神能界戦
辻野深由
第1話:邂逅、竜人種 - 前
「終わった……人生が、終わった…………」
「落ち込むなって、かみやん」
「そうそう。他の科目は全問正解っぽいし、数学だけ調子が悪かったのはたまたまだって」
ともにテストを受けた塾のクラスメイトである
ただ、その友人たちですら、いまにも泣きだしそうな神谷に対して当たり障りのない言葉しか掛けることができない。なにせ神谷がこの試験に人生を掛けていたことを知っている。ドンマイなんて言葉は地雷も地雷。だからせめて一縷の望みはまだあるのだと諭すように慰める他なかった。
「八科目のうち七科目が満点なんだから、数学が駄目だったとしてもぎりぎり引っ掛かるでしょ」
「…………そう、かな」
「そうそう。僕たちの解答が正解してるか分からないし、そもそもこれだってただの答え合わせじゃん? もしかしたら、かみやんが一人だけ正解って場合もあるっしょ?」
「いや、でも……六人とも同じ試験を受けて俺だけ違うってのは……やっぱりどうかと思うんだよな」
午前まで国立掃魔師育成高等専門学校――通称『掃魔師高専』の入学試験を受けていた神谷は、試験が終わると地元に戻って駅前のファミレスに入り、同じく掃魔師高専の入学試験に臨んでいた牧野瀬、鵺崎と答え合わせをしていた。
試験は国語、英語、歴史、政治経済、物理化学、生物地学、体育、数学の八科目。
二日目に実施された大一番、数学の試験で、神谷は不可解な現象に見舞われてしまった。
全国偏差値トップの牧野瀬や塾で次席の鵺崎と一問すら数学の答えが噛み合わない。なにか悪い夢でも見ているような心地がして、気張っていなければ視界が滲むほど参ってしまった。
「はあぁぁぁ…………。マジで駄目かも…………」
「そんなに落ち込むなって! 高専が落ちても大学があるじゃんか、な?」
「大学からじゃ高専組と雲泥の差が付くっていうし、エリート層以外は前線にも出られず後方雑務が関の山。俺がやりたいのはそういうことじゃねぇんだよ」
「あと三年、頑張って勉強すれば大学でエリート候補になれるかもしれねぇじゃん? かみやんなら大丈夫、いけるって!」
「数学でこんなミスしてんだぞ、自信ねぇよ……。つうか、そもそもなんで俺だけこんなに違う答えなんだ? おかしいだろ」
神谷は頭を抱える。試験中向き合っていた問題は幻覚だったのだろうか。いや、そんなことはあり得ない。問題を読み違えたという可能性もまずない。
だって、単純な一桁と一桁の四則計算なんて、いまさら間違えるわけもないのだから。
「それにしても神谷の隣に座ってた黒髪の子、綺麗だったよなぁ。あんな美人な子が同級生になるかもしれないって思うと楽しみで仕方ねぇ!」
「監督の先生もすげぇ若かったよな! というか神谷が消しゴム落として拾ってもらってたの見てたぞ! 良い匂いしたか!?」
「お前ら、俺の気も知らないで……」
呆れと憐れみの入り交じった目を友人へ向けて神谷は嘆息する。
「人生が掛かってる大事なときにそんなことを気にする余裕あるわけないだろ!?」
「はー……これだから恋愛に興味がないとか公言してるやつは駄目なんだ」
「まったくだ。青春で一番大事なことだろうがよー」
「女子の胸やらケツやら追いかけてる暇ねぇの!! 俺には掃魔師になるって目標があるんだからなっ」
掃魔師――それはこの世界に蔓延している『
掃魔師になるためには専門学校を卒業し、免許を取得しなければならないと決まっている。霊魔を祓うに『
大学受験による枠もあるが、あくまで高専の卒業が叶わなかった者を補充するためのもので、場合によっては募集しない年が続くことだってざらにある。
だから神谷はこの一年、身内に度重なる不幸があってもめげずに勉強を取り組んできた。
だというのに。
「……ちくしょう」
テーブルを囲む友人たちの頭の良さは折り紙付きだ。
だから彼らの答えが間違っているとはとても思えない。
けれど神谷自身もまた、たかが四則計算でヘマをするわけもなく。
これは一体どういうことだと、半べそを掻きながら首を捻り思考を巡らせど、ついぞ結論はでない。
やがて窓の外に夕日が差し始め、神谷の対面に座っていた友人たちは互いに顔を見合わせて席を立った。
「いつまでもこうしてたってしょうがねぇし、今日はぱーっと騒ごうぜ?」
「だなっ! 久しぶりにカラオケとかどうよ? なんなら僕の家でアニメの鑑賞会でもいいぜ? 今期はずっと我慢してたから二ヶ月分溜まってるし、余裕で一日潰せるっしょ!」
一緒にどうだ?という目線だけの誘いに、神谷は首を横に振って答える。
「折角だけど悪い。さすがに今日は気分じゃない。それに、これから別の用事もあるし」
「こんな時間から?」
「ちょっと、墓参りだ」
「別に明日でもいいんじゃねぇか?」
「……今日はじいちゃんの百箇日なんだよ。折角なら景気の良い土産話を持っていきたかったんだけどな」
「っ……」
あまり口には出したくなかったが、それで悟ってくれた友人たちが潔く引き下がる。
「そいつは悪い。そっか、ならまた今度な」
「おう。また誘ってくれ」
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