、半分は男の人だし、勇者っぽいのは向こうの人だ。それにあっちの連れは、ロクに素性も知らないんだぞ。オンラインゲーの方が、まだ互いの情報交換するって」
「いやいや、今日こそは根ほり葉ほり攻めてやる」
「勘弁してくれ。個人情報の侵害だぞ」
オレは悲鳴をあげたが、タクミばかりか周囲十数名の目線が話せと言っていた。
そしてその後、買い込んできた昼食を食べつつ話をしたのだけど、話す事、聞かれる事が多くて何とか部室を開放されたのは夕方近かった。
「悪いな、待っててもらったみたいで」
「ウウン。それに凄く面白かったよ。ワクワクした」
「レナが体験したんじゃないぞ、入り込みすぎだろ。けど、みんな流石に全部は信じないよな」
「ウウン。ショウ君はウソ言ってないよ。私分かるから」
「ありがとな。まあ、『アナザー・スカイ』の事だとそのうちメッキが剥がれるから、確かにウソは言いにくいよな。ネットでも時たま炎上してるし」
天沢の妙に確信じみた言葉は、彼女の二重人格、彼女の中にいるであろうボクっ娘が言わせたものなのだろうか。
そもそも天沢は、二重人格の振りをしているだけなのかもしれないが、天沢自身から何かを言わない限り聞く話でもないだろう。
もっとも、目の前の天沢には全く表裏があるようには見えないのだから、オレ的には今のままでもいいと思っている。
「これから、あっちではどうするの?」
何となくボクっ娘の姿が重なるように無邪気に聞いてくる。
「そうだな。体もガタガタだし、しばらく何もしないと思うから、退屈になると思うなあ。にしても、オレあっちで動きっぱなしだったよなあ。現実だと、あんなのあり得ないよ」
「ホントだね、大きな鳥の背中に乗って空飛んだりとか、ファンタジーっぽいよね」
「おう、アレは貴重な体験だぞ」
そんな事を話しつつ下校を楽しみ、そしてその日は静かに寝る時間を待った。
そう、活動をしばらくお休みするにしても、まだハルカさんに伝えたいことがあった。
これを言うまでは、オレの今回の『冒険』の幕は降りないのだ。
夜、いや次の日。『アナザー・スカイ』での目覚めは、予想通り最悪だった。
こちらでは獣人に生まれ変わったシズさんは酒豪で、狐人じゃなくて蛇人かと思うほどだ。
それに病み上がり以下の体で対向したのが、そもそもの間違いだったのだ。
「うっ、頭痛い。ハルカさぁん、治す魔法とかないかなぁ」
静かに散らかった部屋の片付けをしているハルカさんを視界に捉えたオレは、起き抜け一番うめいた。
一応言っておくが、二人きりの夜を一つ屋根の下、一つのベッドの中などという、大人向けのドラマのような朝を迎えたわけではない。
同じ部屋には、ボクっ娘もシズさんも一緒に寝ていた。
もちろんだけど、エロい事も、いかがわしい事もない。
ここは昨夜の宴会場で、惨状が今だに広がっている。それを、みんなより早く起きたハルカさんが、静かに片付けているに過ぎない。
両手に持っていた食器の山をコトリと置いて、両手を腰に軽く当てる。
「解毒魔法や耐性魔法なら有効よ」
「マジあるんだ。すごいな魔法」
「ハイハイ、けどそんな魔法は簡単には使わないわよ。井戸で顔でも洗ったてきたら。それとも小川に行けば。雪解け水で気持ちいいわよ」
半目に近い表情な上に、手を軽くヒラヒラさせるぞんざいさだ。
しかし、だ。
「ううっ、そうする。頭冷やしてくる」
「あ、待って。私も一緒に行く。顔洗いたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます