第115話「レベルアップ?(1)」
ボクっ娘の見事な跳躍を見ていると、その気になれば一飛びで10メートル以上飛べそうな余裕すら感じる。
それを見ながら、レンさんが何となくつぶやく。
「ヤバい身軽さだな」
「空を飛ぶシュツルム・リッターだからじゃないんですか?」
「よほどのハイレベルなのかもなー。それよりサキ、さっきから無口だけど大丈夫か?」
「全然。ねえハルカさん、ここ魔力濃すぎないですか?」
そういえば、降りてきてからサキさんは全然喋ってなかった。よく見ると、顔色もあまり良くない。
そうして見渡すと、マリアさんもあまり顔色が良くないように思えるし、降りてきてからあまり話をしていない。
オレ達と話していたのは、テンションが高いジョージさんとレンさんばかりだった。
で、聞かれたハルカさんは、おとがいに指を当てて顔を少し上げて周囲をゆっくりと見渡す。
「これでも随分薄くわなったわよ。ここにゴーレムや魔女の本体がいた時なんて、それは酷かったもの」
「これで薄いって……冗談でしょう」
「マリも濃いと思うのかぁ。天井に大穴あいて魔女が消えてから、曇り空が晴れるみたいに薄くなったんだけどね」
マリアさんの表情が、驚きから呆れへと変化していく。
「よくそんなところで戦闘できたわね」
「それがね、魔力の濃さを見誤って『轟爆陣』が予想より大爆発して、ショウも一緒に吹き飛ばしたかと思ったわ」
今は舌を出しておどけているけど、爆発直後の慌てぶりについて納得がいった。
「それであんなに慌ててたのか」
「ええ、もうビックリ」
「それにこれを見ろ」
なるべく話さないでいたシズさんが、魔石をみんなに見せる。
拾った時は魔力の枯渇で暗かったものが、揺らめく魔力の輝きが見えている。
それを見て、オレも自分の持っているやつも見てみたが、確かに魔力が充填されている。
「ゴーレム起動のために空になった筈の魔石が、もうかなり充填されている。ここの魔力が非常に濃い証しだ」
「オレら何ともないんですけど、どうしてですか?」
「普段から魔法を行使する者は、周囲の魔力量や濃度に敏感になりやすい。鈍感だと、何も理解出来ないまま魔人になる場合もあると言うな」
もっともな疑問に、シズさんが的確に答えてくれる。
マリアさん達が来てから言葉少なくしていたが、この特殊な状況を前に我慢できなくなってきた感じだ。
この国で研究していたというだけあって、よっぽど魔法に興味が強いんだろうと思える。
「キツネさん、詳しいですね」
「私も魔法を使うからな」
「そりゃ尻尾が5本もあったら、Aランクかそれ以上だもんなー」
「9本だったら妲己か玉藻御前だよな」
ようやく話し始めたシズさんに、ジョージさんとレンさんが即座に食いつく。
自分から話すのを待っていただけ紳士的かもしれないけど、興味津々なのは傍目てみても分かるほどだ。
素性がバレてもいけないので、すぐにもハルカさんがフォローに入る。
「はい、そこまで。まだあまり話せる状態じゃないの。……ゴメンなさいね、親しくなりたいだけなの」
「いや、問題ない」
シズさんは、そう言って被っているマントを深く被りなおす。
男二人組はシュンとしているが、反省よりも話す機会を絶たれたことへの落胆の方が大きいように思える。
それより、聞きたいことがあるので今の内だ。
「オレやアクセルさんがこの中でも平気なのは戦士職だから?」
「ボクも、少し気分は悪かったよ」
「そう言えば言ってましたね。オレ気づきもしなかった」
「ショウの場合、私が連れ回していたせいで体が魔物の魔力に慣れてるから、ってのもあると思うわ。私もそうだし」
「ハルカ、そんなにスパルタしてたの?」
マリアさんが半目でハルカさんを見る。
ハルカさんがいつもオレにしていることなので、たまにはオレの気持ちも解ってほしいところだ。
まあ、オレにとってはもはやご褒美だけど。
「鉄は熱いうちに打てって言うでしょ」
「それより体の魔力って単に吸収するだけじゃなくて、総量も増えるんですよね」
「サラっと流すなんて、ショウ君もタフね」
ハルカさんの言葉はどこか弁解する声色があるが、オレ自身は特に気になったことはないのでノープロブレムと思ったが、マリアさんは小さい溜息を感想として言葉を続けた。
「えっとね、ここで長時間過ごしたってことは、総量は大きく増えていると思うわ。これだけ魔力が濃い場所はそう滅多にないし、しかも短時間であふれた魔力だから、取り込める分は周囲の生き物に入り込んでいるわよ。人以外がいなくて良かったわね。下手をすれば魔物化して二次災害よ」
「人でも一気に吸収すると、酔うだけじゃなくて暴走したり魔人になったり、ひどい時は魔力に飲み込まれて人の形も崩れた化け物になりますよね」
「まあ今回は、濃くても自然吸収だから問題ないでしょう」
黙っているシズさん以外の魔法職のトリビアと解説は、かなり参考になりそうだ。いや、気をつけないといけない事だ。
しかしすぐ横での反応を見ていると、そうでもなさそうな気もする。
「いいなー。パワーレベリングどころじゃないぞ」
「ここに居るだけでランク上がりそうだよな」
「でもさ、俺らもそれなりに吸収できるんじゃね?」
「それって他人の経験値横取りしてるみたいだな」
マリアさんの解説に、ジョージさんたちが少し羨ましそうに茶々を入れる。
しかしマリアさんは冷静だった。
「私達もこれだけいれば、もう人が吸収する分はそれぞれに流れ込んでると思うし、私はここにあんまり長居したくないんですけど」
「そうね。私も同感。ねえハルカ、ここにまだ用はある?」
「もうないわ。よく考えたら、私達が上がった方がよかったわね」
サキさんの消極的言葉が引き上げの合図となったが、それから一日が終わるまでかなり忙しかった。
朝早くに出発して戦いが終わったのはまだ午前中だったが、念のためのモンスターの捜索と、一連の戦闘で死んだ者の埋葬と、ハルカさん中心に死者とアンデッドの慰霊をして、ボクっ娘がドラゴンの取りあえずの調教を施すと、王都を出る頃には午後を大きくまたいでいた。
高緯度地域なので大陽はまだ高いが、普通ならもう夕方ぐらいの時間だ。
「じゃあボクは一足先に神殿まで戻るけど、あとよろしくねー!」
「おー、神殿でなー」
来る時に馬を下りた街の郊外で、ドラゴンにまたがったボクっ娘が先に飛び立って行く。
シュツルム・リッターというけど、基本が召還、使役を生業とする職業なので、一時的に飛龍を手なづけて飛ばすくらいはわけないらしい。
残されたオレ達は、マリアさんの騎龍がちゃんと番をしていた馬たちに乗って、王都ウルズを後にする。
帰路は、アクセルさんの部下の人たちが道中確保していた事もあってか、拍子抜けするくらい何事もなく神殿まで帰り着けた。
それ以前に、王都での戦闘が終わってから、明らかに悪い雰囲気と言うか空気が軽くなっていた。
神殿のある廃村も雰囲気は少し明るくなっており、すでにボクっ娘が戻って状況を話していた事もあり、オレたちの帰りを沢山の人が出迎えてくれた。
魔物狩りをしている兵士と『ダブル』の一部も入ってきていたりと、人の数も増えていた。
あまりの歓迎ぶりに、ちょっとした凱旋気分だ。
とはいえ、このまま勝利の宴会と言うわけにもいかず、これからの事を考えないといけない。
神殿の一室を借りて、おそらく最後の話し合いとなった。仕切ったのは、今回の事情を知る唯一の現地人のアクセルさんだった。
「いいかな。ボクはこの後、この国の人間として動かなくてはならない」
「ここでお別れ、ですか」
「ルカたちは、今後もボクの屋敷は自由に使ってもらって全く構わないけど、ボクはしばらく領地には帰れないだろうね。この地、特に廃都ウルズの面倒をみないといけない。報告も送ったから、今後はアースガルズ王国の本国からさらに色々とやってくるしね」
「ノール王国はどうなるんですか?」
「既に進んでいる事だが、多くの地域がアースガルズ王国に編入されるだろう。西のノルド王国や南のランバルト王国、海を挟んだ大陸北部沿岸の国や都市国家にも戦争による多少の分配いくだろうけど、今回の件でアースガルズの取り分は大きく増えたことになるからね。
それとこの功績、つまり皆さんのおかげで、ボクは国からは高く評価される事になる筈だ」
要するに、アースガルズ王国視点で見れば、アクセルさんが滅びた後のノール王国の王都ウルズ鎮定の英雄になり、その仲間たちであるオレ達もおこぼれに与れるという事になるらしい。
見た目でもアクセルさんが一番勇者や英雄っぽいし、報酬だけもらえて国としての面倒ごとも引き受けてくれるというのなら、『ダブル』のオレたちにとって言うことなしという事にもなる。
「じゃあ、俺達のした事に対しても、ちょっとは期待してもいいんすか?」
「もちろん。出来る限りの報償は、ボクの方からも陛下にお願い申し上げるよ」
ジョージさんたちが、小さくガッツポーズをする。
ただ滅びたノール王国の話なので、シズさんは被害者の獣人として別室で待機しているのが救いだ。
このためオレたちの反応は微妙にならざるをえない。
全員の反応を見てアクセルさんが続ける。
「それで皆さんは、これからどうされるのかな」
「私達は、他の仲間が魔物狩りを続けているから、同じようにする予定。特に予定もないから、最大で一ヶ月程度はいけるわね」
「力を持つ皆さんをそこまで雇用する余裕があるかは断言できませんが、協力には深く感謝します」
そして視線が、自然とオレ達3人に向く。
「ボクは形だけでも神殿のお雇いになってるから、一度どこか報告出来る神殿に行かないといけないかな」
「私もそうね」
「となると、従者のオレに選択肢はないなあ」
「宮使えは悲しいねえ」
オレとジョージさんの冗談まじりの言葉で空気は和んだけど、これで方針は決まったに等しい。全員納得顔だ。
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