第10話「次の日(2)」

(そりゃ、やり甲斐がなければやる気もなくすよな)


「じゃあ、たいてい一人?」


「それ、私がボッチだって言いたいわけ?」


「そうじゃないけど、実際今一人だし」


 ハルカさんが少しムッとするが、すぐに表情を緩める。


「……はぁ。まぁ、確かにね。けど、今この辺りの神殿は人手不足なのよ」


「神殿?」


「そ。私、神殿に所属してるの」


 今度は少し自慢げ。ちょっとドヤ顔だ。


「『ダブル』って、こっちの人間の組織に所属するの難しいって話があるけど、違うんだな」


「違わないわよ。けど、力のある治癒職が希少ってのは、こっちの世界共通なの。それに私には、現代の医療知識も多少はあるしね」


「ああ、そんな話も書いてたな。現代の医療知識や薬を『ダブル』が普及させているって」


「残念ながら普及にはほど遠いわね。下手に治療法や公衆衛生、それに薬を普及させようとすると既得権益ってやつが邪魔してくるし、こっちの世界の人は迷信深いし。逆に治癒魔法の使い手なら無条件で歓迎ね」


 そう言って、着ている上着を指差す。

 その服の前と後ろのそれぞれ目立つ場所に、光りの輝きを意匠化したような神殿の紋章が縫いこまれている。9つの神様を表現するので、頂点が9つある星のようだ。

 ちょうど細いベンツマークを三つ重ねた感じだ。

 それと後で気づいたが、移動中などにさらに上に羽織るフード付きマントの背中にも大きく描かれていた。


「やっぱり神殿の服だったんだ」


「そうよ。魔糸を織って魔法を織り込んだ特別製の法衣。で、これが神殿巡察官の証で、これが聖印」


 今度は、上着の胸に留められている勲章のような金属片を指差す。

 さらに首元をまさぐって、首に掛けている金属製の円盤状の聖印を見せる。階級などは分からないが、正式に神殿に属している者の証だ。

 まとめサイトの再現イラスト通りだった。


「確か白の服は、けっこう偉かったりするんだよな?」


「それなりにね。正直、神殿もけっこう面倒くさい組織よ」


「それなのに、わざわざ属してるんだ」


「それなりに恩恵もあるし、こっちの人からの信頼度は絶大だから」


 どのくらい偉いのとか、こっちの住人の心理とか全然分からないので、「へーっ」としか返せない。

 オレは間抜けな顔をしていたんだろう。彼女がオレの顔を少し覗き込む。


「やっぱり、普通の事を最低限説明しましょうか? こんな辺境で私から離れたら、絶対のたれ死ぬわよ」


 その言葉に頭をかいて乾いた笑いをするしかない。

 彼女もニヤリといい笑顔で肯定的のようだ。


「じゃあ、決まりね。取りあえず移動の準備するから手伝って。移動中はどうせ暇だし、順に話していくわ」


「よろしくお願いしまーす」


 オレが頭を上げると出発となった。

 広げていた荷物を指示されるままに片付けている間に、彼女は手際よく馬に鞍や荷物をつけていく。


「大きい馬だな。北海道で見た足の太いやつとは少し違うみたいだけど」


「こっちのお馬さんだもの当然でしょ。それとこの子はレディよ。言葉には気をつけてね」


「りょーかい。で、名前は? というか、ハルカさんの馬?」


「名前は特に無し。神殿のものよ。買うには相応に高いし、白は神殿の象徴色だから」


 なお、彼女の乗馬は「ハイホース」という体内に魔力を有する馬で、見た目、性質とも普通の馬だけど、非常に強靭で力強かった。

 普通の馬の数倍の跳躍力を持ったり、かなりの速度で駆ける事もできる。高さ5メートルぐらいの障害も楽々乗り越えられるそうだ。


 ただ速すぎて、馬車を引くには向いていない。馬車が痛みやすいからだ。

 馬格も馬としては大きめなので、二人乗りした上で荷物を載せても平気な顔をしていた。


 とはいえハイホースは魔物とは扱われず、生き物としては魔法の使える人と同じような分類に分けられている。


 なお、騎乗できる魔物系の獣や家畜は、騎獣(ライディング・ビースト)と言われる。

 魔物の馬は、空を飛ぶ馬やお約束の角のある馬や足の多い馬などもいるが、大半は家畜として人工繁殖はできず、飼いならすのに手間がかかるので高値で取引される。

 騎獣狩りという職業まであるほどだ。


 もっとも、空を飛ぶ魔物までが騎乗できる生き物として活用されている世界なので、地面を走るだけの馬の価値はオレたちの古い時代ほど高くはないらしい。

 またお約束ファンタジー世界のように、騎獣にはドラゴンの亜種という騎龍やダチョウタイプの大型の鳥も、地域によっては生息、飼育されているそうだ。


「けど、馬は馬だなぁ」


 獣臭さと馬糞の臭いには慣れるしかなさそうだ。


「レディに失礼なこと言わないの」



 準備を終えると、しばらくは馬には乗らず徒歩で森の中を進む。

 ハルカさんが馬の手綱を握っているが、オレは手ぶらなのでなんだか申し訳ない。

 もっとも彼女は気にした風はない。言葉も気軽そのものだ。


「そういえば、昨日の夜は最初からこの森の中にいたの?」


「いや、最初に目覚めたのは、あそこから少し離れた原っぱだった。あっちの山の方で、見晴らしもけっこう良かったな」


「で、浮かれ気分でぶらぶら歩いているうちに森に入ったあげく、矮鬼の群れに目を付けられたってところ? それとも自分から挑発したの?」


「気づいたら奴らに目を付けられた、で正解だと思う。それに巣穴とかは見てないし」


 オレの言葉に彼女が首を傾げる。


「あいつら、別に巣穴なんて持たないわよ。澱んだ魔力の溜まった窪みや穴とかで発生して、しばらく洞窟とかに滞在することは多いみたいだけど」


「そうなのか? 定住しないのか」


「この辺りは一応人の領域だし、森も深くはないもの。もっと奥地だと別だけど」


「じゃあ、オスだけで狩りでもしてて、目を付けられたのかなぁ」


「やつらに性別はないでしょ」


 そんな事も知らないの? な目線を向けてくる。


「え、じゃあ、どうやってって……。という事は、あそこのサイトの情報が正しいのか」


「自己解決した? あいつらは洞窟や沼とかの魔力溜まりとかの澱みから、文字通り湧いてくるのよ。湧いてくる途中は結構グロよ。しかも時間が経つと、出世魚みたいに上位種に変化していくし。

 ……別の異世界から召還されてくる説もあるけど、あれは違うわね。だからオスメスどころか無性で、年齢差もほとんどないし」


「確か、人や亜人以外の人型の魔物は、魔界の住人説だっけ?」


「そうね。けど、魔界とやらから来るっていう人型の知能の高い魔物、まあ要するに悪魔には滅多に出会えないわよ。それに魔界があるのかも怪しいしものね。お話みたいに、魔法陣で召喚とかもできないし。

 矮鬼とかは、こっちの世界の何かしらの思念と澱んだ魔力が合わさって生み出されたもの、ってのが定説よね。実験している物好きもいるくらいよ」


 神殿に属しているだけあってか、かなりの博識っぽい。

 そんな事を思っていると、ハルカさんがこっちに目線を向ける。


「ねえ、こっちのモンスターになる魔物や獣って、どれくらい知ってる。対処法とか予習してきてる。ていうか、そもそも昨日が前兆夢なしの初日だったら、戦闘訓練もしてないわよね」


 矢継ぎ早の質問というか詰問に近い。

 表情や態度から親切心かららしいが、俄にチュートリアルが始まりそうだ。

 そして彼女の言葉に、オレは首を横と縦に順番に振るしかない。


「まとめサイトとか色々情報は漁ってみたけど、確証のない話ばっかりで……」


「そうよねぇ。あっちの情報って嘘多いわよね。……じゃあ、最低限教えていくわね」


「改めてよろしくお願いします、先生」


 そう言って軽く頭をさげる。


「よろしい、フォロー・ミー」


 歯を見せてニコリと笑うハルカさんの笑みが印象的だった。

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