流星と鯨の鳴き声

明通 蛍雪

第1話



『流星と鯨の鳴き声』


「綺麗だなー」

「そうだねー」

 海岸沿いにダァーっと伸びる堤防の上で仰向けになる二人の男女。男が綺麗だと言えば女は当たり前のように肯定する。二人は天上に広がる星の群れを眺めていた。

 側から見れば普通のカップルのようだが、この二人は、いや。この女は少々特殊であった。

「仙台って良いところだね。都会なのにちょっと出れば自然が感じられる」

 女の頭には耳が付いていた。人間であれば誰だって頭に耳がついてるだろ、と言うのはちょっと待って欲しい。女の耳が付いている場所は、顔の横ではなく上だ。秋葉原に行けばよく見かけるそれ。獣人に分類される耳をつけていた。決して飾りなどではなく、時折、波の押し引きに反応してピクリと揺れ動いている。犬か猫か。尖った耳は大きく、周囲の音を敏感に察知している。この大きさ、形。おそらくキツネであろう。

 女は大きな欠伸を一つして、綺麗に生えそろった白い歯の群れがチラリズム。人間にしては尖りすぎた犬歯が女の獰猛さを窺わせる。

「流星群見れると良いね」

 男がそう言うと女は自信満々な笑みを浮かべながら「私がいるから大丈夫だよ」と宇宙から視線を逸らして言った。

「だって私、反射神経良いんだから」

「君は見れるかもしれないけど、僕は君みたいに目が良くないから」

 男は宇宙を眺めながら、眼鏡の位置をクイと直した。視力が零・一もない男は「あれが夏の大三角で──」などと愉快げな表情で解説を始めた。その話を理解しているのかいないのか。おそらく全くわかっていない女だったが、男が愉しそうに話しているのを、横で嬉しそうに聞いている。

 そんな男の話に耳を傾ける傍、女は高いような、低いような何かの音を感じ取った。なんだ、なんの音だ。男に仇なす存在であれば容赦はしないと、女の目が暗闇を仄暗く見据える。されど、周囲を幾ら見ようとも、自慢の目、鼻に一切感じない。それを悔しく思った女は、仕方なく博識である男に頼る。

「ねえ、何か聞こえない?」

「何かって?」

 男は返しながら話を中断して耳をそばだてた。しかし、何の押し引きする音以外には何も聞こえず、遠くで光る灯台が光っているのが視界に入るだけ。

「どんな音だったの?」

「なんか、ホーって感じだった」

 聞こえた音を再現して見せた女は、頭の中で音を思い出していた。何度も真似していると、男は合点がいったのか、

「うーん、鯨かな。こんな浅瀬にいるとは思えないけど、君だったらもしかしたら聞こえるかもね」

「鯨?」

 耳馴染みのない言葉に女は首を傾げた。そんな動物がいるのが。今まで海とは無縁で、内陸で暮らしていた女は鯨に興味津々。耳を凝らしもう一度その鳴き声を聞こうとする。すると、女の耳は鯨の鳴き声を確かに捉えた。体の大きな、腹の底から湧き出るような低さを感じさせる音。されど耳に届くのは高く、広い海を震えさせる力を感じさせるものだった。

「聞こえた! 鯨の鳴き声ね、覚えた!」

「僕にはやっぱり聞こえないなぁ」

 女は体を起こして海の方へ向かって一つ吠えた。その声が届いたのか、返すような鯨の声に女ははしゃいだ。

「流れた!」

「え、嘘!?」

 テンションの高い女の横で流れ星を捉えた男もまたテンションが上がる。流れ星を見逃した女は慌てて頭上に目を向けるが、そこにはもう何も流れておらず、満点の星空だけが瞬いていた。

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流星と鯨の鳴き声 明通 蛍雪 @azukimochi

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