霊神テスタメント
三鷹真紅
第1話 朝はいつだって辛い
少女は絶句した。
今、目の前で起こったことが理解できなかった。
いや、理解はしているのだ。
だが、そのことを信じられない自分がいる。
ただそれだけのことだった。
「いったいきみは……?」
気づけば、無意識にそう口にしていた。
質問を受けた目の前の少年はポリポリと頬をかいて、困り顔を作った。
「ごめん。実は俺……君が知っているような人間じゃないんだ」
そんなことは百も承知だ。
聞きたいのは謝罪の言葉ではない。
「違う。わたしが聞きたいのは、きみが今なにをしたか、だ」
「なにをしたか? そんなの俺が知りたいよ。だって、それのせいで俺の人生は狂ったんだから」
「狂った? そんなはずはない!」
少女は力強く否定する。
「……?」
少年は首を
だから、少女は少年に答えを与えることにした。
「だって、それは……それは……」
「兄さ〜ん、朝だよ〜」
その日、優しい声で
「ん……もう朝か」
窓からは太陽の光が差し込んでいる。それが
けれど、毛布を引っ
「兄さん、これ以上寝ていると遅刻しますよ〜?」
「ん、それは困る……」
「なら、早く起きてください。ほ〜ら」
空太の妹である
おとなしくそれに助けられ、空太はようやく身を起こした。
「ふあ……」
「おはよ〜、兄さん」
「ああ、おはよう。悪いな真白。すぐにご飯作るから」
「は〜い、頑張ってね〜」
もはや朝食作りは空太の日常なので、頑張るもなにもないとは思うが、その言葉は素直に受け取っておく。
「んじゃ、なに作るかね……?」
材料はなにが残っていただろうか。ほとんど残っていないようなら、今日は買い出しに行かなくてはならない。
リビングに入って、一直線に台所に向かうと、なにがあるか探した。
「……そうだな……スクランブルにでもするかな……」
あまり材料がなかったため、朝食は簡単に作れるスクランブルエッグに決まった。いや、普通においしいから、スクランブルエッグ。手抜きとかじゃないから。
あとは夕飯の残りをおかずにして、白米を出せば、もう立派な朝食だ。
早速、準備に取りかかる。同時に、リビングに真白が顔を見せた。
「待ってろ真白、すぐに作るから」
「は〜い」
さすがに自分の都合で真白を遅刻させるわけにはいかない。空太は大急ぎで、朝食を作った。
「……真白、できたぞ。運んでくれ」
少しして、空太が朝食を作り終えた。
真白が素早く食卓にそれを並べる。
一通り並べ終えると、空太と真白はイスに座った。
「いただきます」
ふたりで同時に手を合わせる。
それから空太は大急ぎで朝食を胃袋に詰め込み始めた。その様子を真白はジッと見ていた。
「こらこら兄さん、よく
真白はまるで母親のようなことをいう。
「ほう、ほのほーりはな」
訳・おう、その通りだな。
「いや、そんな状態でいわれても説得力ないよ⁉︎」
どうやら、真白は空太の言葉が聞き取れたらしい。長年、一緒に暮らしているわけじゃないってことだ。
「……まったく、困った人ですね。きっと老後に
「はらっほ、ひほいほほひふな⁉︎」
訳・さらっと、ひどいこというな⁉︎
しばらくして、朝食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
空太が手を合わせる。真白はまだ食べ終えていない。
「じゃあ、俺は学校行く準備にうつるから、食べ終えたら、皿は台所に運んでおいてな」
「わかった〜」
空太は足早にリビングを出ると、二階にある自分の部屋に向かった。
今日の時間割りは……まあ、確認するまでもない。だって、ほとんど置き勉だから。
カバンと朝食作りの合間に作った弁当を持って、再度一階に行く。ちなみに弁当は昨日の夕飯のおかずや今日の朝食が主だ。
リビングに入ると、真白が朝食を食べ終えたところなのだとわかった。
「じゃあ真白、俺はもう行くけど、最後出る時は
この家は空太と真白のふたりだけが暮らしている。
数年前に引っ越してきたのだ。
両親は遠くにいて、今では、たまに連絡を取るくらいの関係だ。というのも、あることが原因で母親が精神病を
本当は母親を転院させて、父親にもこっちに来てもらう方がよかったのだが、仕事なんかの関係から、それは断念した。家族全員を養うためには、今の仕事をクビになるのは避けなくてはならないそうだ。
だから最後に家を出るのは当然、真白になる。
「は〜い」
真白の返事を確認してから、空太は家を出た。
それからすぐに自転車を引っ張り出し、学校に向かって走らせた。
照りつける太陽に打たれながら、空太は学校を目前としていた。
「おーい! 急げお前ら! 遅刻するぞ!」
校門の前に立つ体育教師が声を張る。
「やべ、もうゴーレムが出てきたよ」
空太はペダルをこぐスピードを上げる。
そんな空太に体育教師であるゴーレムこと
「結城! お前ギリギリだぞ! 急げ!」
「わかってます!」
校門に一直線に向かう。すると、そんな空太の頑張りを
空太に「急げ!」といっておきながらも、校則どおりで動くということか。ひどい
「ちょちょ! 待てよゴーレム!」
ついゴーレムと口走ってしまったが、この
「う、うぉおおおおお──ッ‼︎」
速く。そうだ。もっと速く。風を切るんだ。そして光よりも速く……とは、もちろんならないが……。
「
晴れ渡る空にその声はよく響いた。近くにいた鳥がバサッと飛び立った。
そして──空太は校門の向こう側にいた。
もう自転車を走らせる必要はないので、急ブレーキをかける。
猛スピードからの急ブレーキだったため、一瞬
「はぁ、はぁ……間に、合った……」
チラッと後ろを振り返る。ギリギリ間に合わなかった生徒が数人だが、見受けられた。
まあ、自分は頑張ったのだ。遅刻しなかったというのは順当な結果だろう。
「とりあえずチャリ置いてくるか……」
自転車小屋に行って、自分の自転車をとめる。
鍵を抜いて、そのまま空太は生徒玄関に向かって歩き出した。
「あ、先生。おはようございます」
生徒玄関前に鉄二が立っていたので、空太は
それにしても鉄二もご苦労なことだ。朝から声を張り上げて、重い校門をスライドさせて。本当に鉄二……いや、北原鉄二大先生には頭が上がらない。
「おう結城。ギリギリ間に合ったな」
「はい、なんとか。さすがに優等生たるもの、遅刻をするわけにはいかないんで」
「ほう? 優等生、とな?」
「ええ。それがなにか?」
なぜそんな当たり前のことを鉄二は聞いてきたのだろうか。
「お前さっき俺のことをなんていったか覚えているか?」
「さっき? 先生を? いや、普通に先生と呼んだに──」
「バカたれが!」
言葉を
「お前さっき俺のこと大声でゴーレムつっただろうがッ!」
「あ、あっれぇ? そ、そうでしたっけ?」
あの時は急いでいたから、あまり覚えていない。うん、覚えていない。
「おい、わからないフリをするな。……じゃあ、そうだな結城」
「はい?」
「トーテムって十回いってみろ」
「は、はぁ」
鉄二の意図がよくわからないが、それくらいなら別にいいか、と空太は軽い気持ちで口を開いた。
「トーテムトーテムトーテムトーテムトーテムトーテムトーテムトーテムトーテムトーテム!」
「俺は?」
「ゴーレム! ……あ、じゃなかった、北原先生!」
しまった。つい、うっかり、口が滑った。どうしてこうなったのだろうか。
「結城ぃ、お前……職員室まで来ぉいッ!」
鉄二は中々怖い
「いやいやいやいや! 今のは
冤罪の意味が違う気もしたが、重要なのはそこじゃない。
「生徒にこんなことして楽しいですか⁉︎」
わずかな望みを
「俺をゴーレム呼ばわりして楽しいか?」
あっさりと鉄二にそう返された。
「うぐ……」
耳が痛い。
「普段から俺をゴーレムと呼んでいるから、そうなるんだ」
「うぐ……」
やっぱり耳が痛い。
ちょっと根本的な話になるが、そもそも鉄二をゴーレムと呼び始めたのは空太ではない。誰かが鉄二をゴーレムと呼び始め、空太を含めたみんながそれを真似した。
つまり、空太は大勢の中のひとりにすぎないのだ。
まあ、その事実がこの状況において役に立つかといえば、まったくそんなことはないのだが。
「わかったら、さっさと職員室に行くぞ!」
嫌です! とは、もちろんいえなかった。
「い、いやぁあああああ──ッ‼︎」
わりと本気で絶望を感じている自分がいた。鉄二の説教は長い上に怖いのだ。
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