第十五話 本当の殺し合い
――ひうん、と風切る音が聞こえ、意識するよりも早く、ひばりがおれを庇うように手をかざした。
――血飛沫と共に、ひばりの手の平に小さな鎌が突き刺さっている。
「分からねえか、ひつぎ」
その鎌を投げた大男が、廊下の先に立っていた。
オウガの背後には見慣れない男たちが立っていた。
中には女性もいるし、男か女かも分からない、仮面をつけた者もいた。
……彼、彼女たちが、死に神なのだろう。
そこには、初も混ざっていた。
「初……?」
おれが聞くよりも早く、オウガが繰り返す。
「オレたちがお前ら人間と敵対する理由が、分からねえのかと、聞いているんだが」
「そ、そんなのっ、分かるわけがないだろっ!!」
分からないから、混乱してるんだろ!
「だろうな」
オウガの言葉には、一片たりとも期待していなかった、という確信が宿っていた。
「だからこそ、なんだがな」
そして。
「ひばりの言う通りだ」
「この殺し合いは最初から、オレたち死に神とお前ら人間との――――殺し合いだ」
死に神。
なぜ死神という表記でないのか……音だけでは判別できないため気にしないかもしれないが、おれとひばりと比べると、オウガの発音には、多少の違いがある。
しにがみ、と流れるように発音するおれたちとは違い、オウガはし『に』がみ、といったように、『に』を少しだけ強調する。
聞いている側が引っかかりを感じるように……。
彼、彼女たちの存在理由を知れば、死神でなく死に神であることがよく分かる。
『に』は数字を表していて、つまりおれ自身から生まれたもう一人のおれとも言えた。
二人目。
見た目は違うし、思想も違えば、感情も持っている。
分身やドッペルゲンガーよりは兄妹に近いだろう……でも、全て一人目が優先される。
二人目に自由なんてなかった――。
だから……。
滴る血が、足下に血溜まりを作っている。
ひばりが歯を食いしばり、手の平を貫いていた鎌を引き抜いた。
「っ、はぁ、はぁ……っ、――揃いも、揃って……あたしたちを裏切るつもり……!?」
「裏切る? おかしな話だな」
オウガが宙を掴むと、その手に鎌が握られていた。
同時に、ひばりが掴んでいたはずの鎌がなくなっている。
感触が消えたことに遅れて気付き、手元を見たひばりは前方に迫る危険に気付かない。
「鎌に宿る能力は、オレらのもんだ」
「はッ――」
視線を戻した時には既に、オウガの巨体がひばりの目の前にあった。
……おれが見えたのはそこまでだった。
まばたきしている間に、ひばりの姿が消えていた。
「え……?」
オウガが振るった握り拳の方向に。
壁に叩きつけられ、結んでいた紐が千切れ、髪が下りているひばりが倒れていた。
彼女に意識はなく、おれの呼びかけにも答えない。
「うるさいのよ……」
って、ひばりなら、頼まなくても悪態をつくはずなのに……。
「能力を持ったからって、お前が強くなったわけじゃない。これはオレらと同時に生まれて、オレらが優先される力だ……って、もう聞こえちゃいねえか」
斬りつけた場所に瞬間移動……でなく、高速で移動するオウガが持つ鎌の能力。
鎌がひばりの手の平を貫いたことで、既に条件が整っていたのだ。
床や壁だけでなく、人体にも可能だったなんて……。
「逆に、効かないって誰かが言ったのか?」
オウガが視線をおれに向け、視界の端でなにかが横切った。
遅れて感じる、腕に走る熱を確認すれば、ほんの小さな切り傷だ。
だが、それで充分だ。
たとえルールを解明していても、使い手が達人であればこちらの優位にはならない。
おれの背後の床に突き刺さっている鎌を確認……してる暇なんてない!!
「手数で惑わそうとしたオレが馬鹿らしく感じるな。というかお前の場合、鎌なんか使わなくても、単純に殴ればそれで良かったんじゃねえか?」
覆い被さるような体格差だ。
見下ろされていると、背中で感じる圧で分かる。
おれは振り向かない。
それよりも優先させる質問があったからだ。
「……なんで、裏切ったんだよ……っ!」
「お前らは……同じことを。当たり前だと思うのか? 確かにオレら死に神はお前らから生まれたもう一人のお前自身だ。だが、姿が違えば思想も思考も違う。性格だって、目的だってな。そんな奴を、当然のように従わせられると思ってんのか?」
「違うっ、従わせようだなんて思ってない!!」
「裏切る、だなんて言葉が出る時点でお前はオレらを縛る気だろうが」
縛るという言葉に、思い当たる節があった。
それを自覚してしまうと、オウガの反抗にも共感できてしまう自分がいた。
「まるで同じ方向を向いていると思い込んでるんだ、お前らは」
だから、なにも言えなくなった。
そうだ……、オウガは、おれなんだ。
やり方が違うだけで、求めたものは同じ。
オウガは対抗し、破壊を選択したのに対して、おれは、ただ逃げ出したのだ……。
「裏切る、だなんて元々お前らの仲間だったみたいな言い方をするなよ」
オウガが告げる。
彼だけでなく、廊下の先でこちらを見つめる死に神たちの総意なのだ。
「最初から、オレらはお前らの敵だ」
ぶわっ、と背筋に走った悪寒が体を硬直させた。
そうでなくとも、分かっていてもおれにはどうしようもできなかっただろう。
なのに、振り下ろされた拳は――寸前で止められた。
オウガの慈悲?
……違う。
人間と死に神の考え方が異なるのは分かったし、それこそ当たり前だ。
人間と人間でさえ対立し、多種多様な面を見せる。
一人の人間が持つ思想は一面だけではない。
だったら。
死に神がそうでないと、なぜ言える?
振り下ろされたオウガの拳を止めているのは、大鎌の刃だ。
オウガの視線がおれから隣へ移動する。
「……なぜ止める? お前も納得して参加したはずだろう……?」
「ええ、そうね」
端的に、初が答えた。
言葉は続かず、鎌を握り締めている手に、力が加わった。
鎌の刃が、力で押し負けたオウガに迫り、彼が傷を怯えて後方へ跳んだ。
その逃亡を情けないとは思わない。
死に神の鎌について、おれも学習している。
斬りつけられた時点で勝ちの目が八割も奪われたと思った方がいい。
だから、肉体に傷を作ることを恐れたオウガが距離を取ったのは正解だ。
「思想には納得した。でも、今のやり方には賛同できない」
「ならどうする。ここでオレらと敵対でもするって言うのか?」
「違うわ。――問題があなたのやり方なら、わたしのやり方で目的を達成させる」
「…………初?」
おれを守るように背中を見せていた初が、振り向いた。
大鎌を構え、刃をおれに向ける。
「嘘、だよな……? なあ、初……? 冗談なんだろ! 初はあの時、これからもずっとおれを守ってくれるって、約束してくれたじゃないか!!」
初はまぶたを下ろし、なにかを決意したように深呼吸をした後、目を開いた。
「ひつぎ」
いつも通り、感情の見えない声と表情で。
「わたしだって、死に神なの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます