第6話 冒険の果てに(2)

 サラは目が覚めた。そこは檻だった。2人は檻の中にいた。檻は天井に吊るされている。目の前には礼拝室が見える。礼拝室は洞窟の中にあって、素掘りだ。


 礼拝室の向こうには、巨大な龍の彫刻がある。龍の彫刻の目の前には信者がいる。龍の彫刻の下には祭壇があり、その前には、陰陽師の姿をした獣人がいる。その獣人こそ、神龍教の教祖、犬神だ。

 その周りには、その部下と思われる魔獣が何人かいる。その中には、メデューサやテュポーン、ケルベロスなどがいる。煙を吸わされた少年もいる。あの少年はすでに魔獣になっていた。


 犬神は、巨大な龍の彫刻に向かい合い、目を閉じ、呪文を唱えている。とても不気味だ。彼らは、何かにとりつかれているような形相だ。彼らはみんな、魔界統一同盟の人と同じく、首に金色の龍のペンダントを付けていた。


「我らの唯一神よ、父なる創造神王神龍様よ、我らをお守りください。我らは魔獣の子。新たなエデンの到来を祈り、父なる創造神王神龍様への忠誠を誓い、愚かな人間の魂を捧ぐ。我らの光を、堪えぬ安らぎを!」


 犬神の言葉に続き、信者がひざまずき、同じ言葉を発した。彼らの目は光っていた。彼らも何かにとりつかれているような表情だった。


 しばらくして、1人の女が部下に連れられてやってきた。サラの母、マーロスだ。茶色いロングヘアーに、白いノースリーブを着ている。そのノースリーブはボロボロで、何日の着たままのようだ。


 マーロスは抵抗していた。逮捕につながるような罪を犯していないにもかかわらず、捕まったと思っているからだ。


「お母さん!」


 サラは叫んだ。やっと母に会えたからだ。しかしマーロスの表情は暗い。まるで魂が抜けたかのようだ。何日もろくなものを食べていなかったので、疲れ果てていた。


 その時、マーロスはあの夢のことを思い出していた。捕まえられ、閉じ込められていることも、あの夢と一致する。


 だとすると、自分はこれから、巨大な白龍の生贄に捧げられるだろう。そんなの嫌だ。もっと生きたい。もっと生きて、いろんな人と接したい。サラが結婚して、独り立ちするまで、サラを見守りたい。癌で死んだ夫の分も長く生きたい。マーロスは願っていた。だが、それは叶わぬ夢となろうとしていた。


「何するのよ! 離して!」


 マーロスは叫んだ。マーロスは必死に抵抗していた。だが、捕まえている男たちの力が強く、逃げることができなかった。


「いいから来い! これは神の命令だ!」


「何が神よ。邪神じゃないの。そんな邪神に仕えて、どんないいことがあるの? ちっともよくないじゃない!」


 マーロスは、彼らが崇めている王神龍が邪悪な神だということを知っていた。


「生贄はまだか。」


 突然、声が聞こえた。王神龍の声だ。


「もうしばらくお待ちください、父なる創造神王神龍様」


 部下は頭を下げた。


 マーロスはロープで手首足首を縛り付けられた。マーロスはこれから何をされるんだろうと思った。マーロスの心臓はうなりを上げている。死ぬのが怖くて、昨夜はおとなしく寝ることができなかった。涙が止まらなかった。マーロスは逃げようとした。しかしサラは、近くでそれらを見ていたテュポーンの魔法によって、手足が動けずにいた。


 マーロスは体を動かそうとしたが、動かなかった。逃げることができずに、ただ、天井を見上げることしかできなかった。天井には白龍の彫刻がある。夢で見た白龍だ。マーロスはこの後その白龍の炎を浴びると思っていた。


「お母さん!」


 再びサラは叫んだ。


「静かにしろ!」


 突然、横にいたドラゴンが声をかけた。神龍教の信者の中でも位の高い12使徒の1人、ラルフだ。


「やめて、いじめのことは後悔しているから、反省しているから、話して。私、そのため高校に進学できそうになりそうになったの。何とか高校に進学してからは、人権サークルに入って、その罪を償おうとしたの。だから、許して」


 マーロスは必死で訴えかけた。生贄になって死ぬのは嫌。今までのことは許して。どうにか生贄にしないで。こんなところで死ぬのは嫌。マーロスは生贄になるのを避けるために祈っていた。


 だが、犬神や信者はみんな無視していた。その中には、笑顔をのぞかせている人もいる。マーロスは王神龍に捧げる生贄になることを待ち望んでいる人だ。無視している人も、望みは同じだ。マーロスが王神龍の生贄になることだ。


「もう遅い!そなたは言えぬ傷を与えた。一生償っても消えぬ傷だ。そなたは、我らの唯一審にして、父なる創造神王神龍様の生贄となり、神の炎、神炎を浴びることによって、その罪の重さを知れ!」


 テュポーンはとても怒っていた。マーロスの犯した罪の重さをよく知っていたからだ。

 向こうの扉から白いドラゴンがやってきた。司祭のラファエルだ。ラファエルはいくつものペンダントを首につけ、右腕にブレスレットを付けている。ラファエルはゆっくりとマーロスに近づいてきた。


 信者は歓喜の雄たけびを上げていた。彼らはラファエルや犬神を救世主と思っていた。しかし本当は、人間を憎む人間に、魔族の力を与え、復讐の手助けをする、禁断の儀式、同の儀を行っていた。同の儀は、法律で禁止されている儀式で、それを行った人は死刑を宣告される。


 ラファエルはマーロスの前に立つと、マーロスを見た。ラファエルは、放心状態のマーロスの顔を撫で、マーロスに向かって祈りを捧げた。


「我らは魔獣の子。我らは父なる創造神王神龍様の子。我らは創造神王神龍様の再来を願い、ここに愚かな人間の肉体を捧げる」


 ラファエルは、右手でマーロスの頭を撫でた。すると、ラファエルの右手がマーロスの頭に入り込んだ。マーロスは何が起こったかわからなかった。


 ラファエルは、マーロスの脳をつかみ、取り出した。頭を手に入れたため、頭に大きな穴ができた。だが、皮膚が動き、すぐに元通りになった。マーロスには傷1つ無かった。マーロスは生きていた。


 自分の脳を見て、マーロスは驚いた。あまりにもグロテスクで、目をふさぎたくなった。自分の脳が体から分離したからだ。だが、金縛りにあっていたため、目をふさぐことができなかった。


「愚かな人間に神罰を! 我ら魔族に光あれ!」


 ラファエルは叫び、前を向き、信者たちの前で脳を高々と掲げた。それを見た信者は歓喜の雄たけびを上げた。サラの横にいるラルフも雄たけびを上げていた。


 突然、ラファエルの目が赤く光った。すると、脳が溶け始めた。ラファエルが魔法で溶かしていた。溶けた脳は、どろどろになって、ラファエルの足元に落ちていった。だが、マーロスはまだ生きていた。ラファエルは解けていく脳を無表情で見ていた。


 マーロスは無心で信者を見ていた。マーロスは、記憶を失っていた。脳がなくなったからだ。マーロスは、今まで何をやってきたのか、わからなかった。ただ、意識はあった。マーロスは無表情で目の前の儀式を見ていた。


 ラファエルは、脳が溶かされていく様子を気持ち悪いと思わなかった。信者もそう思ってなかった。より大きな歓喜の雄たけびを上げた。それを素晴らしいことだと思っていた。愚か者の脳が溶けることが、とても素晴らしいと思っていた。


 サラはあまりにもひどくて、見てられなかった。泣きそうだった。


 脳が完全に溶けると、犬神は巨大な龍の彫刻に向かって叫んだ。


「父なる創造神王神龍様、我ら魔獣の子を讃えよ。今ここに愚かな人間の肉体と言霊を捧げる。今こそその素晴らしき姿を現し、神罰を与え、この世界の愚か者を消し去りくださいませ」


 それに続いて、信者たちが、犬神と同じ言葉を発した。信者の目が赤くなった。信者たちは龍の彫刻に向かって祈りを捧げていた。


 信者たちの声は、とても不気味だった。マーロスはその声におびえていた。ああもうすぐ死ぬのかな?死ぬのは嫌だ。マーロスはそう思った。まるで地獄のように感じていた。


 全ての信者の目が赤くなったその時、龍の彫刻の目が赤く光った。まるで彫刻に王神龍の魂が宿っているようだった。それとともに、信者たちが歓喜の声を上げた。


 それとともに、マーロスの体が宙に浮かんだ。マーロスは最初、自分の身に何が起こったのか、わからなかった。金縛りにあい、上しか見えないからである。


 しばらくして、金縛りの魔法の効果が切れ、見渡せるようになった。マーロスは辺りを見渡した。そして、自分が宙に浮いていることに気づき、驚いた。


 上から祭壇を見ると、多くの人が犬神やラファエルに祈りを捧げている。そして、自分が王神龍の生贄に捧げられることを願っている。あってほしくないことだ。もしこの場にいたら、彼らを皆殺しにしたいと思った。


 だが、宙に浮いているマーロスは、何もできなかった。ただ、辺りを見渡すことしかできなかった。

 犬神が振り返って、巨大な龍の彫刻に目を向けた。犬神は、右手の杖を上に掲げて、叫んだ。


「父なる創造神王神龍様、ここに生贄をを捧げます。どうか蘇りください」


 犬神が言ったその時、龍の彫刻の前に巨大な白い龍の幻が見えた。その白い龍こそ、神龍教の神、王神龍だ。王神龍は神秘的な姿をしている。王神龍は蛇のようにうねっている。王神龍は生贄をにらみつけた。目を合わせたマーロスは怯えていた。この龍の生贄にされるからだ。


 神龍教の信者によると、王神龍は、神の生まれ変わりと呼ばれていて、人間離れした魔力で強力な魔法を使い、不死身の体を持ち、神のドラゴンや龍のみが口から吐くという炎、神炎を放つという。神炎はあらゆるものを溶かし、人間に制裁を与える。そして、その炎を浴びた人間は、賢人として生まれ変わると言われている。しかしそれは、浴びる人を安心させるための嘘だった。


 マーロスは驚いた。巨大な白い龍が目の前に現れた。マーロスは、これが王神龍だと確信した。王神龍は神々しい姿をしていた。体は雪のように白く、背中の毛は美しい水色だった。とても邪神だと思えなかった。


 王神龍は上を向き、大きく息を吸い込んだ。マーロスは死ぬと思った。龍の炎を浴びたら、必ず死ぬと思っていた。王神龍は口を大きく開け、炎を吐いた。それこそ、あらゆるものを溶かし、生きる人に制裁を与える、神炎だった。


 マーロスは神炎を浴びた。マーロスは非常に熱い炎を浴びた、叫ぶ間もなく、一瞬で溶けた。マーロスは死んだ。それを見ていた信者たち歓喜の声を上げた。信者たちは、英雄を讃えているかのようだった。


 サラはその様子を泣きながら見ていた。母が殺されたことにショックを隠せなかった。


 マーロスの最後にいた場所には光る何かがあった。マーロスの魂だった。王神龍は魂を見つめ、飲み込んだ。それとともに、信者はさらなる歓喜の声を上げた。王神龍は満足そうな表情だった。そして、王神龍の幻は消えていった。


 犬神は、笑みを浮かべていた。犬神は、父なる創造神王神龍様に生贄を捧げることができて、とても嬉しかった。もっと生贄を捧げたかった。信者の気持ちもまた一緒だった。


「父なる創造神王神龍様、我らは魔獣の子。新たなエデンまで、愚かな人間を生贄として捧げる」

「おお我が神よ、父なる創造神王神龍様、我らは魔獣の子。我らに力を与えたまえ。世界に平和をもたらしたまえ。大いなる力で我らをお守りください」


 信者たちは王神龍の彫刻に向かって叫んだ。その声は次第に大きくなっていく。信者はまるで洗脳されているかのようだ。不気味な笑顔で王神龍の彫刻を見つめている。犬神は、左手に持っていた魔法の杖を高々と掲げ、雄たけびを上げた。それに反応して、彫刻の目が赤く光った。まるで彫刻が生きているようだ。


「次は貴様だ。愚かな母と道連れだ。覚悟しろ!」


 ラルフは檻の鍵を開け、サラを引っ張り出した。サラは抵抗したが、ラルフが強かった。太刀打ちできなかった。


「許せない! 絶対に許せない!」


 その時、サラの体に異変が起きた。体から光が発せられた。サラは、自分の身に何が起こったのかわからなかった。


「な、何だこの光は?」


 礼拝室にいた人はまぶしい光に目がくらんだ。彼らは、何が起こったのかわからなかった。逃げまどい、出口を探した。


 その時、同じく檻にいたマルコスが目を覚ました。まぶしい光と音に気づいたからだ。気づいた時には、辺りはまぶしい光に包まれていた。


「サラ?」


 マルコスはサラを探したが、見つけられなかった。まぶしい光に包まれて、ほとんど見えない。ただ、巨大な金色のドラゴンだけが見えた。そのドラゴンは神々しい姿で、とても巨大だった。今までにこんな大きなドラゴンは見たことがなかった。マルコスは驚き、固まった。開いた口がふさがらなかった。


 マルコスは半ば無理やり金色のドラゴンに乗せられ、どこかに連れられた。マルコスはそのドラゴンは誰だろうと思った。神様だろうか?自分の危機を知って神様が助けに来たのかと思った。


 突然、金色のドラゴンはいなくなった。光がなくなった。気づくと、そこはハズタウンだ。マルコスは驚いた。何が起こったのかわからなかった。


「あれ?サラは?」


 マルコスは辺りを見渡した。だが、一緒にいたはずのサラやサムはいなかった。


「サラー! サムー!」


 マルコスは叫んだ。だが、サラやサムはいない。人間がいなくなり、寂しくなったハズタウンでマルコスは独りぼっちだった。




 その頃サラは、ドラゴンの姿でリプコットシティの道端で倒れていた。サラは体に何らかの力が起こり、どこかに飛ばされていた。その間、何が起こっていたのかわからない。ただ、許せないと叫び、光が放たれた瞬間、サラは気を失っていた。


「大丈夫?」


 白いドラゴンが声をかけた。名前はパウロ、この近くに住んでいるドラゴン族だ。


「うーん、誰?」


 目をこすり、サラは目を覚ました。サラは辺りを見渡した。どこかの道端だ。サラは何が起こったのかわからなかった。


「僕の名はパウロ。パウロ・デラクルス。君は?」


 パウロは優しそうな表情だった。


「わからないの。思い出せないの」


 サラは記憶を失っていた。母のことも、マルコスのことも、サムのことも、そして、自分がサラというドラゴン族の少女だということを。


 その後、魔界統一同盟は、侵攻を続けた。人間は激しく抵抗したが、自分より強い魔獣に変身した彼らの前では、なすすべがなかった。


 人間は捕まえられ、ある人は王神龍の生贄に捧げられ、ある人は過酷な強制労働をさせられた。優秀だった人は犬神に洗脳され、魔獣の力を与えられ、神龍教の信者になった。


 魔界統一同盟は、あっという間に世界を征服していった。犬神は、征服した町や村、街の人々に、王神龍を祀るように命令した。その中には、祀ろうとしない人もいた。人間を険しいところで過酷な労働をさせるからである。だが彼らは、決して王神龍が嫌いだということを口にしなかった。なぜならば王神龍は、恐るべき力を持つ創造神だから。もし逆らったら、頭上に雷が落ち、命を落とすことになるから。心の中では、彼らは信仰していなかった。人間と魔族が共生する世界が理想だと思っていた。だが、それを口にすることは固く禁じられていた。ある結社を除いて。


 そして、世界は王神龍のものになった。王神龍は、この世界の最高神となった。犬神は、この世界の総統となった。犬神は、この世界を壊す存在である人間をすべて捕まえ、険しい山里で農業や鉱業に従事するように命じた。


 1ヶ月後、ほとんどの人間が捕まり、険しい山里や寒い雪国に連れられた。国々を収める人々はみんな神龍教の信者で、人々に信仰するように勧めた。だが、信仰する人々はほとんどいなかった。

 人間たちは魔族たちの監視のもと、厳しい農業や製糸業、鉱業に従事しなければならなくなった。人間の自由は、王神龍の手によって、あっという間に奪われた。


 人間は全く抵抗できなかった。恐るべき力を持つ王神龍に、勝つことは不可能だからである。人間はなすすべなく、重労働をせざるを得なかった。その労働はとても過酷なものだった。


 炭坑で重労働を課せられた人間は、ほぼ1日中無休で穴を掘り続ける。食事は1日1食、ご飯とおかず1品だけだ。


 製糸業で重労働を課せられた人間は、ほぼ1日中糸を作り続ける。食事は非常に質素で、与えられる賃金はなし。


 退職はできず、脱走したものは必ず捕まる。捕まった人は犬神の命令により愚か者とみなされ、王神龍の神炎を浴び王神龍の生贄にされる。


 まるで生き地獄のようだ。それは、人間を殺そうとしているようだ。

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