その参 墓杜初 → ???

第二十八話 その後

 初に自由を与えれば、おれは死ぬだろう――、

 そう思って、覚悟を決めて鎖を断ち切ったのに、目を醒ましたら、なにも変わっていないクロスロンドンの町の中で倒れていた。


「――あれ?」


 周りを見渡す。

 霧のせいで、見渡せる場所も限られる。

 立ち上がって周囲を歩いてみると、気付いたことがあった。


 この場所だからこそ、おかしい。


「……幽霊が、いない?」


 ああいや、いないわけじゃない。

 すぐそこにいる。

 でも、誰もがおれのことをまるで見えていないかのように、興味がないみたいに、素通りしていくのだ。


 まるで、幼い頃から付き合ってきた忌々しい体質が、綺麗さっぱり消えたみたいに……。

 少し寂しいと思ってしまったのが、ちょっと悔しかった。


「初? どこだ、いるか!?」


 大声で呼んでみるが、返事はなかった。

 これは、どっちだ……?


 初との鎖を断ち切った結果なのか、そもそも長い長い夢を見ていたのか……。

 代償としておれが死んで、じゃあ今のおれは幽霊になってクロスロンドンで目が醒めたのか。


 確かめるためにも初と二人で借りているアパートへ戻る……と、部屋の中の荷物が全てなくなっており、もぬけの殻になっていた。

 ……自由になった初が、クロスロンドンから出ていったと考えるのが普通だけど、嫌な想像も生まれる。


 初は、本当にいたよな……?

 おれの中の、妄想じゃ、ないよな……?


「そうだ……、夏葉さんに――」


 退去済みの部屋から出ようとした寸前で……部屋に入る時には気にしなかったことに、今になって気付いた。

 鍵、かかってるよな? 

 おれは当然、鍵を持っていない。

 ……どうやって部屋に入ったんだっけ?


 ドアノブを握ろうとしたら、するっと抜けて、扉の外に出ていた。

 もう一度、繰り返す。

 部屋の中と外を何度も行き来して、便利に思う反面、扉に触ることができない、ということにも気付く。


 まるで……本当のところは分からないけど、幽霊って、こんな感じなのかな……。

 外から中へ、最後に試しにドアノブに手を近づけると、今度は触れた。


 鍵がかかっているので、扉は開かなかった……けど。


 ――今度は、触れるのか?


「おれ、どうなったんだ……?」


「あ、ひつぎ」


 部屋の前でばったりと出会ったのは、買い物にいっていたのだろう、買い物袋を手に提げた夏葉さんだった。


「あー重っ。初がもういないからさー、家事は自分でやらなくちゃいけなくなったし……ちょっと買い過ぎちゃったかも」


 ぱんぱんに総菜を詰め込んだ、買い物袋が両手にある。

 たくさん買い溜めしたみたいだけど、おれでも分かる……賞味期限とか考えているのだろうか? 

 夏葉さんなら、気にしない剛胆さを持っているから、そもそも賞味期限のことを知らない可能性もある。


「それくらい知ってるよ! 失礼な。知ってる上で、だって私たちは関係ないじゃん?」

「関係ない……? いや、あると思うよ……お腹を壊したり……」

「ひつぎは幽霊に向かって、同じことを言うの?」


 いや、だって幽霊は別に、食べる必要性がないと言うか……。

 でも、中には食事をしている幽霊もいる。


 そうは言っても生きるために食べているわけではないのだろう……、

 ただ、食べることが好きなだけ――そういう幽霊がいたっていいはずだ。


「幽霊には、言わないけど……だって夏葉さんは幽霊じゃ……」


 ない、と言い切ろうとして、ふと気付く。


 昔は、人間と幽霊の区別もつかなかった。

 体の成長と共に見分けがつくようになったけど、初が傍にいるから見分けられた、とも言える(見分けられたと言うか、初が教えてくれた)。


 あからさまな幽霊ならさすがにおれだけでも分かるけど、幽霊側が本気で、幽霊であることを隠そうとしたなら、果たしておれはそれを見破れるだろうか。


 自信がなかった。

 頭から足の先までじっくり見ても、夏葉さんがどっちなのか分からない……、

 というか、幽霊であってほしくない。

 だって、そうだったなら……、夏葉さんは既に、死んでいることになる。


「死んでないよ。だからそんな悲しそうな顔しないで。からかった私が悪かったから」

「じゃあ、夏葉さんは……っ」

「うん」


 ――そう言えば、夏葉さんはおれに向かって、

「初と一緒にいかなかったの?」

 とは聞いてこなかった。


 おれたちの事情を把握しているのか……? 

 初から聞いていた?


 おれは死んだ、もしくはそれに近い状態であるとして、そんなおれと再会したことに、夏葉さんは驚く様子がまったくなかった。

 この部屋に戻ってくることを見越していて、待ち伏せ……はしていなかったけど。


 でも、意識して待っていてくれたのかもしれない。


「私も、ひつぎと同じ」



「――

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