第2話 サラの旅立ち(1)
翌朝のこと。ハズタウンの人々は1週間前に起こった誘拐事件のことを全く知らなかった。知っていた人も、一晩ですっかり忘れていた。
マーロスの娘、サラは母の帰りを待ちわびていた。自分の部屋を出て、玄関を開け、母が帰ってこないかどうか見ていた。
だが、何度見てもいない。サラはそのたび悲しくなった。母のことを思い浮かべると、涙が出てくる。学校の先生や友人は、何とかしてサラを立ち直らせようとしたが、全く効果がない。
サラは、赤いスカートに白い上着、神は茶髪のロングヘアー、つぶらな瞳がチャームポイント。誰にも優しい性格で、他人をいじめようとする人を絶対に許さず、積極的に止めようとする。その心構えは、かつて他人をいじめていた母から教わった。
そのため、信頼が厚く、友達が多く、クラスの人気者だ。小学校の先生も、そんなサラをほめていた。そして、クラスでは級長を務めている。最初は少し戸惑っていて、失敗も多かったが、次第に級長の仕事に慣れてきて、失敗を起こさなくなった。そして、誰もが頼りになると感じるような級長になることができた。先生も喜んでいた。
今日から夏休みだというのに、サラはちっとも喜べない。母と旅行に行くことができない。今年の夏休みはどこにも行くことができない。母が行方不明になったことで頭がいっぱいだ。全く眠れなかった。授業中に居眠りをすることが多くなり、先生に叱られることも少なくなかった。
いつもしっかりと集中して授業を聞いているはずのサラが居眠りするようになった。先生は、サラの身に何かが起こったと思った。
母はとても優しかった。眠れない時は、一緒に寝てくれた。毎日お弁当を作ってくれた。思い出すだけで、気分が楽しくなる。優しい母は、どうしていなくなったのか。こんな優しい母が家出するわけがない。どうしていなくなったのか。サラは首を傾げた、母の写真を見るたび、涙がこぼれた。
母がいなくなった時のことを、サラは昨日のことのように覚えていた。まだ母が帰ってこない。いつもだったら夜の8時ぐらいに帰ってくるはずだ。でも1週間前から全く帰ってこない。いったい、母の身に何が起こったのか。サラは母が殺されたと疑い始めていた。
サラは人間の姿をしているが、本当は魔族で、その中のドラゴン族だ。そのため、サラは赤いドラゴンに変身することができた。
ドラゴン族は、魔族の中でもっともすぐれた知性と戦闘能力を持つ種族で、力も魔力も魔族の中で極めて強い。彼らは、その強大な力と高い魔力から、百獣の王と呼ばれるライオンに対し、魔獣の王と呼ばれている。そのため、多くの国の多くの種族が神としてあがめている。
また、ドラゴン族には、彼らしか解き放つことのできない力があるという。だが、それを知っている人はほとんどいなかった。知っている人々によれば、それは、悪を追い払い、世界に平和をもたらすための力だという。
ドラゴンは、肉食恐竜のような体に大きなお腹を持ち、鋭い牙でかみつく。長い尻尾であらゆるものをなぎ払い、冷気をはじめ、様々な物を口から吐く。そして、コウモリのような翼で空を飛ぶ。その飛行能力はとても高く、大人になるとたった1日で世界を1周できるほどだ。
だが、サラはまだ子供であり、小さい。大人のドラゴンは4mもあるそうだが、サラは人間時の身長くらいしかない。ドラゴン族は圧倒的な魔力を持つと言われているが、サラは魔力が少し弱い。ドラゴンのうろこは、普通の拳では歯が立たないと言われている。
だが、まだ子供のサラの鱗は大人ほど荒くなく、まだまだ強くない。ドラゴンは火や雷等、口から様々なものを吹くことができる。だが、サラは大人に比べると少し弱かった。その力は成長するにしたがって強くなるという。
サラは空を飛ぶことを2歳前後で、口から様々なものを吐くことは6歳前後でできるようになった。だが、人を乗せて飛ぶことや、長い距離を飛行することはできない。
サラが持つ魔族の力はドラゴン族である父から受け継いだもので、母は人間だ。父は生まれてすぐこの世を去った。そのためサラは、ドラゴンとしての知恵を、近所に住む魔族に教えてもらった。
サラはドラゴンとしての姿が好きで、家にいるときはだいたいドラゴンの姿でいる。でも、人前ではあまりその力を使わず、いざという時しか使わなかった。
魔族はたいてい人間の姿をしている。でも、自らの意志によって、魔獣のオーラを解き放ち、本来の姿、魔獣に変身することができる。
それだけではなく、彼らは体の一部を魔獣に変形させることもできる。これによって、人間の姿の時より強くなることができる。
また、魔族は人間と違い、魔法を使うことができるようになる。そして、その魔力次第で、魔法使い、魔術師、魔導士、大魔導、賢者、大賢者と位が上がっていく。
突然、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
サラはその音にすぐ反応した。自分の部屋にいたサラは玄関に走ってきた。母が帰ってきたと思った。サラはわくわくしていた。
サラは玄関を開けた。
「オイッス! 元気にしてる?」
だが、そこにいたのは、この近くにある交番の巡査の息子、マルコス・レオンパルドだった。坊主頭で、黒い服に短パン姿だ。
「なーんだ、マルコスか」
サラはがっかりした。母だと思ったら、マルコスだったからだ。ここ最近、いつもそうだ。母が帰ってきたと思ったら、母じゃない。これで何度目だろう。サラは悲しくなった。
マルコスはサラの幼馴染で、クラスは違うものの、同い年で、非常に仲が良い。マルコスもまた魔族で、ウルフ族の少年だ。ウルフ族は狼人(ろうじん)とも呼ばれる種族で、力が強く、力仕事を必要とする職場で活躍している。マルコスの父は人間で、母がウルフ族だ。母はマルコスを生んで間もなく交通事故で死んだ。横断歩道を渡っている途中、ひき逃げに遭ったという。ひき逃げをした男は現在服役中らしい。マルコスはサラの一番の相談相手で、頼りになる少年だ。だが、頭があまり良くなく、その場合は優秀なサラに頼りっぱなしだ。
「お母さんだと思った?」
「うん。お母さん、まだ帰ってこないの。どうしていなくなったの?」
サラは泣いていた。母が突然いなくなったからだ。
「元気出せよ、サラ。僕のお父さんも一生懸命探しているけど、全然手掛かりがつかめないんだ」
「大丈夫かな?」
サラは不安そうな表情だった。
マルコスはサラの肩を叩いた。サラを励ましたい。また元気なサラの姿が見たい。それがマルコスの願いだった。
「きっとどこかで生きてるよ。心配すんな。お父さんなら必ず見つけると信じてる。だから元気出せよ。話が変わるけど、夏休みの宿題、はかどってる?僕はあんまりはかどってないんだ」
マルコスは夏休みの宿題が難しく、なかなかはかどっていなかった。昨日もサラの家に行き、一緒に問題を解いていた。一応魔法教室に通っていて、魔法は多少使えるものの、優秀なサラにはとても及ばない。魔法教室でも、サラに頼りがちだった。魔法教室での成績は最下位に近く、先生を困らせてばかりだ。
「こっちはまあまあはかどってるわ」
「わからないところがあるから、教えてよ。一緒に勉強しよ」
マルコスは困ったような表情だった。
マルコスはサラと一緒に勉強して、苦手な所を克服しようとしていた。勉強している間だけ、サラはしばしばお姉さんっぽくなった。
サラは後ろを振り向いた。
「いいわよ。今、問題集をやっているところなの。2階で一緒に勉強しましょ」
「ありがとう。いつもごめんね」
マルコスは嬉しそうな表情だった。
「いいよ。友達だもん」
サラは笑みを浮かべた。
「今、読書感想文をやってる。あれ、なかなかはかどらないよ」
2週間後の登校日が締め切りだ。マルコスは焦っていた。
「大丈夫?私はもう終わらせたわ。読書感想文って、2週間後の登校日が締め切りだよね。こっちを優先してやらないと。早く書かないと、先生に怒られちゃうよ。マルコスったら、いつも当日に出せなくて怒られてばかりだよね。たまには頑張ったらどう?」
「うん、わかってるよ。でも、難しくて、なかなか書けないんだ。はぁ・・・」
マルコスは自信をなくしていた。
「とにかく、よく本を読んで、思ったことを起承転結にまとめる。あと、読解力を身につければ、そんなに難しいことじゃないのよ。がんばって」
サラは助言をし、マルコスの肩を叩いた。マルコスは少し立ち直った。少しやる気が出た。サラは笑みを浮かべた。
サラは2階の部屋のドアを開けた。部屋には、多くの本棚やポスターがあり、明るい雰囲気だ。
サラとマルコスはサラの部屋に入った。サラの部屋は清潔で、整理が行き届いていた。所々にはポスターやカレンダーが飾られていた。
サラは本棚から途中までやった問題集を見せた。マルコスはその出来栄えに驚いていた。
サラは途中までやった問題集を見せた。
「今、ここをやっているところなの」
「すげぇな。やっぱサラは天才だ」
マルコスはサラの頭のよさに感心していた。サラは笑みを浮かべた。
「ありがとう。ところで、マルコスは算数の問題集どこまで進んだ?」
「これぐらい」
マルコスは恐る恐る算数の問題集を見せた。見せる時、マルコスは少し笑みを浮かべた。間違っていないかどうか不安だ。マルコスは算数が一番苦手で、いつも30点台だった。
「何これ。間違いだらけじゃないの」
あまりにも出来が悪かった。サラは驚いた。
「うわー、こんなに間違ってるとは。先生に怒られちゃうよ」
苦笑いを見せるマルコスを見て、サラは強い口調で言った。
「笑ってる場合じゃないわよ。玉藻先生、夏休みが明けてすぐに実力テストをするんだよ。実力テストの点数が30点を下回ったら補習らしいよ。その補修、厳しいらしいよ。何とかしないと大変よ」
マルコスは舌を出した。
「そうだね、実力テストまでに何とかしないと」
マルコスはあまり気にしていなかった。高得点を意識してなかったからだ。
「あれで30点以上取らないと。大丈夫?」
サラは心配だった。またマルコスが補習を受けると思っていた。
「自信ない」
マルコスは自信を失っていた。
「やればできるはず。あきらめないで」
サラはマルコスを応援した。何としてもマルコスの成績を上げたかった。
「うん。補習にならないように、頑張るよ。話が変わるけど、サラ、元気にしてた?」
マルコスはサラのことが心配だった。母がいなくなって、寂しそうなサラが気がかりだ。何とかしないと。
「お母さんがいれば、とても元気なんだけど」
サラは母のことを思い出していた。でも、母は今日もいない。
「落ち込むなよ、サラ。絶対見つかるさ。奇跡を信じようよ」
マルコスはサラの肩を叩き、慰めた。マルコスはサラの笑顔を見ることが大好きで、見たかった。そのために、母親を失ったショックから立ち直ってほしかった。またいつもの笑顔が見たかった。数日前から慰めている。でも、なかなかサラは立ち直らない。マルコスはいつまでこんな表情だろうと思った。
今日もサラは落ち込んでいた。サラは母が行方不明になって、とてもショックを受けていた。食欲をなくし、少しやせ細ったようだ。掃除をしていないため、家の中はごみが散乱し、家具や電化製品にはホコリが付いている。
「お母さんがいなくなったら、どう生きていけばいいの?」
サラはこれからのことを心配していた。生きていくために、何万円も払わなければならない。どうやって払ったらいいんだろう。これからどうやって生活しなければならないのか。
サラは泣きだした。それを見たマルコスはサラの隣に座り、サラの両手を握った。マルコスはサラを慰めようとした。
「泣くな。心配するな。僕と一緒に暮らそう。部屋は僕のお父さんがちゃんと用意すると思うから。そうだ、今、夏休みだろ。隣の村に遊びに行かない?」
「うん」
サラは泣き止み、うなずくが、元気がない。やはり母のことが気がかりだった。遊びに行くなら、母と一緒がいい。サラは母と一緒に行きたかった。
サラの肩を叩き、マルコスが聞いた。
「どうした。行きたくないのか?」
「行きたいよ。でも、お母さんじゃなきゃ」
サラは泣き出した。母は必ず帰ってくるはず。母がこんなことで死ぬわけない。きっとどこかで生きているはず。サラは、母が誘拐され、誘拐犯に殺されたと思っていなかった。サラは希望を捨てていなかった。
「サラ、いつまでもお母さんと一緒じゃあ、生きていけないよ。いつかは独り立ちしなきゃ。さあ、行こう。泣いてばかりじゃ、何も進まないから」
「うん」
サラは涙ながらに答えた。行くのなら、母と一緒がいい。再び帰ってきてから、行きたい。サラは泣きながら母と行くことを考えていた。
気晴らしにサラとマルコスはアインガーデビレッジに向かうことにした。アインガーデビレッジは川のほとりにある山間の村で、休みになると、渓流釣りの人々が集まる。サラは部屋に戻って、支度を始めた。
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