第7話 最北の地(1)

 夕方、5人はサイカビレッジに着いた。サイカビレッジは大雪だ。サイカビレッジは世界で最も寒い市町村で、年中とても寒い。だが、その寒さによって起きる自然の神秘を目当てに多くの観光客も訪れる。


「寒いな」

「持ってきた上着を着よう」


 5人は上着を着た。それでも寒い。


 5人は雪の壁の中を歩いていた。人通りは少ない。多くの人が空襲で死んで、今はどこかに避難しているんだろうか。


 バズは上を向いた。懐かしい風景だ。ここで生まれ、父を失い、母と生き別れ、強さを求めてここを離れた。だが、そこに民家はほとんどない。空襲でほとんど壊され、そこに雪が積もり、ただ広い荒野が広がるだけだ。自分がいない間に、こんなに変わってしまった。


「ついに帰ってきたか」


 バズはため息をついた。またここに戻ってきて嬉しい。だが、そこは雪原が広がるだけだ。民家が全くない。


「バズはここが故郷だっけ?」

「うん」


 バズは下を向いた。変わってしまった故郷を見てショックを受けていた。自分がいない間にこんなに変わってしまうなんて。


「凍えそうだな」


 マルコスは身を震わせていた。こんなに寒い所なのか。こんなに寒い所に行ったことがなかった。

 サラは辺りを見渡した。どこにも人がいない。みんな死んだのか。それとも寒いからどこかに避難してるんだろうか。


「ここの人、どこに避難してるんだろう」


 4人も辺りを見渡した。だが、見つからない。どこかに避難しているんだろうか。


「探そう」


 5人は避難場所を探し始めた。空は鉛色で、しんしんと雪が降っている。


「どこに民家があったんだろう」

「みんな空襲でがれきになったんだろうか」


 5人は雪原の中を歩いていた。そこは広大な荒野が広がるだけだ。本当にここが村なのか。民家が全く見当たらない。


「どれだけの人の営みがあったんだろうか」


 5人は想像しようとした。だが、このような景色の中で、全く想像することができなかった。


 しばらく歩くと、1軒だけ残っているところがあった。村役場と思われる。その周りには人がいる。彼らはみんなボロボロで、寒そうな表情だ。それに、みんな生きる気力が抜けているようだ。空襲で何もかも失い、体までもボロボロのようだ。


「ここにいるんだ」


 5人は驚いた。ここに人がいたのか。でも、どれぐらい残っているんだろう。


「こんなに人が」


 5人は役場の中に入った。中は逃げた人々に開放されている。電気はついていない。どうやら空襲で電気が止まったようだ。


 奥に進むと、窓を全部閉じた部屋の中に人々が集まっている。助かった人々はここに避難しているようだ。ここにはストーブがあって、人々はこれで暖をとっていた。


「ストーブで温まってるみたいだ」

「ここで温まろう」


 5人もここで暖をとり始めた。暖をとっている人々はみんな悲しそうな表情だ。空襲で家族を失ったのだろう。


 サラはその人々をかわいそうな表情で見ていた。彼らの未来のためにも、世界を救わねば。世界を救ったら、ともに喜びを分かち合いたいな。


「バズ、バズじゃないか!」


 バズは声に気付き、振り向いた。そこには、赤い胴体のメデューサがいた。バズの幼馴染、エミリーだ。もう何年も会ってない。


「エミリー!」


 バズは驚いた。こんな所で再会できるとは。


「久しぶりじゃないか、どうしてたの?」

「悪い教団に洗脳されてた。今は正しい道を歩んでるよ」


 バズは上を向いて話した。悪の道を進んだことは後悔しているが、今、こうして世界を救うための力を与えられたことを誇りに思っていた。


「そうなんだ」


 エミリーは下を向いた。まさか、バズが悪の道を歩んでいたとは。あんなに優しかったバズが。まるでお兄ちゃんのようだったバズが。どうしてこんなことになったのか。


「悪の道に進んだことを後悔してるよ」

「そうだったんだ」


 エミリーは開き直った。やっぱりバズはいい人なんだ。こんな悪い事をする人じゃないんだ。


「幼馴染?」


 サラはバズとエミリーの関係が気になった。どこで知り合ったんだろう。


「うん、母と生き別れた後に教会に引き取られたんだ。エミリーとはその教会で知り合ったんだ」

「へぇ、教会に引き取られてたんだ」


 サラはその話を食い入るように聞いていた。自分もバズも幼くして父が死んだ。母は神龍教に連れ去られた。自分によく似ている。


「あっ、そうだ。神父さん、大丈夫かな?」


 突然、バズは育ての父である神父のことが気になった。バズに魔法を教えた人であり、いつもバズのことを心配していた。


「空襲で死んじゃった・・・」


 エミリーは残念そうに答えた。その時エミリーは教会にいた。自分は何とか逃げることができたが、そこにいた人々は神父を含めて自分以外全員が焼死した。燃え上がる教会はまるで地獄絵図のようだ。今思い出しても涙が出てくる。


「そ、そうなんだ・・・」


 バズは残念がった。あんなに優しかった神父が空襲によって突然命を奪われてしまうなんて。許せない! 神龍教が許せない! バズは泣きながら拳を握り締めた。


「バズのこと、とても心配してたよ」

「悪の道を捨てた事、報告したかったな」


 バズは空を見上げた。今頃、神父は喜んでいるだろうか。悪の道を捨てて、世界を救うために聖魔導となった。


「きっと天国で喜んでるよ」


 そう考えると、バズは笑みを見せた。正しい道を再び進み始めたことを、きっと神父は天国で喜んでいるだろう。


「バズ兄ちゃん!」


 エミリーに続いて、1匹のドラゴンが声をかけた。デビットだ。バズは教会の近くに住んでいるドラゴン族の少年で、弟分のようにかわいがっていた。


「デビット!」

「バズ兄ちゃんも無事だったんだね」


 バズは久々の再会に驚いた。まだ生きていたとは。バズはデビットが生きていてとても喜んだ。2人は抱き合って、久々の再会を喜んだ。


「まさかまた会えるとは! 元気にしてた?」

「うん」


 デビットはバズが神龍教の十二使徒になったことも、悪の道を捨てて聖魔導になったことも知っていた。


「辛かったんだね。これからは正しい道を歩んでね!」

「うん」


 デビットはバズの手を握り締めた。デビットは聖魔導のバズが絶対に世界を救うと信じていた。


「ところで、最果ての祠って、どこにあるのかな?」

「わからないな」


 バズは最果ての祠のことを全く知らなかった。それどころか、ノーザに行ったこともなかった。


 その頃、近くにいた人が話をしていた。その男は何回かノーザに行ったことがあって、ノーザのことをある程度知っていた。


「知ってるか?ここから離れたとこにある集落に神様がいるんだぞ」

「ふーん」


 サラはその話に反応した。もしかしてこれが刻時神アグレイドのいる最果ての祠じゃないのか? やはりノーザにあるんだ。


「その神様って、もしかして!」


 サムもその言葉に反応した。だったら明日はノーザに向かわねば。


「すいません、その集落って、どこですか?」

「ああ、ノーザのことね。ここからさらに北に向かったとこ。空襲でそこの集落の人はみんな死んだらしいぞ」


 サラは呆然となった。やはり全滅していたとは。サラは改めて空襲のひどさを実感した。


「そんな・・・」

「空襲で集落の住人がみんな死んじゃうなんて」

「それほど激しかったんだ」


 他の4人も空襲の悲惨さに驚いた。空襲で集落が丸ごと消滅するなんて。


「サンドラ! サンドラじゃないか!」


 誰かの声に気付き、サラは振り向いた。そこには黒いドラゴンがいた。大学の友達のレオナルドだ。夏休みの間、実家のあるサイカビレッジに戻っていた。


「レオナルド!」


 サラは驚いた。まさか、ここで再会できるとは。


「元気にしてた?」


 レオナルドは心配していた。サラも空襲で戦死したんじゃないか? 安否が知りたかった。


「うん。」

「よかった。突然姿を消したから心配したんだよ」


 サラとレオナルドは抱き合い、互いの無事を喜んだ。


 レオナルドは実家に戻っていたときに空襲に遭い、家族全員を失った。リプコットシティも壊滅状態で、いつ大学に戻れるかわからない。全く未来が見えない。この先どうなってしまうんだろう。絶望でしかない。


「私は大丈夫。あと、私の本当の名前がようやくわかったの。私の本当の名前はサラ。サラ・ロッシ」

「そうなんだ」


 レオナルドは驚いた。サンドラが本名じゃない、デラクルスさんの本当の子供じゃないとわかっていたが、本名がサラだったとは。


「私、世界を救うための旅に出てるの」

「えっ、サラが!?」


 レオナルドは信じられない表情だ。まさかサラが世界を救うために旅をしているなんて。今はこんな状況だけど、いつの日かサラが救ってくれる。レオナルドはサラに期待していた。


「うん。空襲を起こした神龍教の神様、王神龍を封印するために旅をしているの」


 レオナルドは神龍教のことを全く知らなかった。そして、神龍教の神様、王神龍が人間を全滅させ、世界を作り直そうとしていることも。こんなことはあってはならない。世界は俺達の物だ。王神龍なんかに渡したくない。


「そうなんだ。頑張ってね。絶対にサラが世界を救ってくれると信じてるから」


 レオナルドはサラの手を握った。サラが必ず世界を救ってくれる。だから心配する必要はない。

「ありがとう」

「明日の朝、出発しよう」


 外はもう暗い。サイカビレッジの日の入りは早い。今日はここまでにして、明日の朝、ノーザに向かおう。


「そうしましょ」


 と、マルコスは匂いに反応した。どうやら炊き出しのようだ。部屋の奥で人が並んでいる。その向こうで炊き出しがあるようだ。


「炊き出しだ」


 その匂いにつられて、他の4人も炊き出しの行列を見た。けっこう人が集まっている。


「シチューか。温まるな」


 こんな寒い中で暖房だけでは凍え死ぬかもしれない。そんな中で暖かいシチューは身も心も温まる。だがシチューを食べている人々はみんな元気がなかった。やはり家族を失った辛さを癒すことはできないんだろうか。


「俺たちも並ぼう」

「うん」


 5人は炊き出しに並んだ。その後にも多くの人が並び始めた。


「すごい人だね」

「みんな大丈夫かな? 凍え死なないかな?」


 サラはここに集まっている人々を心配していた。こんな豪雪地帯でストーブ1つだけで大丈夫だろうか。その時まで元気でいるだろうか。今の自分には何もできないが、どうかその時まで元気でいてほしい。


「今の私たちには何もできないけど、世界を救わねば。それが私たちにできること」


「そうだね」


 他の4人もこの人々のためにも世界を救わねばと改めて決意した。


 数分並んで、ようやくシチューにありつけることができた。


「はい、お待たせしました。どうぞ」


 出されたのは、ホワイトシチューだ。ただ、具は少ない。少しの野菜だけだ。


「いただきます」


 5人はシチューを食べ始めた。具は少ないものの、こんな寒い中でシチューはとても温まる。


「あったまるな」

「空襲で家を失って、大丈夫だろうか? こんな寒い中では凍え死にそうで心配ね」


 サラはここに避難している人のことをまだ心配していた。凍え死んだりしないか。再び平和が訪れる日まで、そしてこの村が復興する時まで元気でいてほしい。


「凍死しないか心配だ」


 バズも心配していた。ここに住んでいて、この村の寒さはよくわかっている。


「もうすぐ世界が救われるから、その時まで元気でいてほしい。そして、世界が救われたら、共に喜びを分かち合いたいな」

「そうだね」


 突然、1匹のオオカミが声をかけた。サラの大学の親友、スティーブだ。寒いのか、スティーブはボロボロの厚着を着ていた。スティーブもサイカビレッジに実家があって、夏休みでここに帰省していた。この空襲で母を残して家族みんな失った。


「サンドラ!」


 誰かの声に気付き、サラは後ろを振り向いた。スティーブだ。


「スティーブ!」

「サンドラ!」


 サラとスティーブは抱き合い、再会を喜んだ。


「元気にしてた?」


 リプコットシティがほぼ壊滅したと聞いて、スティーブはサラのことが心配だった。


「うん。ここも空襲にあったんだね」

「ああ。母以外の家族をみんな失っちゃった」


 スティーブは泣き崩れた。今まで育ててくれた父が突然いなくなって、とても辛い。とても現実とは思えない。


「泣かないで! 私が助けてやるから!」


 なかなか泣き止まないスティーブを、サラは励ました。


「どうやって!?」

「今、空襲を起こした悪い宗教の神を封印するための旅に出てるの」

「えっ!?」


 スティーブは驚いた。サラがこんな旅をしているとは。スティーブはサラを応援したくなった。


「きっと平和な世界が訪れるよ! 待っててね!」


 サラはスティーブの両手を握った。スティーブは泣きながら顔を上げた。スティーブはサラに期待していた。


「うん。わかった!」


 世界を救ったらリプコットシティで再び会おう。スティーブは誓った。


「それに、私、本当の名前がようやくわかったの。私の名前は、サラ。サラ・ロッシ」

「そうなんだ。いい名前だね」


 スティーブもサンドラが本当の名前ではないことや、デラクルスさんの子供ではないことを知っていた。


 その頃、バズとエミリーは夜空を見ていた。夜空にはオーロラが現れていた。ここはオーロラが見えることで有名で、この時期は多くの観光客が訪れる。


「星がきれいだね。オーロラを見たの、何年ぶりだろう」


 バズは久しぶりに見るオーロラに感動していた。サイカビレッジに住んでいた頃は毎日のように見ることができた。だが、ここを離れてからは全く見ていない。


「5日後も、こんな星空が見えるといいね」

「そのためには、僕が頑張らなくっちゃ」


 バズは決意した。エミリーのためにも世界を救わねば。そして、5日後、再び会うためにも。


「頑張ってね! 私、バズが世界を救ってくれると信じてるから!」


 バズとエミリーはお互いに手をつなぎ、美しいオーロラを見ていた。5日後、再び手をつなごう。


「バズ、どうしたんだ? こんな寒い夜に」


 2人は後ろを振り向いた。サラとサムだ。バズがいないことを気にして、外に出ていた。


「2人でオーロラ見てるんだ」


 サラとサムはオーロラを見た。とても美しい。2人は息を飲んだ。


「これがオーロラか」

「きれいね」


 本でしか見たことのない光景を間近で見られるなんて。2人は感動した。


「この人たち、誰?」


 エミリーは首をかしげた。バズと一緒にいて、誰なんだろうと思っていた。


「ドラゴン族のサラ。僕のお姉ちゃんのような人なんだ。こっちはゴースト族のサムさん」

「は、はじめまして」


 エミリーは少し緊張していた。エミリーは少し人見知りで、そんなに友達がいなかった。


「よろしくね」

「この人たちとあと2人で世界を救う旅をしてるんだ」


 エミリーは驚いた。まさか、バズが世界を救うために彼らと旅をしているとは。


「そう。頑張ってね」


 4人はオーロラをじっと見ていた。オーロラはまるで光のカーテンのように輝いている。4人は感動していた。


「ここはこの時期になるとよく見えるんだ」

「そうなんだ」

「きれいでしょ。これを見たくてこの時期、サイカビレッジには多くの観光客が集まるんだ」


 バズはここに住んでいた頃、この時期になると多くの観光客が訪れるのを見たことがあった。


「そうなんだ」

「来年もみんなで見たいね」


 サラは約束した。来年、ここでオーロラを見よう。そのためには、世界を救わねば。救わなければ、来年はない。


「そのためには世界を救わないと」

「そうだね」


 3人はオーロラを見て、必ず彼らのために世界を救わねばと改めて決意した。


「いつか帰ってくるよね!」

「うん! 絶対帰ってくるから待っててね!」


 バズはエミリーに、必ず帰ると約束した。そして、エミリーと抱き合い、平和が戻ったことを共に喜びたい。


「寒いからもう中に入ろう」

「うん」


 4人は避難所に戻った。外には誰もいない。みんな中に入ったと思われる。


 避難所に戻った彼らはもう寝ることにした。明日はノーザに向かい、最果ての祠で刻時神アグレイドの封印を解く。必ず封印を解いて、王神龍のもとにたどり着かなければ。

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