二十三、コブラの行動原理

 鑑定の様子は一部の報道で中継された。あの鑑定人が白い手袋をつけて各部をのぞき込んでいる。ケースから取り出されたF50試を見るのは初めてだったが、どれほど透明度の高い素材でも模型の色や反射を変えてしまっていたようだった。

 そして、鑑定人が細いスコープを運転席に入れた。画面が小さく区切られ、内部の様子も映る。豊国教材模型社の商品タグだった。小さな声で読み上げてうなずいている。


 スコープを引き出すとき、あのガラス板が区切られた画面の端を一瞬かすめて映った。片倉は息をつく。すぐに分割画面は消え、笑顔の鑑定人が環太平洋諸国連合の大使と握手した。「ありがとうございます」片言の日本語が聞こえた。


 鑑定人が退場した後、浄水場管理体が感謝の言葉を述べ、国立博物館に寄贈する意思を表明した。遠隔で参加した館長は受け入れと、大使、管理体それぞれに謝意を表した。


 そこで見るのをやめ、部屋を出た。ふらつく足取りで医務室に向かう。

「熱の直接の原因は風邪ですが、大本は極度の疲労です。解熱剤を出しますが、まずは休んでください。疲れを取らないといけません」

 医者の言葉にぼんやりとうなずく。部屋に戻ると粥を頼み、薬を飲んで寝た。熱が引くのに二日、体中のだるさが取れるのにそれから三日を要した。端末は自動応答にし、すべての通信に出なかった。


 六日目、きちんと風呂に入り、歯ごたえのある食事をしてたまった通信を確認した。


「どうしたのですか。自動応答ばかりで心配しました。人を差し向けようかと考えていた所です」

「これはどうもご心配を。陛下。ただの風邪です。それとちょっと疲れがたまっていたようです。で、急を要するご用件とは?」

「コブラです。コブラの監視を依頼したい」

「意味が分かりませんが」


 端末に資料が届いた。様々な団体や組織がリストになっており、いくつかは片倉も知っている反政府組織だった。


「あなたの言っていた『隠れているコブラ』です。通信ネットワークを用いず、手と足で繋がっています。故に動きを読んだり影響力を及ぼしたりが困難です」

「詳細な調査を行いたいのですね」

「そうです」

「断ります。それなら公安なり、非公式にやるなら工藤室長ではいかがですか。私の仕事ではない」

「もう動いてもらっています。ただ、彼らはあなたではないのです。そこがいけません」


 片倉は返事をしなかった。日ノ本ひのもと陛下はさらに続ける。


「各組織の構成員や組織間の繋がりといった表面的なデータは完璧に入手したと言えるでしょう。しかし、情報を接ぎ合わせてもそれらの組織が何なのかという事がさっぱり分からない。片倉さん、反政府組織はなぜ反政府なのですか」

「今の政府や陛下御自身に不満があるのでしょう?」

「調査によれば、現在の政策に対する代替案を提示している組織は十パーセント以下でした。大半はただの反対なのです」


 陛下はいったん言葉を切り、返事がないのを確かめるとまた続けた。


「私に対する反発もそうです。私や他の人工知能から人格や判断力等を消し、ただの機械学習を積み重ねた道具とするのは可能ですが、それによる大幅な能力低下への補完計画が見られません。彼らの計画通りになれば大混乱を招くだけです。日本にはまだまだ人工知能に取って代われるだけの能力を持つ者の頭数がそろっていませんから」

「反対のための反対をしていると言いたいのですか」

「不可解ですがそうとしか思えません。しかしそうした意味不明な考え方をする人々が無視できないほど多数存在し、かつ、私の目が行き届きにくい状態です。これは危険です。ライオンを理解したようにコブラも理解しなければなりません」

「まだ分かりません。私である理由がです」

「隠れたコブラの存在を一番早く警告してくれたのが片倉さんだからです。私は無能とは組みたくありません」


 片倉は少し考えて答えた。


「具体的に何をすればいいのですか」

「引き受けてくれるのですね。ありがとう。彼らの行動原理を突き止めてください。目標もです。反政府組織にとって反政府とは何か。いったい何をしたいのか。反対によってどこへ行きたいのか」

「期限は?」

「年内」

「二か月ないじゃないですか」

「事は急を要します。目鼻が付くだけでも結構です」

「ではじっくりと外堀から埋めるようなのんびりしたやり方は使えません。正面から突破します。陛下の名前を使いますがいいですね」

「具体的には?」

「彼らの所に乗り込みます。堂々と。遠回しなやり方をするのではなく目的も依頼主も明かして取材します」

「結構です。しかし変わった方法ですね」

「効果はあります。最近覚えた手です」


 日ノ本ひのもと陛下は黙り、数秒間を空けた。


「ところで、片倉さん、報酬についてはいいのですか。何もおっしゃらないですが」

「この仕事そのものが報酬です。判明した事実について、陛下はどのような権利も主張しないと約束してください」

「出来ません。調査結果は治安維持のため適切な取り扱いがなされるべきです」

「報酬が満足できない仕事は引き受けません」

「では、権利は主張しないまでも、公表する場合は相談頂けませんか。これが妥協案です」

「いいでしょう。ただしあくまで相談ですよ」

「契約成立ですね。独立人インディーズは決断が早くていい。しかし、いつも思うのですが、握手できなくて残念です」

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