十九、外交儀礼
選挙が終わると急に暑くなった。昼も夜も体力と気力を奪っていくような気温の中、議会が政治を執り行うようになった。そういった報道が増えるのに反比例するように
政治は常に問題解決を迫られる。今年は春から夏にかけて雨が少なく、誰の目にも不作は明らかだった。
片倉は工藤と共に海外の情報を集め、分析した。外務省と食糧庁は海外の組織からの食糧輸入の検討に入っている。その際に足元を見られないように組織間の力関係を見定め、各個切り崩して安く質の良い作物を入手しなければならない。
「外交に関わる情報収集と分析は我々の仕事ではないが、表立ったやり方で出来ない事は我々がやるしかない。分かるな、工藤」
黙ってうなずく工藤を横目で見る。この仕事は同室で行っていた。画面越しではない。
「室長、通信についてですが、気象条件にかなり影響を受けるとはいえ、現実的には気球がベストでしょう。通信員では遅すぎます」
画面には管理が行き届かず無残に破損した海底ケーブルと、見捨てられて崩壊寸前の地上施設の画像が映っていた。衛星については情報すらない。
「しかし、外務省は秘匿性を最優先としている。無線で大丈夫か」
「今、我々が使っているレベルの暗号化で十分でしょう。予備調査で囮データを流しましたが反応した組織はありませんでした」
「いつの間に?」
「陛下の指示でしたので」
今度は片倉が黙ってうなずいた。工藤はさらに続ける。
「輸入の交渉は彼らに任せるとして、ついでにこういう情報も集めました。外務省の予算のおかげでかなりの贅沢ができます。この機会にと思って動きました」
「要領がいいな。それもか」
「はい。こう言ってはなんですが、よその予算で動けると教えて頂いた時の陛下は楽しそうでした」
「だろうな」
工藤は日本の建国が海外組織にどのように受け止められたか最新の情報を集めていた。建国はどこでもかなりの注目を集め、中には後に続こうという動きも見られた。
「しかし現実的には無理のようですね。歴史的なしがらみや民族、部族の壁が分厚すぎるようです」
工藤がグラフが重ねられた地図を指差して言った。大分裂によって一つ一つが日本の都道府県かそれ以下の集団に分割された大陸の様子が示されていた。モザイクの小片はすべて単一の民族や部族から構成されており、多様性などかけらもなかった。
「しかも、お互い食い合って消耗するばかり。大陸には当分未来はないですね」
あきれたような口調の工藤に片倉も同意する。
「アレクサンドロスかチンギス・ハーンみたいな極端な英雄が出ないと統一もできないのか」
「人工知能がそうならないんでしょうか」
「残念だが、常に人の幸福を願うとは限らないんだろう。
工藤はかすかな笑いを浮かべながら注目点を移動させた。
「ただ、こちらは異なります。太平洋の群島です。ハワイを中心としてミクロネシア、ソロモン、マーシャルその他の島々が連合しようとしています」
「それは私も注目していた。日系人組織が動いているらしい」
「旧天皇?」
「担ぎ上げられるのは間違いない。本人の意思に関係なく、な」
「使えますか?」工藤はいたずらっぽい目をして言った。
「向こうの出方次第だな。たぶん財政、技術援助を求めてくるのは間違いない。外務省の役目だが、情報は集めておいてほしい」
「分かりました。それにしてもこれがあったからですかね。帰還の拒否は」
「さあな。向こうでどんな動きがあったかなんて分からん。どっちが後先かなんてさっぱりだ」
外務省はアジア諸国の各組織と共同で気球の配置を始めた。通信環境の整備を行い友好を深め、食料をはじめとした物資の確保を目指すとしていた。まずは米と小麦の流通の安定を確実なものとするのがさしあたっての目標だった。
気球が打ち上げられ通信網が整備されていくにつれ、片倉の所にも情報が入ってくるようになった。アジアというフィルターがかかってはいるが、経由して他の大陸の新鮮なデータも流れ込んできた。
そのような情報を工藤とともに分析している最中に、外務省の担当者が片倉を名指しで呼び出してきても、それ自体にはさほどの驚きはなかった。相手に了承を得て工藤も聴取のみで参加させた。
しかし、東陽坂の浄水場管理体が話に出てきた時、片倉は驚きを表してしまい、表情を保っておく事ができなかった。
「F50試です。当時の天皇に奏進された一番機を友好の証として贈呈したいとの事です」
外務省の担当者は背にその模型の映像を合成していた。博物館の展示物並みの美品だった。
「浄水場管理体にですか」
「
「分かりません。私に相談する事でしょうか。これは純粋に外交の課題でしょう。広報室が関わる理由は?」
「広報室ではありません。片倉さん個人のご意見を伺いたい。これにまつわる様々なご経験があるのでしょう?」
片倉は机の下で右小指をなでた。
「管理体はすでに精密な復刻版を持っており、満足しています。だから感謝して受け取り、その後博物館に寄贈すればいい。そのあたりの呼吸はそちらが専門では?」
さらに続ける。
「あ、これは単なる好奇心ですが、相手はどういう立場で贈ってくるつもりなんですか。まさか
外務省の担当者はかすかに笑った。
「そんなのには引っ掛かりませんよ。あくまで環太平洋諸国連合の代表としてです。まあ、おっしゃるとおり受け取って寄贈、が順当でしょうね」
工藤から合図が飛んできた。別画面に表示させる。片倉は会議を終えようとする外務省に呼びかけた。
「待ってください。管理体です。寄贈はしないと言っています。確認願います」
画面の向こうでざわついた気配がした。
「確認しました。片倉さん。これはどういう?」
「どういうというか、管理体は純粋に趣味を貫き通すつもりでしょう。こんな美品を逃すつもりはないみたいですね」
「これは高度な外交です。趣味嗜好で動いてもらっては困る」
「陛下はなんと言っていますか」
担当者は確認しますと言って保留にした。片倉は工藤との回線を開いた。
「連合の奴ら、これを想定していたのかな」
「いや、分かりません。調べますか」
「いけるか。片付いてない宿題多すぎないか」
「大丈夫です。動けます」
片倉は、大丈夫、と言い切る工藤の顔を見た。
「やってみてくれ。私は管理体を当たってみる。縁があるからな」
その時外務省が戻ってきた。
「陛下は末端の人工知能の決断については知らないと言っています。それと、その決断について干渉する気はないとも」
「そんな。外交に関わる事でしょう」
「陛下からすれば、管理体が受け取ったままにしようが寄贈しようが大した差はないと考えているようです」
「それは、わざと知らない振りをしているのですか」
「まったく分かりません。片倉さん、陛下や管理体がプロトコルをわきまえていないなどという事があり得るとお考えですか」
「もちろんあり得ません」
「では、なぜ」
片倉は顎に手をやった。
「私が直接聞いてきます。これも縁です。理由によっては寄贈するよう説得します」
「ありがたい。お願いできますか。話は通しておきます」
「あ、それと、この仕事の間、外務省用の超高度秘匿回線を使わせてください」
「そんなものはありませんよ。……いや、いいでしょう。後でアカウントをお渡しします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます