哭女

萩原なお

第1話


 うねった風が、竹の葉を揺らした。道捃どうくんは床にひざまずいた体勢のまま、その音に耳を傾けた。夏も過ぎ、秋が色濃くなる季節。あれだけ元気よく揺れていた竹の葉も細くなり、元気がないように感じる。


 ——晶王しょうおう様のお命は冬まで保つだろうか。


 刻々と季節が過ぎゆくことを体感しながら道捃は思う。病床にせる主人は徐々じょじょに死の匂いが濃くなっていく。初夏は身体を起こすことができたのに、今では寝たっきりだ。食事も満足に摂ることができないので、その身体は酷く痩せ衰えていた。


「……きりに、桐に会いたい」


 晶王——皓月こうげつは熱にうなされたようにその人物の名を繰り返した。すがるように枯れ木の腕を持ち上げ、その人物に触れるように指で宙を掻く。

 跪く道捃からその顔は見えないが、泣きそうな声色からは皓月の心情が伝わってきた。


「なあ、道捃。お願いだ。桐を、彼女を連れてきてくれ」

「……それがご命令であれば」


 道捃は眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。


「ですが、どこにおられるのかあいにく検討もつかず、お時間をいただくことになるかと」

「……彼女を見つけるのが先か、予があの世へ参るのが先か。こればかりは天帝にしか分からぬな」


 皓月は死期が近いことを自覚しているからか、珍しく弱音を吐く。若くしてこの国を導いた名君の姿に道捃は胸が痛んだ。



「縁起でもないことをおっしゃらないでください。この道捃。必ずや桐様をお連れすると約束いたします」



 道捃は深く頭を下げた。その人物がどこにいるのか分からないが、尊敬する主人が会いたがっているのだ。腹心として、その願いは命をしてでも叶えなければならない。




 ***

 



 ——桐と思わしき人物が見つかった。


 ここが職場なのを忘れて、道捃は手を挙げて喜びそうになった。皓月が再開を望む桐という女性は二十年も昔に行方不明となったのだ。手がかりもほぼ無く、捜索を開始してまだ十日目。その報告が虚偽であることの方が可能性は高い。

 道捃は自分を落ち着かせるために息を吐いた。


「それは真か?」


 問いただすと部下は誇らしげに胸を張った。

 その表情と行動だけで期待が膨れ上がる。


「はい。手紙のものと似た筆跡、名前、年齢、見た目も、情報通りです」

「よくやった!」


 道捃はねぎらいの意味で部下の肩を叩くと、引き出しを開けてくたびれた一通の手紙へと視線を落とした。黄色く色褪せた手紙は、ところどころ文字が薄れているため内容は分からない。

 この手紙の書き手は桐で、別れの間際に皓月へ渡したと聞いている。かろうじて分かる文字からその筆跡を真似て、部下に「探せ」と命じたがまさかこんな早く見つかるとは思わなかった。


「探し人は教師をしているようで、その生徒が彼女の筆跡を覚えていたんです」

「それで彼女の居場所は?」

赤剛山せきこうざんふもとの村に滞在しているとか」

「よくやった!!」


 道捃は喜びで心が踊った。これで皓月の望みを叶える事ができる。道捃は部下に休暇をとらせて、自分も休みを取った。

 仕事は山積みだが主人の願いを叶えることが最優先だ。簡単に身支度をすると護衛をつけずに赤剛山へ向かった。


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