情緒集
うぐてか
無責任な風と夏
何か後ろに視線を感じる。気だるい暑さの中で、しばらくは振り向く気力さえもなかった。ぼうっとテレビを眺めながら、ふと背後の視線の主に手を伸ばし、四つあるボタンで左から二つめを軽く指で押す。すると彼はゆっくりと首を回し始めた。同時に、柔らかな心地よい風が耳の横を通り抜ける。
慣れてしまうと物足りなさに風の勢いを強める。暑さがそれを上回る。たまらず「暑いなあ」と、客のいない舞台に演者のごとく一人呟いた。しかしそれでいて同意を求めるものであったから、無責任に何の返答もしない彼を咎めるように振り返る。あいつは首を左右に振って、僕はなんだか否定された気がした。馬鹿にしやがって。自分の苦痛を分かってくれない苛立ちから、無意識に彼の頭に手をかけてその顔を動かせないようにした。首を振るのをやめた「彼」は、ただ静かにこちらを見つめるだけだった。
客席に熱心な者がただ一人だけ、そんなとき演者はその一人にのみ情熱を注ぐ。僕はいつしか暑さを忘れ、「彼」と向き合ってひたすらに話しかけた。虚しい言葉とぬるい風が行き来する。眼前にはいくつかの羽が影を残して、もはやその区別はまるでつかない。「暑いなあ」と再びこぼすと、「彼」はただ黙って風をよこすばかりで、そこに落胆とかすかな苛立ちも生まれた。そうして今度は何も考えず床に寝転がってみた。横になったのは刺すようなあの視線から逃れるためだろうか、という考えが頭に浮かんだが、あるいは「彼」がそう言ったのかもしれない。
やがてあらゆるモノの境界が不明瞭になった。もう暑さは感じなかった。
情緒集 うぐてか @bun_bun_bb
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