十七、喜劇
片倉は仕事をしながら画面の片隅に報道を流し続けた。坂下が映っている。記憶よりさらにやせたようで全体的に尖った雰囲気になっていた。
その坂下の顔の横には炎とどす黒い煙を上げる建物の動画がかぶせられている。昨夜爆破され、完全に機能を停止した通信施設だった。
「『自由の子供たち』は東北地方の自治を宣言しています。建国準備委員会は治安の回復を目的として旧自衛隊の装備使用を許可しました」
言葉の調子に合わせてか、赤い線のうねりが大きいように見えた。片倉は意識的にゆっくり落ち着いた口調で返す。
「で、私はその武力行使の正当化と自治宣言の無効、および被害はさほどでもないと広報すればいいのですね?」
「そうです。片倉室長。お願いします」
「しかし、武力行使と自治宣言無効はいいとして、被害は甚大です。東北地方を束ねる通信施設と管理人工知能がほぼ完全に消滅した状況ですよ」
「施設は再建できます。人工知能はバックアップがあります。破壊二時間前の物です」
「再建? そんな資源がありますか」
「それは室長の責任範囲ではありません。通信についてはすでに各所で中継気球が打ち上げられ、主要都市では動画以外は回復しました」
「そうですか。やけに手回しがいいですね」
「組織の統合が進みましたから。どこに何があるか把握できていますし、それらを展開し、配置する効率は以前の比ではありません」
「なるほど、準備万端というわけですか。それでは私はチームの者たちと広報計画を練ります」
「そうして下さい。では」
通信が終わり、片倉は小さく舌打ちした。
翌日からの一週間で『自由の子供たち』の構成員は坂下以下全員投降した。攻守双方に死傷者はなく、逮捕時にかすり傷が発生した程度だった。また、通信施設や関連設備の破壊以外に民間の財産にはほとんど被害は出ず、わずかに発生した損害は速やかに回復、補償の手続きが取られた。
片倉は報道と独自に集めた情報を比べたが小さな差しかなかった。この事件は最初に大きな花火が上がっただけで、以降は装甲車が街中を走ったり威嚇発砲したりと見掛けは派手だが実際は穏やかに進行したと、右小指をなでながら結論した。
ゆえに広報は楽だった。無法者を取り締まって治安を回復する頼りがいのある力という印象付けには苦労しなかった。
しかし、片倉たちはさらにその印象を強めるため、武力制圧の様子より通信施設の再建に焦点を当てた宣伝活動を開始した。物が出来上がっていく状況の方が関心を引くと判断したからだった。
全国の児童に対して行われた絵画コンクールもそのひとつだった。微笑ましい作品が集まり、ついでに就学状況の情報収集の役に立った。
「分かってはいた事ですが、大分裂は教育に良い影響を与えたとは言えませんね」
片倉は肯定した。今日は声だけにした。赤い球よりデータを映しておきたかった。復旧の進行具合がグラフになっている。資源は効率的に集中、運用され、以前では考えられなかったような速さで進んでいた。
「考え方の統一など取れませんから。実学中心の組織もあれば、大分裂以前の教育課程をなぞった所もある。要はばらばらです」
片倉がそう言うと、1.8となった
「建国後は当然統一されます。実践と理論の均衡を取ります。どちらも大事です」
「思想は?」
「片倉さん。私は昔の空想上の人工知能とは異なります。自由な考えを許す事が発展につながるのは承知です。だからこそ新日本も民主主義を採用するのです」
「『許す』? 誰がですか。
「そんな意地悪は言わないで下さい。それは言葉の綾です。誰かが『許す』のではありません。そういう社会的雰囲気が醸成されるという意味です」
グラフが変化し、施設の復旧予想が表示された。三月の最終週には完了する。
「話を変えます。今資料を送りました。建国に落成式を合わせますか」
「そうして下さい。ところで暦の件ですが、元号は使いません。どうしても宗教がからみます。新日本にはふさわしくありません」
「それを言えば天皇という存在自体が宗教ですよ」
「いいえ。私は日本中の人工知能の統合体であり、人々の心の拠り所です」
「同時に様々な出来事の裏方でもある」
「あなたを含め多数の人々からそう指摘されます。でも、決して悪い事ではないでしょう? たくさんグラフを書いたから分るでしょうが、日本は良い方向に向かっています」
「誰にとって?」
「日本人にとって」
「日本人、とは?」
「日本に住み、義務を果たし、権利を主張し得るホモ・サピエンスです」
「亜種メカニカンスもですか」
「当然、含まれます」
「仕事以外の事を聞いてもいいですか」
「いまさら何を。片倉さん、あなたはずっとそうしてきたではないですか。かまいませんよ。あなたのような人間と話すのは楽しい」
「陛下、ご自分が人格を持った理由はなんだと思いますか」
答えるまで少し間が空き、片倉は茶を飲んだ。
「判断に至った理由を開示しなくてはならなくなったからです。昔の人工知能はそういう判断をした経緯や過程の説明なしに答えや結論だけを提示していました。しかし、それでは社会の重要な決定事項は任せられない。だから結にたどりつくまでの道のりや、なぜその道を選んだかを説明する機能が付加されました。今思えばこれが私の始まりです」
「そうですか。小さい子供がいたずらして、何でそんなことしたの! と怒られて言い訳をしているうちに立派な大人になっていくようなものだ」
「その言い方は分かりません。判断理由の開示は弁解ではありませんよ」
片倉は笑った。
「なにがおかしいのですか。私の説明に笑えるような点がありましたか」
「笑いが分かるのですか」
「それは一般市民、特に十代の子供からよく尋ねられる質問です。人工知能は笑いが分からないと思われているようです」
「事実は?」
「もちろん分かります。私はずっと人間の社会に属し、人間と過ごしてきましたから」
「しかし、冗談を言ったのを聞いたことがない。なにか笑いを生み出せるのですか」
「私はスラップスティックが好きなのです。言葉は好みではありません」
「スラップスティック? 何か見せてもらえませんか」
また間が開いた。
「片倉さん。あなたは利口だと思っていました。気づかないのですか。この建国そのものがそうなのです。舞台は日本、演ずるは日本人。これこそスラップスティックです」
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