第2話 祠へ(1)
4時間ぐらい飛んで、サラはアフールビレッジの手前にあるアフール駅の駅前にあるロータリーに降り立った。長時間の飛行で、サラはとても疲れていた。
そのロータリーは、ロータリーといっても、少し小さかった。山間のわずかな平地にあり、周りには民家が全く見当たらない。本当にこの駅を利用する人はいるのかと思いたくなる風景だった。
その駅には、多くの側線があり、そこには石炭を満載した貨車が何両もつなげて留置されている。その貨車に乗せられている石炭は、アフールビレッジや、それに隣接した町や村にある鉱山で獲れた鉱石だ。それらは、その先に続く貨物線を通ってここに運ばれてくる。
ここがアフール駅になったのは、ある理由があった。アフール鉱山に通じる貨物線は、かつて旅客も取り扱っていて、アフール鉱山の選鉱場の近くにかつてもアフール駅があった。
だが、人間がこれを使って脱走しようとするのを防ぐため、旅客営業を取りやめ、貨物線となった。だが、有名人がアフール鉱山に来るときは、客車が通ることがある。
この駅は、アフール鉱山やその周辺の鉱山から運ばれてきた石炭列車の中心基地だった。また、対岸の町の人々のための駅でもあった。炭坑の職員が利用する駅なので、利用客は意外と多い。貨物線はここから先、アフール鉱山の選鉱場まで続いていて、そこまでは長いトンネルで峠を越えなければならなかった。
サラはアフール駅を後にした。疲れが取れていないため、ここからしばらく歩くことにした。
サラは深い谷にかかる橋を渡っていた。その向こうには民家があった。この駅は町の中心部から少し離れたところにあり、町の人々はこの橋を渡って駅に向かっていた。橋の下には川が流れていて、渡っていると下から川のせせらぎが聞こえてきた。橋を渡っている車はなかった。とても静かだった。
サラは神社の裏道から茂みに入った。アフール鉱山に行くには広い道があって、そこから行った方が簡単だったが、神龍教の見張りがいるかもしれないので、裏道から行くことにした。
茂みを抜けると、サラは小高い高原に差し掛かった。小高い高原のふもとに、まるで街のような建物が立ち並ぶ場所があった。とても村とは思えない高層マンションが立ち並んでいた。おそらくあそこがアフールビレッジだろう。
アフールビレッジの向こうにある高原の向こうが、精霊がいる祠があるというペオンビレッジだ。そこまでの道は、峠また峠の厳しい道だ。サラはアフールビレッジに向かって歩き出した。
「成績はどう? あの頃はよくなかったけど」
サラはマルコスの成績が気がかりだった。ひょっとして、大学での成績も悪いんじゃないかと思っていた。
「順調順調」
マルコスは笑顔を見せた。問題なく大学生活を楽しんでいるようだ。サラは安心した。
「本当に? 信じられない」
サラは笑顔を見せた。マルコスが賢くなっていることが嬉しかった。
「本当に順調だよ。あれから勉強頑張って大学に入学できたんだぜ」
マルコスは自信気だ。
「先生は今、何をしているのかな?」
サラは玉藻先生のことが気がかりだった。
「今は、サイレスシティの小学校で教師をしている。今年の夏も、ロンを探して旅を続けていると聞いた」
玉藻先生は夏になると、小学校の頃の同級生だったロンを探して旅をしていた。いじめられていたロンを救うことができなかったので、自分で探し出して自ら謝ろうと思っていた。
「まだ見つからないんだ。ロンはどこに行っちゃったのかな?」
サラは驚いた。ここまで見つからないとなると、死んでいるんじゃないかと思った。
「今から10年前、リプコットシティでその情報が途絶えたらしい。いつものように退勤したのが最後の目撃情報だ。10年前からそれ以上の手掛かりがない。どうしちゃったんだろう」
マルコスは首をかしげた。
突然、魔物が襲い掛かってきた。突然の出来事に、2人は驚いた。10年前は見たことがない魔物ばかりだった。
「くそっ、敵だ」
マルコスは10年前に襲われたことを思い出した。
「食らえ!」
サラは炎を吐いた。10年前に比べて火力が上がっていた。敵の体の至るところに火が付いた。
「覚悟!」
マルコスは両腕でひっかいた。
「炎の力を!」
サラは天を指した。すると火柱が上がった。魔物は倒れた。
「サラも強くなったな」
強くなったサラを見て、マルコスは感心していた。
「マルコスの方がもっと強いよ」
サラは笑みを浮かべた。
10年の歳月の中で、2人は強くなった。襲い掛かってくる魔獣も10年前より強かったが、それ以上に2人が強かった。サラは10年の間にさらに多くの攻撃魔法が使えるようになり、回復魔法や補助魔法も多少使えるようになった。
「最近、アインガーデビレッジで魔物が襲い掛かってくることが多いんだ。村では住民が交代で見張っている。僕も見張っている」
マルコスは近状のことを話した。
「何だか怪しいわね」
サラは心配そうな表情だった。10年間でこれだけ神龍教が勢力を上げてきたため、こうなったのかなと思った。
突然、再び魔物が襲い掛かってきた。
「また襲い掛かってきた」
マルコスは驚いた。
「しつこいわね」
サラはあきれた。
「食らえ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
「覚悟しなさい!」
サラは激しい炎を吐いた。
「炎の力を!」
魔物の1匹が魔法で火柱を起こした。サラとマルコスは炎に包まれたが、体に火は付かなかった。
「死ね!」
もう1匹の魔物が炎を吐いた。だが炎に強いサラには全く効かなかった。
「覚悟しろ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。敵は痛がった。
「とどめだ!」
サラは激しいの炎で2匹を炎の渦で包み込んだ。魔物は倒れた。
2人はアフールビレッジの手前にやってきた。村の前には、2人の守衛がいて、人間が脱走しないかどうか見張っていた。その男は、おそらく王神龍の信者だろう。
「大丈夫かな?」
「魔族には悪いことはしないと思うよ」
その時、1人の男が2人の前に現れた。その男は、黒い髪に黒い服を着ていた。その男は、鋭い眼光で2人を見ていた。
「久しぶりだな」
男は笑みを浮かべていた。
「お前は誰だ!」
マルコスは強い口調だった。
「覚えてないのか?何と愚かな。私はニーズヘッグだ。アインガーデビレッジでお前らに殺された、あのニーズヘッグだ」
男は自信気だった。その男は、アインガーデビレッジで2人に倒されたニーズヘッグだった。
サラは驚いた。死んだはずのニーズヘッグが目の前にいるからだ。
「どうしてお前がここにいる?すでに死んだはずだろ?」
マルコスは拳を握り締めた。
「何ですって? あのアインガーデビレッジを襲った、ニーズヘッグ? あんた、あの時、死んだはずよ! どうして今、ここにいるの?」
「ああ、確かにあの時、私は死んだ。だが私は、偉大なる創造神王神龍様によって、再び命を吹き込まれた。ああ何と素晴らしき偉大なる創造神王神龍様の力。私は10年前、お前らに殺された。今のその時のことを覚えている。とても悔しかった。だが、私はその思いを偉大なる創造神王神龍に受け止めてもらい、この世に再び生を受けることができた。なぜならば、憎しみの数だけ、人は強くなれるのだから。今度はお前が殺される番だ。覚悟しろ!」
ニーズヘッグは笑顔を見せた。ニーズヘッグは再び命を授けた王神龍に感謝していた。
ニーズヘッグが襲い掛かってきた。
「今度の私は、昔の私と違うぞ!」
ニーズヘッグはさらに高度な暗黒魔法を使って攻撃してきた。サラはより一層強いダメージを受けた。サラは驚いた。以前と見間違えるほど強くなったからだ。だがサラは全く痛がらなかった。それ以上に強くなったからだ。
「今の私はその程度ではびくともしないわよ」
サラは炎を吹いて攻撃した。火の勢いは、子供のころと比べて強くなった。ニーズヘッグは、成長したサラに驚いていた。
「食らえ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
「殺してやる!」
ニーズヘッグは鋭い爪でひっかいた。その威力は、10年前より上がっていた。だがサラは全く痛がらなかった。
「星の怒りを!」
サラは魔法で大量の流れ星を落とした。ニーズヘッグは大きなダメージを受けた。
「覚悟しろ!」
マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。
「俺の力を思い知れ!」
ニーズヘッグは毒を帯びた爪でひっかいた。だがサラは毒が回らなかった。
「天の怒りを!」
サラは魔法で雷を落とした。ニーズヘッグは倒れた。
「こ、こんなに強くなっているとは。くそっ、またしてもお前らに倒されるとは。無、無念・・・」
ニーズヘッグは息絶えた。
「まさか、復活しているとは」
サラは驚きを隠せなかった。王神龍はこんな力を持っているとは。
2人はアフールビレッジに向かって歩き出した。ペオンビレッジは、険しい山の中にあり、そこへ行く一番安全な方法は、アフールビレッジを経由することだ。そこまでは3時間かかる。また、その辺りには、野蛮な魔獣たちがおり、通りすがりの魔獣に襲い掛かってくるという。その魔獣は10年前よりはるかに強かったが、成長したサラには朝飯前のようだった。
40分歩いて、2人はアフールビレッジに着いた。標高1000m以上の高原にあるこの村は、かつてはごく普通の農村だった。
だがここで鉱石が見つかったことで20年前に炭鉱ができた。それ以後は鉱山業が盛んになった。それによって村の人口は急激に増え始め、およそ900人ぐらいだったのがおよそ80000人になった。そこで採掘される鉱石を運ぶため、村には鉄道が敷かれ、多くの貨物列車が行き来するようになった。
当初は人間や魔族が採掘していたが、最近では、王神龍の命令で、強制労働を命じられた人間だけだった。仕事を追われた魔族の多くはリプコットシティで働いているという。
この辺りは夏でも涼しいところで、炭鉱がなければリゾート地になりそうなところだ。夏だというのに、少し肌寒く感じる。ただ、長袖を着るぐらいではない。またここは、世界屈指の豪雪地帯で、冬になると数mの積雪がある。そんな冬も、炭鉱の労働者は掘り続けている。
「もっと働かんか! 偉大なる創造神王神龍様の生贄に捧げられても知らんぞ!」
突然、横から罵声が飛んだ。2人は驚いた。守衛のミノタウロスが、ドラゴンの尻尾でできた鞭で労働者を叩いた。叩かれた労働者は気を失って倒れた。労働者は毎日の過酷な労働のためか、目がうつろだった。まるで死んでいるかのようだった。
叩かれるたび、労働者は悲鳴を上げた。その労働者は何かで叩かれたような傷が至る所にあった。おそらくそのような鞭で叩かれた跡だろう。子供の労働者は涙を流していた。子供の労働者も、鞭で叩かれたような傷が至る所にあった。
だがミノタウロスはそれを無視するかのように鞭で叩いた。労働者はますます苦しんだ。だがミノタウロスは鞭で叩き続けた。まるで悲鳴が聞こえないかのように。
「めそめそすんな! 泣いてばかりじゃ、生きていけねぇぞ!」
「わかりました。一生懸命働きます。だから、もう鞭で叩かないでください」
労働者は泣いていた。労働者は土下座していた。労働者はやせ細り、泥まみれだった。
労働者は抵抗できなかった。気力を亡くしたかのように、うつろな顔をしていた。彼らには、話す気力もなかった。彼らは、1日2食しか食事を与えられず、その食事も質素なものだった。
朝ごはんは、具のほとんどないみそ汁と、ご飯半合のみ。晩ごはんは、ご飯半合と日替わりのおかず1品のみ。だが彼らは信じていた。いつか都会で働けるようになることを。
実は、毎月炭鉱でもっとも頑張った人は、都会で働けるようになる。人々はそれを目指して、せっせと働いていた。それが、人間を捨て、魔族となり、神龍教の信者になることだと知らずに。
サラは過酷な労働をされている彼らを見て、かわいそうだと思った。しっかりと食事をとり、十分な栄養をもらっていない。こんな労働をさせられて、人間は本当に成長できるのだろうか? いや、できるとは限らない。
サラは労働者よりも、彼らは引っぱたいているミノタウロスたちや、労働を支配している政府の人々を更生させたいと思った。その実情を、政府に見せて、見直すように訴えたいと思った。だが、政府も神龍教の信者、抵抗することはできない。サラはどうしようもなかった。
サラは彼らの気づかれないようにそっと通り過ぎた。見つけたら絶対に襲い掛かってくるに違いないと思ったからだ。だが、ミノタウロスはその様子を後ろから見ていた。何かを隠しているかのようだった。ミノタウロスは携帯電話で誰かに知らせた。
サラは鉱山のはずれの小高い山のふもとにやってきた。山には草原が広がっていて、その向こうには流れる雲が見えた。
2人は山に向かって歩き出した。目的地のペオンビレッジは、山を越えたその先にあると地図に書いてある。その山は低くても標高4000m級だったが、山登りはそんなにきつくなかった。穏やかな高原のようになっていたからだ。
村を後にして、高原に続く1本道に出ようとしたその時、1匹のゴーストが2人の前に現れた。そのゴーストは派手な服装をしていた。どうやらこの鉱山を治めている人みたいだ。
「誰だ!」
「よくぞここまで来たな。褒めてつかわそう。俺はこの炭鉱の責任者、プリンスゴーストだ。お前はサラだな。サラという奴ならば、犬神様の命令により、ここを通すわけにはいかない。俺はサラがどういう奴なのか犬神様から聞いておる。ノーム、ウンディーネ、サラマンダー、シルフのオーブを集め、更には7大要素の最高神の力を借りて、偉大なる創造神王神龍様を封印する、とな。魔族を殺すことは悪いことだと思っているが、偉大なる創造神王神龍を封印しようというのなら、お前を殺さねばならない。なぜならば、犬神様の命令だからだ。覚悟せよ」
2人は驚いた。犬神の予言? ノーム、ウンディーネ、サラマンダー、シルフのオーブを集め、更には7大要素の最高神の力を借りて、王神龍を封印する? ひょっとしたら、あの呼びかけは、それらを集めるための呼びかけでは? 2人はその時思った。
サラはその時思った。ひょっとしたら、王神龍を封印するというのは、夢に出てきたあの話のこと? だったら、4匹の妖精のような生き物は、ノーム、ウンディーネ、サラマンダー、シルフ? サラは、あの夢には何か意味があるのではと思った。
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