第6話「現実の朝(2)」

 いつもなら、まだベッドでゴロゴロしていたいぐらいだけど、そうも言ってられない。

 オレは今この瞬間から、『アナザー・スカイ』での記録を付けようと思ったからだ。


 最初は、ベッドに寝転びながらスマートフォンのメモか何かに記録を書こうかと思ったが、記録を持ち運んだりするのも少し気が引けたので、別の記録媒体を使おうと思った。

 かといって新品ノートのストックもない。


 そこでオレは、机に置かれているノートパソコンを立ち上げた。


 高校合格の祝いに、親から学習用としてノートパソコンを買ってもらったもので、それまでの練習や学校の授業などでタイピングも一応マスターしていたのだけど、ようやく多少はまともな目的に使う事となったわけだ。

 『夢』の出来事とは言え、日記をつけるようなものだから。


 しかし、その朝は思いのほかのめり込んで書き込んでいたので、おかげでギリギリの登校時間となった。


 残念ながらと言うべきか、オレはオタク世界に氾濫するお気楽に異世界に転生や転移で旅立つ同類の多くと違う。

 また、ブラック企業勤めのオッサンでもなければ、ニートや引きこもりでもない。


 ごく普通の、いや、目立たない地味な高校生だ。

 だから、モブキャラよろしくその他大勢の一人として学校に向かわなくてはならない。


 そしていつも通り登校したが、その日の学校はあまり集中出来なかった。

 勉強に集中出来ないのはよくある事だけど、『夢』の事が気になって仕方なかったからだ。

 特に、昨夜の事が本当にただの夢だったらどうしようと思うと、頭に何も入らないほどだった。


 ただ少し慰めとなったのは、その日は体育があったのだけど、現実のオレと『夢』の向こうのオレとでは身体能力が違いすぎるという事に気づけたことだ。

 学力、運動能力共に目立つところがないのがオレだ。

 真ん中より少しは上とは思いたいが、努力しようという意思を持てないのだから、極端に悪くないだけマシだろう。


 そして学校の授業が終わると、その日は放課後特に予定もないのですぐに下校して家路を急いだ。

 高校に入って塾に行ったりバイトに精を出す生徒も少なくないので、こうした点でもオレは消極的な方だった。


 しかし今日は、早く帰るだけの理由があった。

 家に帰ると、そのまま部屋に閉じこもってノートパソコンに向き合うためだ。


(朝はあんまり書けなかったから、まだ覚えているうちに書けるだけ書いとかないとな)


 机に向かい熱心にタイピングをする姿は、第三者から見れば真剣に勉強でもしているように見えたかもしれない。

 余計な雑音があってはいけないと音楽聞いたりもしていなかったので、いっそう勉強でもしているように見えたかもしれない。

 まあ、家族は無断で部屋の扉を開けたりしないので、変な誤解も受ることもないだろうけど。


 記録が一段落した頃に夕食となり、食後はネットにも接続して、『アナザー・スカイ』関連のまとめサイトなどから情報を漁る。

 昼間も少しスマホで見ていたが、データの保存、管理がしやすいなどでパソコンの方が作業はし易いと思う。


 そして今までは、淡い羨望の目線で何となく見ていただけの情報だけど、これからは真剣に見ていかないといけない。


 もっとも、いざ探してみると、古いものを含めると非常に多くの情報があふれていた。

 古い情報だと20年も前に遡り、有名な大規模掲示板やそのまとめサイトなどは、今でも地味に更新が続いている。


 海外の情報サイトなども、特にアメリカなどはかなり盛況だ。SNS上にも、関連情報はそれなりに溢れている。

 ネット上に情報を公開している『ダブル』の中には、10年以上も更新を続けている古参もいて、『賢者』や『大賢者』と羨望と嘲笑の両方を込めて呼ばれていたりもする。


 とはいえ『ダブル』はすべて「自称」でしかない。だから何が本当かは、自らも『ダブル』にならなければ分からないというのが通説だった。

 だから、『アナザー・スカイ』の事を調べようとしても、同じ事に対して違う答えや意見が書かれている事も少なくなく、正直どれが正しいのか分からない。


 体験談を創作物のように紹介している者もいるが、 二次創作もどきになると、第三者から見てもはや荒唐無稽と言わざるをえない。

 けど、そうした書物は意外に支持が強く、ゲームのような世界だという話がまことしやかに信じられていりもする。


 中には、体験小説と銘打って小説として出版されているものまである。

 オレが生まれる前は、有名ゴシップ雑誌が特集記事を組んだりもしたそうだ。


「こりゃ、ハルカさんや向こうの人にちゃんと聞かないと埒があかないな」


 愚痴っても始まらないので情報収集につとめるも、気がつくと日付をまたいでいたので寝る事にした。

 これほど寝るのが楽しみなのは今まで無かった。

 よほど疲れている時は嬉しいとか思わないし、今まではただ単に寝るだけだからだ。

 

「けど、これからは違うぞ」


 ウキウキしながら寝床に就くが、当然なかなか寝付けなかった。しかも眠れなかったらどうしようと焦ると、ますます目が冴えてしまう。


 焦ったままスマホで時間を見ると、もう深夜二時。


 気を取りなおして、トイレに行ってキッチンでお茶を飲んでなるべく無心に寝ようと心がける。

 そうして再び寝床に就くと、ようやく意識が遠のく感覚がやってきた。


 果たして、どちらでの朝を迎えることができるのだろうか。

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